第168話 喧嘩決闘は冒険者の華
「良くねえぞ。何を勝手なことを言ってるんだ!」
彼女らの言葉を盗み聞きしていた、他の冒険者が口を挟んでくる。
「よお、こんなおっさんと組むってぇのに、俺らとは組めねえとはどういうことだ! 大人しくしてりゃ舐めてんじゃねえよ」
「大人しくなんてしてないじゃない。私達はお師匠様と話をしてるの、判らない? 横から大声出さないで!!」
髭面のそろそろ中年に差し掛かろうという年頃の冒険者3人組。
まわりの連中は面白そうに眺めている。
久しぶりだな、とオーギュストは楽しくなってくる。
「何だ、お前たちは? あ、そうか、この娘らに手出ししちゃあ、避けられているのか? 見たところ、けっこう冒険者になって長そうなのに、そんな装備じゃいまだDランクっていったところか。女が欲しけりゃ、見込みのない冒険者なぞ辞めて地道に担ぎ屋でもやって小銭を貯めたほうが向いているぞ」
「な、何だと、てめえ」
男達は殺気立って、立ち上がる。
「おい、ジュード、余所者に言われてるぞ」
まわりが囃し立てる。他にジュードを始めとする3人組に加担する者達が現れないところを見ると、あまり人気は無いようだ。
ジュードたちは既に手を剣の柄に掛けているあたりが安っぽい。
「気に食わうのなら、冒険者の流儀で決着をつければ良かろう。この場で剣を抜けば、結構な重罪だぞ。……おい、すまぬが裏庭は空いているか?」
オーギュストは受付嬢に声を掛ける。
「は、はい、空いてますが」
「ならばちょっと借りるぞ」
「では、すぐに木剣を用意します」
「寝ぼけるな!! こいつとは真剣でやり合う」
「それはこの町の決め事に触れますよ」
冒険者同士の決闘自体は、割りとよくあるので受付嬢は別に慌てないが、真剣を使うと言われて、少し鼻白む。すぐに熱くなって、つまらないことで暴走してしまう辺りが、ジュードたちが冒険者ギルドからも仲間からも軽く見られる原因なのだろう。
「なあに、案ずることはない。あまり大きな怪我をせぬように手加減してやるから大丈夫だ」
オーギュストはそれを軽く流し、さらにジュードたちを激昂させる。
こうして、一行は大勢の見物人(もちろん、賭けも始まっている)を引き連れて、裏庭へ。ギルドの裏庭は、露天の武道場のようになっていて、新米冒険者の腕を見たり、ちょっとした武術の練習をしたり……そして決闘で使われたり。
オーギュストは建物の軒下に作りつけられた棚から適当な木剣を手に取り、軽く素振りして様子を確かめる。
「おい、真剣だと言ったはずだ。今さら、ビビったか?」
「もちろん、そちらは真剣で構わぬよ。何なら、3人まとめて掛かってくるが良い」
ゆでダコのように真っ赤になったジュードが、始めの合図も無しにオーギュストに斬りかかり、撃ち合うことすら無く、手首を叩かれて剣を落とし、返す刀で脇腹を撃たれて地面に座り込んだ。
残り2人は、左右に分かれて一度に斬りかかるが、オーギュストはその体格からは信じられないほどの敏捷さで2人の剣を躱す。慌てて、体勢を整えようとするが、その暇もなく、1人は剣を宙に飛ばされ、もう1人は首筋を撃たれて、地面に倒れる。
倒れた男の頭のすぐ先の地面に、宙をくるくると回転しながら飛んだ剣が落ちてきて突き刺さる。
「これで終わりか」
最初に倒れたジュードが、オーギュストの背中に向けて剣を投げるが、まるで後頭部に目があるかのようにスッと体を躱すと、外れた剣は見物人たちに向けて飛び、騒ぎになる。幸い、ちょうど剣が飛んだ先にいた冒険者はけっこう手練れで抜く手も見せずに自らの剣で飛んできた剣を弾き、2つに折ってしまった。
「く、クソッ」
ジュードが呻くが、最後のちからを振り絞って剣を投擲したので、もう横腹が痛くて立ち上がることも出来ない。
「では、話の続きをするか」
オーギュストはロッテとカーヤに声を掛けた。
***
翌日。
シュタイン大公国に向けて、町の大門を出て歩を進めるオーギュストの傍らにはロッテとカーヤの2人がいた。
