第166話 波紋
新章の始まりです。首都キーフルを目指す途上での出来事が描かれます。
アリステア神聖帝国からシュタイン大公国に入ってすぐの国境の町。そこで、フロリアにちょっかいを出そうとして、香辛料爆弾の餌食になったホルガーとフーベルトの2人組の食い詰め冒険者は解放されたあと、一度は町に戻ったものの、ギルドに顔を出すとすぐにギルマスに呼ばれて難詰をされた。
町の門番がまだあどけない少女の跡を追うように出ていった2人組を不審がって衛士に報告し、衛士隊から冒険者ギルドに問い合わせが来たのだ。
それで、帰ってきた2人組をギルドマスターが締め上げるという構図になったのだが、少女の特徴から、ギルドで冒険者登録をしたばかりの駆け出し初心者だということはわかっていた。
「お前ら、身寄りの無い女の子にちょっかいを出そうとしたな。誘拐は確かによくある犯罪だが、重罪であることは変わりない。女の子をどこに隠したのか、素直に白状しろ。拷問にあいたくなければな」
「ま、待ってくれ、ギルマス!! 俺たちはそんな女の子のことなんか知らねえ。何かの間違いじゃねえのか!」
「間違いかそうじゃないかは、鑑定すりゃあ分かることだ。だが、犯罪捜査用のものはこの町にはねえんだ。領都までお前らを連行しなきゃならねえ。余計な手間を掛けさせずに、素直に吐け」
「は、犯罪捜査用のは無くても、嘘をついているかどうかを簡易的に調べる鑑定水晶ならあるんだろ! 頼むからそれで調べてみてくれ。ほんとに俺たちはそんな女の子を拐ったりしてねえんだよ!」
2人組の訴えにギルマスも少し考え込んで、「そんならお前らの言う通りにしてやる」とギルド職員とともに2人を代官所まで連行した。それで、衛士も立会の元、2人が主張するように「銀髪の女の子を誘拐したのか?」を聞くと、「ノー」の判定が出た。
ここは2人にとっての正念場で、「誘拐を企てたのか?」と聞かれていたら「イエス」という答えになっていたところであった。そうなれば、徹底的に調べられ、誘拐を試みたが逆襲され捕獲された挙げ句、見逃してもらった……という事情が明らかになったことだろう。
だが、最初の質問でノーが出たところで、2人組がまくし立てて頑張ったので、有耶無耶になってしまったのだった。
「これからは紛らわしい真似をするんじゃねえ。もうお前らの顔を見たくねえから、すぐにこの町を出ていって、二度と来るんじゃねえ」
と、本当に冤罪であればかなり理不尽な言葉を投げつけられて、2人は町から放り出された。
彼らは口では「安全な宿にも泊まらせねえつもりか」などと抗弁していたが、やがては諦めて(諦めたふりをして)野宿するために適当な場所を探して町を遠ざかっていった。実際にはもう宿泊費なぞ持っていないし、少女が戻ってきて誘拐未遂を申告されるとまずいことになるので、町からできるだけ遠くに逃げるのにちょうど良かったのだが。
冒険者ギルドでは、その日の夕方になっても少女が帰ってこず、翌日も姿を見せないことから、やはりあの2人組が怪しい、という話になったが、特に捜索隊を出したりすることはなかった。
結局のところ、登録初日の駆け出し冒険者、しかも彼女を探す理由のある知り合いなど1人もいないよそ者である。
駆け出し冒険者が行方不明になるのはよくある話だし、いちいち捜索などしていられないのだ。
そのうち、薬草採取をしている他の冒険者が死体とかなにかの痕跡とか見つけたら、冒険者ギルドでも、その時の状況に応じて動くかも知れない、という程度の話であった。
***
国王から直々に叱責を受けたハンゾーは"暗部"の本部に戻ると、すぐに幹部連中を集めて面罵し、さらにフロリア捜索を担当したジャンとデリダを呼び出し、厳しく事情聴取した。
細かく事情を聞くに、もちろん更に余分な日数を費やしてでも、フロリアの死体を崖下まで降りて確認するべきであったと言わざるをえない。
それが実行しにくい状況であったのは認めるが……。
「やはり、お主らのような駆け出しに任せたのが間違いであった。お主らは当分、謹慎しておれ」
ハンゾーは彼らに"暗部"の里への帰還と蟄居を命じ、2人はガックリと肩を落として帰っていった。
しかし、これは彼らにとっては幸運であったということが、少し後になって判明する。デリダの妊娠が発覚したのだ。幼なじみの男女が2人組で活動をしていくうちになるようになったのであるが、通常はこうした場合は女性のみが里に返されて、赤ん坊を産み落としたら、その赤ん坊は里の"暗部"育成プログラムに基づいて、親元から離されて集団生活で育てられる。ジャンやデリダでそうであったように。
