第170話 新しい武器と服
いつまでにキーフルに到着しよう、などという予定は考えずに旅しているフロリアは、バルトーク伯爵家からキチンと(?)報酬が支払われていることを確認すると、すぐにその町を出て、森の奥で亜空間に入り、ベルクヴェルク基地に戻り、またそこで10日あまりも逗留した。
結局、バルトーク伯爵家にはヴェスタ-ランド暦557年の9月15日に逗留し、次々に事件が起こり、最後には夜中に領主館からも領都からも立ち去ることになったのだが、日数でいうと1週間も居ないぐらいであった。
そして9月の末ぐらいからベルクヴェルク基地に戻り、再びシュタイン大公国の大地に現れたのは、10月始めであった。
基地では、セバスチャンを相手に更なる自衛手段の確立をテーマに銃型の魔道具の開発に取り組んでいた。
銃といえば、既にドラゴンスレイヤーという超電磁ライフルを所持しているが、これはあまりに威力が強すぎるし、撃つまでに時間が掛かって使いにくいことこの上ない。
名前の通り、いつの日かドラゴンと対決するとにはこの銃を使わせて貰うことにするけど、今は出力を段階的に上げ下げできるように調整するにとどめた(とは言え、一番威力の弱い状態でも破滅的な破壊力があるのだが)。
フロリアの希望は、彼女の小さな手の平にでも入るぐらい小型の拳銃で反動無しにある程度の弾数を連射できるもの、であった。
セバスチャンはフロリアと共に、この基地の前の持ち主であるガリレオ・ガリレイ(自称)が残したアイディアスケッチなどをひっくり返して、どうやらカタチにしたのは、前世のグロッグという銃メーカーの17に酷似したものであった。
この銃は多くの国で軍用、警察用として採用されている名銃なのだが、女性で子供のフロリアに"合う"かと言われると若干の疑問が残る。
結局のところ、フロリアの脳内イメージにそんなにたくさんの銃のカタチがあるわけでもないし、ガリレオの残した資料は「かっこいい」が前提で、女性でも使いやすい、という項目は無かったのだ。
ただ、外観がけっこうグロッグ17に似ているというだけで中身は似ても似つかない。
この銃の特徴は常にフロリアの腰のホルスターに収まっていて、収納スキルから魔剣を取り出すよりも早く抜いて撃てるというものであった(実際にはあまり使うことなく、収納の肥やしになっている期間も長くなったのだが……)。
銃そのものがフロリアの魔力の波長に合わせて専用に作られた魔道具であり、銃を抜こうと意識した瞬間には銃の方が勝手にフロリアの手の中に飛び込むように出来ている。
後は敵に向けて撃つだけなのだが、魔力を込めた魔法金属を弾頭に使った弾丸を使っていて、並の防御魔法程度なら破壊することが可能で、17発まで連射もできるので、最初の数弾で防御魔法を破壊して、次の弾が敵本体を撃ち抜くという想定である。
しかも、銃の方にある程度の補正機能が付与されていて、比較的"適当"に撃っても敵にあたるし、銃を撃っている間にも収納スキルから魔剣を取り出すことも可能なので、銃で数秒の時間を稼いでいる間にメインウェポンである操剣魔法による魔剣の攻撃にスムースに移行できるのだ。
いくら補正機能がついているとは言え、多少の訓練も必要だったのだが、ベルクヴェルク基地には射撃訓練場まで備わっていて、そこで十分に練習を積むことが出来た。
「この訓練場って……」
単純に一定距離を離れた的を拳銃で撃つブースだけではなく、クレー射撃用のブース、遠距離射撃用のブース、入り組んだ建物の中に潜入して敵を制圧したり、ジャングルの中を想定してクリークやブッシュを配置した訓練施設まで整備されていた。
「こんなのがあるって聞いてなかったんだけど」
「フロリア様に基地をご案内した時には、採掘や工房の方に興味が有るように見受けられましたので、省略致しました」
セバスチャンは涼しい口調でいうが、この調子だとあとどれぐらいのものを省略したのか分かったものではないと思ったフロリアであった。
フロリアが使ったのは単純に拳銃で的を撃つブースだけだが、トパーズはジャングルを再現した訓練場に琴線に触れたらしくフロリアを放りっぱなしにして、眷属を召喚すると2手に分けて日がな一日、戦闘訓練を繰り広げていた。
そんな事しなくても無敵だと思うのだが、トパーズの考えていることも良く分からない。
ただ、なかなかセバスチャンを信用せず、基地内ではフロリアを1人にしなかったトパーズであるが、ようやくある程度は信用することにしたらしい。
こうして新たな武器の取り扱いにも慣れ、同時に休養も十分にとることが出来た。
バルトーク伯爵絡みの一連の事件では、フロリアは短期間に人間の死に直面し続けてきた。
それでも、モリア村の岩山の時のように熱を出して寝込むようなことはなかったのは、それだけ精神がこの世界の住人のものに近づいて来たという証拠であろう。
