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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第9章 チュルクにて
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第173話 それぞれの旅程1

 マレクは、身柄を預けられていた家を出奔したので、着の身着のままの一文無しであった。そのままでは、バルトーク伯爵領を抜けることすらままならない状況であった。

 しかし、下手なところに姿を現すと、すぐに見つかってしまう。


 彼はかなり考えた挙げ句、長年実家に奉公していて、彼の乳母もつとめた女性の元を訪れたのであった。

 マレクの父のモレスキーが健在であった頃に下女として奉公していて、マレクが生まれたからは乳母も兼任していた。モレスキーが亡くなった後は、マレクの家も余裕が無くなったので奉公人は解雇され、その乳母はバルトニアの町から少し離れた村に嫁いで、農家の嫁になっていたのだ。

 その農家を訪ねていったマレクは、数年ぶりに会った乳母から歓待された。

 昔、奉公していた家のお坊ちゃまが訪ねてきてくれたということで、夫である農夫も何も言わない。

 乳飲み子を含めて3人の子の母親になっていた乳母は、騎士見習いに出世したはずのマレクが着の身着のままなのを不審に思った筈だが、そのことについて特に何も言わなかった。

 翌朝、マレクは農夫のちょっと古くなった衣服を貰う。やや大きめだが特に動きにくいということはない。


「世話になった」


 頭を下げるマレクに乳母は「どうか旦那様と奥様(マレクの父母)が悲しむようなことをしないで下さいまし」とだけ言って、昼食の包みを渡したのだった。

 

 街道は追手の心配があるので、道を外れてチェルニー子爵領を目指すマレクは、お昼にその包みを開けてみると、下の方に何枚かの銀銭が入っていた。普段、現金収入の少ない農家にとっては大切なへそくりだったことだろう。


「すまない」


 思わずマレクはその銀銭を握りしめながら、落涙した。


「この恩義に報いるためにも、俺は必ずフィオリーナを救い出すぞ。

 待っていてくれ、フィオリーナ!!」


 その決意を新たにするのであった。


***


 バルトーク伯爵の末弟であるミクラーシュはその頃、その頃は既にチェルニー子爵領を抜けて首都に向かっていた。

 ミクラーシュの目からみた、バルトニア滞在中のフロリアは私服のデザインこそ地味ながら長旅で埃まみれということもなく、流れる銀髪、肌の色艶など、昨夜風呂に入ったばかりと言っても誰も疑わなかったことだろう。

深窓の令嬢であるフランチェスカと較べても、やや顔が日差しのために赤らんで居るぐらいで、髪の艶などはむしろフロリアの方が上であった。

 普通であれば不自然なことこの上無いが、フロリアは魔法使いである。

 おそらく移動時間は極力短くして、毎晩きちんと宿をとって過ごしているのであろう。他の冒険者とは違ってほとんど野宿などしていなかったのだろう。

 そのための資金だって、その気になれば、あの娘なら稼ぐのは容易いことだ。移動手段? レオポルドを連れて、空を飛び回っていたではないか。

 

 今の彼女は、バルトーク伯爵家から誰かが追ってくる可能性も考慮しているはず。もはや伯爵領周辺を探しても無駄であろう。


 それで、ミクラーシュはすでにフロリアは首都に近いところまで到達しているという仮説に基づき、その後を追うことにしたのだ。


 ミクラーシュの発想自体は間違えてはいなかった。時折り、町に出て遊んでいただけあって、冒険者がどんな風体をしているものかを知っていたので、フロリアの不自然なほどの清潔さに気がつけたのだ。

 ただ、ミクラーシュにとって計算違いであったのは、フロリアはちゃんとした宿に泊まるよりも遥かに快適で清潔で安全な環境(亜空間)を持ち歩いていて、むしろ屋外で生活している方がずっと安楽であったという事実である。

 そんな特殊な人間は、亜空間という収納スキルのさらに上位スキルを保持している魔法使いだけで、数百年に1人程度しか出現しない超レアな存在なのだから、ミクラーシュが気づけなかったと言っても責めることは無いのだが……。


 こうしてミクラーシュはさっさと首都キーフルに向けて全力で馬を走らせ、のんびり亜空間で過ごしたり、ベルクヴェルク基地に行ったりしているフロリアを置き去りにしてしまったのだった。


***

                     

 シュタイン大公国とヴェスターランド王国とは一部、国境線を接している。というか元来は1つの大きなキーフル国という国で、それが分裂して、一部はシュタイン大公国の母体になり、一部はヴェスターランド王国の母体、そして一部はアリステア神聖帝国が切り取って自国の領土にしたというカタチであったのだ。