そしてほとんどの母親は数日程度休んだだけですぐに仕事に復帰しなければならなず、まともに赤ん坊の顔を見たこともない"暗部"の"渡り"をしている母親など珍しくもない。
それが2人揃って謹慎になってしまったので、里で妊娠期間をともに過ごすことができたのだった。もちろん、周囲の彼らを見る目は厳しかったのだが……。
ハンゾーは今度は幹部たちに人選を任せず、自らが"渡り"の中でもエース格であるウルリヒを呼んで、フロリア捜索を命じた。ウルリヒは「特性がない男」というあだ名をつけられた中年の目立たない男で、あまりにも印象が希薄なので、ともすればハンゾーですらもウルリヒがどんな顔立ちで体格の男であったのか忘れてしまうほどである。
これは彼が生まれ持っていた特徴で、魔法使いとまでは言えないものの微弱な魔力持ちであり、それ以上にとてもめずらしいスキルを持っていて、そのスキルの為せる技なのであった。
本来なら、駆け出しの後始末に投入されるような男ではなかったが、これで失敗したら(物理的に)首が飛びかねないハンゾーの万全を期した人選であった。
***
若きアダルヘルム王が跡継ぎ問題のゴタゴタを嫌って、市井に飛び出し、冒険者パーティ「大森林の勇者」を結成して暴れまわっていた頃のパーティメンバーは、今では大盾使いのオーギュストしか残っていなかった。
弓使いのマルガレーテはパーティ解散後にオーギュストと結婚したが数年で死亡。子供はいなかった。
魔法使いのアシュレイは、長らく行方不明であったが、先年死亡したことが判明した。その前後の事情を仮面官に調査させ、遺書も入手したことから、アシュレイの弟子フロリアが身寄りもなく放浪をしていることがわかり、彼女を保護すべく、アダルヘルム王は国王直属の密偵組織"暗部"を使って捜索しているのだ。
パーティを解散する時、アダルヘルム王はアシュレイに割符を渡して、その割符を持つ者は庇護するという約束をしていた。不運が重なり、その割符は弟子のフロリアの手に渡らなかったものの、アシュレイの意図は遺書からも明白であった。
そこで捜索をしている……のだが、アダルヘルム王の目的は懐古的な約束を果たすというだけではなく、フロリアの軍事的・経済的価値にもあった。
ほぼ単独でオーガキングの率いるスタンピードを押し返すほどのゴーレム軍団の保有と運用能力。桁外れの戦闘力を持ったトパーズを筆頭にした従魔達。多彩な魔法の数々。かつては一国の基本方針にすら影響を与えたほどの実力を隠し持っていたアシュレイの遺産をすべて受け継いている少女。
国王として、為政者としてとても見逃せる存在ではなかった。
その事情を詳しく聞かされている旧友オーギュストは、一度はフロリア死亡の報を受けて王と落ち込んだものだが、それが生きていたと知らされ、血が騒ぐのを感じた。
「だがシュタイン大公国か。アリステア神聖帝国よりはましだが、ちょいと調べにくいんじゃねえのか?」
「ああ。あの国とは伝統的に仲が悪いからな。だが、そのための"暗部"だ。今度こそ、フロリアを連れ帰ってきてくれるだろうさ」
「そうか。……そういえば、冒険者時代にもいつか、あの国に行こうって言ってたんだよな」
「ああ、キーフルはこのヴェスターランド王国にとっても父祖の地だからな」
「今考えると、王子がそんなところにノコノコでかけていって見つかったら大事になるところだったな。俺たちなら別に問題ないが」
「ふん。今となっては、お前だってヴェスターランド王国の貴族だ。先方で身分がバレたら吊るされかねないぞ」
「違えねえな」
そんなことを言い合いながら、王と2人、宮殿の離れの隠れ家で王と痛飲した数日後。
アダルヘルム王の元に、オーギュストの手紙が届けられた。
内容は、自分もフロリア探索の旅に出る、経営していた道場は弟子に譲ったので問題ない、フロリアを発見したら連れ帰るので待っていてほしい、というものであった。
「あ、あの野郎! 自分だけ旅に出やがったのか!! 抜け駆けしやがって!」
手紙を読んだアダルヘルム王は地団駄を踏んで悔しがった。
身近にいてほしいという王の要望に従い、法衣男爵を叙爵されながらも、王都で町道場を経営していたオーギュストだが、フロリアの話を聞いていて、冒険者時代の血が騒いだと見える。
大盾の埃を払って、ショートソードをたばさんで、旅に出てしまったのであった。
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