それが良いことなのか悪いことなのか、フロリアには分からなかったが、トパーズはどこか安心しているようであった。
そして、基地を出る時には、セバスチャンから新鮮な食材、豊富な調味料や香辛料と合わせて、何着ものドレスが渡されたのであった。
ベルクヴェルク基地から派遣したねずみ型ロボットが観察し記録したフロリアのドレス姿、そしてドレスを着ているときの普段の冒険者の服装とは違う、どこか嬉しそうな様子などを敏感に察知して、魔法金属を繊維状にして織り込み、防御力を高めたドレスを作ったのであった。
フロリアの姿だけではなく、フランチェスカや伯爵家の御婦人方のドレス姿も収集してデザインされているので、どの服装も伯爵家でフロリアが着ているものよりもほんのちょっと大人びていた。
ただ、やはり正式なお客様を招いた晩餐会などの席は無かったので、"貴族家の普段着"の枠は出ては居ない。
もちろん、農民の娘や、町に行っても宿屋の看板娘ぐらいしか知らなくて、大商人の娘がどんな格好をしているのかすら知らないフロリアには、とても華やかで素敵なものに映るのだが。
「ありがとう、セバスチャン。でも、このドレスが小さくなる前に着るチャンスがあれば良いんだけど」
「なに、服ぐらいならいくらでも仕立て直しますので、如何ほどのこともございません。お許しがあれば、もっと多くの場所で情報収集をして、最新の流行を押さえたものもご用意出来ますが……」
というわけで、フロリアはうまく誘導されて、セバスチャンにネズミ型ロボットの積極運用の許しを与えたのであった。
それはかつてガリレオが与えた、「外部の状況が不明になることを避けるため、必要最小限の情報収集のみを許す」という権限を大幅に超えるものであった。
***
とりあえずは無罪放免となったホルガーとフーベルトだが、しばらく滞在した町からは追い出されてしまった。まともな路銀も無い状態だが、もう町にはいられない。
小娘にちょっかいを出そうとした件は、どうにかごまかしたが、万が一でもあの小娘が戻ってきて、彼らがやったことを報告したら、今度こそ犯罪奴隷になってしまう。
今のうちに出来るだけ町から離れるに限るのだ。
それで街道を通って、彼らがもともと本拠にしていた、チェルニー子爵領を目指すことにした。
普通、冒険者は交易隊の護衛でも無ければ、彼らだけで街道を歩いたりはしないものであった。
放浪癖のある人物が多い職業ではあるが、片道だけでも交易隊の護衛をすればその分の収入はあるのだ。修行の旅で移動するときですら、護衛の仕事に合わせて次にどこに行くのかを決めるというのはよくあることであった。
なので、この不自然極まりないふたり組は街道を行き交う交易隊からは不審の眼で見られ、ともすれば盗賊団の斥候ではないかと勘ぐられる始末である。
フロリアのように少女の一人旅も大概、トラブルを招きやすいのだが、それとはまた違った意味でホルガーとフーベルトの旅も人目を避けなければならなかった。
かと言って、あまりに街道を外れて森の中を歩く訳にもいかない。
彼らはフロリアとは違って、強い魔物に襲われれば返り討ちになど出来ないし、そもそも道に迷ったが最後、正しい道を見出す能力など持っていなかったのだ。
とりあえずはヤバそうな伯爵領は早めに出ることにして、領都バルトニアも素通りした。
そして、10月始めの日に、彼らはバルトーク伯爵領をようやく出たあたりで野営をしていた。
「ずいぶんと物々しかったな」
領内はそこかしこに騎士たちや衛士たちが行き交い、厳しく捜索をしていた。大規模な盗賊団でも出たのならともかく、いくら仮想敵国まで近い国境の領地だとはいえ、ずっと平和が保たれているのに、この警戒ぶりは何なのだろう。
幸い、ホルガーとフーベルトはすばやく危険を察知して逃げる小鳥のような勘の良さのおかげで、騎士や衛士に見つからずに伯爵領を抜けることが出来たのだった。
もし、途中で見つかって誰何されたら、元々叩けばホコリの出る身であるだけにちょっと危ないところであった。
そうした危地を脱した安心感から、2人のごろつき冒険者は森の中で男が隠れているのに気がついた時、ちょっと悪心を起こしたのだった。
その男も街道から外れて、森の中の深いところをチェルニー子爵領方面へ向けて歩いていた。こんなところを歩いているということは、それだけでなにか後ろ暗いものを抱えている、というのはホルガーとフーベルト自身についても言えることだ。
「どうやら、あいつがバルトーク伯爵家がピリピリしていた原因らしいな」
「ああ、どうやら怪我してるみたいだし、とっ捕まえれば金になりそうだな」
2人は顔を見合わせると、歯をむき出しに嗤った。
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