「お師匠様。昨日はさすがでしたね。アイツラ、ずっと気に食わなかったから、お師匠様が叩きのめしてくれて、スカッとしました」
「これからは俺のことはオーギュストと呼び捨てにしろ。敬語も不要だ。冒険者ってのはそういうものだ」
「あ、そういえばそうでしたっけ」
2人の若い女性はケラケラと笑って、そこからはざっかけない口調で話すようになった。
2人ともタイプはそれぞれに違うが、かなり美しく、まだ若く、それに希少な魔力持ちである。魔力持ちは100人に1人ぐらいの割合で発生し、その魔力持ち100人のうち1人が魔法使いと呼ばれるほどの大きな魔力を保持している。
なので、魔法使いはそれだけで貴重なのだが、魔力持ちであっても希少であり、また社会の様々な場面でその特性を活かした仕事について重宝がられ、稼ぎも良い、というケースが多い。
カーヤは18歳の村娘。魔法薬を作れるだけの魔力は無いが自分で薬草採取から始めて、準魔法薬の完成品まで作れる。準魔法薬であっても、冒険者の買い取り窓口では薬草よりもずっと高値で買い取るので、まわりの冒険者からは垂涎の的になっている。
生まれ育った村の村長のバカ息子の嫁に無理やりさせられそうになり出奔。訪れた町でロッテにであったのであった。
ロッテはとある小さな町の広場に場所を持つ露天商の娘であった。身体強化魔法というほどではないが、魔法で体力の底上げをして、細身の17歳の女性でありながら、ベテランのCランク冒険者と互角に渡り合う剣技の持ち主。さらに、目や耳など五感も強化可能で、森の中で遠くの獲物や敵をいち早く発見する特技がある。
フロリアやトパーズのような探知魔法ではないので、見えないほど遠い敵を探せる訳では無いが、これで安全に効率よく狩りが出来るのだ。
ロッテの方も、やはり町の有力者である商人の妾に求められていて、それを嫌って逃げることを考えていたところだったので、カーヤと出会って意気投合すると、2人で冒険者登録して王都まで逃げてきたのだ。その過程で自分たちが冒険者として足りない部分が多いと実感して、冒険者向けの剣術道場を開いていたオーギュストのところに弟子入りしたのだ。
オーギュストは大盾を使ったいわゆるタンク役をパーティでつとめていて、剣術は自己流。とても他人に教えられるようなものでは無かったのだが、「それなら、冒険者として生きる知恵とか知識とかも併せて教える、実戦剣術の道場にしよう」と思いたち、これがけっこうあたっていたのだった。
かなり胡散臭い目で見られたが、こちらは別に貴族や騎士を目指す訳ではないのだからこれで良い、とこの頃にはオーギュスト自身も貴族に取り立てられていたのに、ふかしていたのだった。
正統派の武道を教える道場からは「成り上がり貴族風情がインチキ臭い道場など開きやがって」と嫉妬を買ったが、さすがに国王によしみを通じているオーギュストに難癖をつける度胸のある者はいなかった。そして時間が経ってみると、正統派道場の主要顧客である良家の子弟はオーギュストの道場には興味を示さず、庶民の子弟ばかりが門下生になっている、と気が付き、黙認されるようになった。つまり顧客のターゲット層が違うので、争う必要が無かったのだ。
ロッテとカーヤは数ヶ月で一通りのことを学ぶと、自分たちは出身地には帰れないので、修行の旅と称してあちこちをまわり、良さそうな町を見つけたら、そこに定住する、という方針で道場を出ていった。
彼女達は道場を気に入っていたが、物価の高い王都での生活は苦しかったのである。
それからいくつかの町を流れ歩き、この町は近くに良い薬草の群生地のある森も抱えていて、暮らしやすい町であったのだが、何しろ彼女たちの"価値"を認識するとしつこくパーティ勧誘する冒険者が多く、その中でも昨日のジュードたちはしつこく、いい加減に叩きのめそうかと相談していたところだったのだ。
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