 フロリアはまずアリステア神聖帝国に入って聖都ホーリーアリストから双子都市のアルジェントビルとアルティフェクスを巡ってから、シュタイン大公国の方にでたのだから、ずいぶんと遠回りしたものである。

 

 追手となる"暗部"の"渡り"であるウルリヒは、交易隊に加わって最短ルートを経て、シュタイン大公国の首都に向かっている。

 それに対し、もう一組の追跡者……というか、久々に血が騒いで冒険の旅にでたくなったというのが理由の大半を占めるオーギュストと、成り行きでパーティを組んだカーヤとロッテは、任務だという意識が薄く、けっこう物見遊山的な旅をしながらシュタイン大公国の国境へ向かっていた。

 

 ドタバタの第一弾が、カーヤとロッテの2人組を狙っていた冒険者を3名ばかり叩きのめした事件だ。ギルドの裏庭の露天の武道場というか多目的に使う広場で行ったので、実質的には喧嘩だが、決闘の体裁を整えていて、オーギュストが罪に問われることはない。

 それでも、引き続き面倒に巻き込まれるのを嫌って、オーギュスト達3人は翌日の早朝、その国境近くの町を旅立ったのだった。


 しこたま叩きのめしてやったので、昨日の冒険者共はもう出てこないだろう。

 そうオーギュストは思っていた。

 カーヤとロッテからは道々、彼らが一緒にパーティを組もうとしつこく絡んできて、断っても断っても諦めないので、嫌気がさしていた、もうほかの町に行こうか、と思っていたところであった、と聞かされた。


「まあ、そうであろうな」


とオーギュストは思った。

 

 彼が現役だった時代からありふれた光景。

 冒険者に性別は関係無いが、どうしても荒っぽい男の生業の印象が強く、女性の冒険者というのは数が少ない。全体の1割から2割程度だろうか。

 しかも、たいていの女性冒険者はコブ付き、つまりは男主体のパーティの一員で、そのパーティリーダーの"女"というケースが多い。

 女連れでパーティを組むような冒険者はたいていは腕に覚えがあるので、そうした女冒険者に手を出すと痛い目にあうことになる。


 そうした中、カーヤとロッテは珍しく女性2人組の冒険者で、それぞれタイプは違うが、それなりに美形だし、なによりも若い。しかも、2人とも魔法使いとまではいかなくても魔力持ちで、"稼げる"特技を持つ冒険者なのだ。

 彼女たちはオーギュストが経営していた冒険者向けの道場を出た後、修行と銘打って、2人であちこちの町を回って、気楽な旅をしようという腹積もりだったのだが、残念ながらどこの町に行ってもこうしたしつこく絡んでくる男性パーティの1つや2つは有るのだった。

 それを避けようと思えば、周囲に睨みの効く冒険者がリーダーを務めるパーティに入って、その愛人兼パーティメンバーにでもなれば良いのだが、彼女たちはそれをよしとしなかった。

 別に彼女たちは同性愛者というわけでは無かったのだが、自分たちを安く売るつもりも無かったのだ。


 国境近くの町でも、一組のパーティにうるさく絡まれていて、そろそろ逃げようか、というところへたまたまオーギュストがやっていたので、助けて貰ったという訳である。


「オーギュストがちょうどよく来てくれて良かった。おかげであの連中が痛い目に遭ってすっとした」


「うん。ホンっと、しつこかったからね。特にリーダーのジュードが嫌らしくて……」


 そんなことを言い合っていた2人だが、オーギュストは「どうやらまだ終わってないみたいだな」と後ろを振り向く。

 彼は特に魔力を持っている訳ではないのだが、とても優れた勘と洞察力の持ち主で、今回もすでに気配を察知していたのだ。


「あれは馬まで用意したみたいだな。ご苦労なことだ」


 そう言いながら、後にしてきた町の方を振り返って眺めていたオーギュストは、わずかに土煙が立っているのに気がついて、そう言った。


「馬?! あいつら、まだしつこく追いかけてきてるの?」


「私、身体強化で目も耳も強化してるけど、確認できないよ。ほんとにアイツラなの?」


「他にこのあたりを馬で駆けてくるヤツなんかいないってことさ。商人ならあんなふうに飛ばして来やしない。

 兵士や衛士かもしれないが、あの町からさらに国境に向けて、あんなふうに相手の神経をさかなでするような移動はしないものだ。

 特にシュタイン大公国とは仲が悪いんだからな」


いつも読んでくださってありがとうございます。

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