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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第8章 国境沿いの伯爵家
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第165話 後日談2

 ひとしきりゴブリンの後始末が終わってから、犠牲になった者の葬儀が行われた。アンデッドが実在する世界なので、既に遺骸は火葬にした後である。

 ただ、犠牲者は相当数発生したが、怪我人はフロリアが全て治したので基本的にゼロであった。

 

「これで伯爵様も安泰だべ」


 町の人々も、そうしたフロリアの噂を聞きつけて、そんなふうに言い出している。既にフロリアを伯爵家の一員として扱っているのだ。


 なので、最後に葬儀に出席したら、その夜には旅立つことにしたのだった。

 

 それなりに出た犠牲者のうちに、フランチェスカの侍女のユリエが居た。

 フランチェスカに襲いかかろうとしたゴブリンに体当たりをして、お嬢様が談話室に逃げ込むための、僅かな時間を確保したのである。自らの命と引き換えに。

 そのユリエの死体を見てさめざめと泣くフランチェスカであったが、フロリアはそれを少し興ざめに見ていた。

 このお嬢様の涙に嘘は無いだろうが、それでもこの人は父親の命令があれば、私を取り込む為にユリエを死亡させることを承諾しただろうから。


 フロリアは、各種報奨金などは、冒険者ギルドの口座に振り込んで貰うように依頼する書き置きを個室のベッドに残すと、窓から部屋を出る。夜も遅く、大きな音を立てるシルフィードの助けを借りずに、ベルクヴェルク基地で開発した風魔法付与をした靴を履いて、窓から飛び降り、隠蔽魔法で夜警の衛士たちから身を隠して、屋敷の塀を飛び越え、さらに町中を走り抜け、城壁も超えたのであった。


「フロリアよ。あんな書き置きを残して、それで支払いがあるのか? あれでは金が貰えないから、と言って、ずっとあの狭苦しい屋敷に居たのだろう?」


「うん。多分、貰えないと思う。だけど、もういい加減にイヤになってきちゃった。なんかすごくプロポーズされるし……」


 年齢の割りには図太いとすら言えるフロリアだが、父親位の年齢のむさ苦しいおっさんに迫られて、さすがに心が折れたのであった。


 騎士のマレクはあれだけの大恥をかいて、騎士団を放逐されてしまったが、他に一族の軽薄そうな男(ダンスのレッスンで一緒であった男。名前はミクラーシュというのだがフロリアはよく覚えていなかった)や、レオポルト騎士隊長も積極的にフロリアを狙い出した。

 意外にもレオポルトは独身で、かねてから自分の代でバルトーク伯爵家にお仕え出来るのが終わってしまうのではないか、と焦っていたのだが、女性には縁が無かった。もちろん、貴族家の重臣の家柄ともなれば何度も縁談の話はあったのだが、実際に彼に会うと相手の女性が怖がって逃げてしまう……ということが続いたのだ。

 伯爵ももう半分は諦めて、レオポルトには「血縁者から養子をとれ」と命じていたほどである。

 それが出会いこそは最悪であったが、まだ少女ながら彼の圧迫に潰され無いだけの精神の強さと、驚くべき魔法を使い……。

 彼は、部下たちにも自分自身にも「俺が一番あの娘に期待しているのは魔剣だ」と説明していた。確かに一流の剣士としてはあれだけの魔剣を一度は手にしてしまったら、簡単に諦められるものではないのは当然のことであった。 

 しかし、これは誰にも言えることではないが、レオポルトの両腕には、伯爵が町の外で襲われた現場から屋敷へと急行した時に、この少女の細い腰に手を回し、それなりの時間、しっかりと抱いたときのあの感触が残っていたのだった。


 そして伯爵も改めてフロリアの実力をはっきりと認識して、これを絶対に逃すわけにはいかないと決心した。伯爵は逸るレオポルトに「ちょっと待て」と制止し、自分自身もフロリアの夫候補として名乗りをあげたのだった。

 伯爵はフランチェスカの母親である正妻が亡くなった後は、妾を何人も持っていたが、いわゆる後妻を決めては居なかった。

 その後妻にしても良い、と言い出したのだ。

 伯爵は、どこの馬の骨とも知れぬ庶民の娘を、伯爵家当主が妻として迎えようというのだから、年齢差など問題にならないし、娘の方は泣いて喜ぶのが当たり前、だと信じていた。


 伯爵は再び家宰の老人とフロリアの処遇について話をしていたのだが、この会話の中身を知ったことでフロリアは出奔を決断したのだ。

 家宰は、いかなるカタチであれ、今さら伯爵が後妻を迎えることに反対をした。後妻であれば対外的にも伯爵夫人として紹介されるし、それ以上にフロリアの生んだ子は継承権を持つのである。かなり順位は低くなるのだが。

 それで議論した結果、「本人には妻と説明し、領内での扱いはそれに準ずるが実際には妾」ということで、フロリアの扱いを決定したのだった。当人に真実が判るころには、もう逃げる気も失せて居るだろう。

 話が終わった後、「お館様もお好きですな。別に我が家に魔法使いを取り込むのであれば、レオポルトの妻でも構わないのでは?」と聞かれ、伯爵は「如何にレオポルドが忠義の者とは言え、あのような実力者を我が物とすれば、下手な悪心を起こしかねぬ。私が直接目を掛けた方が良かろう。それに、まだ子供だがなんとも言えぬ色気もあるしな」と脂下がっていたのだ。

 

 つまりは物を知らない田舎の小娘に貴族の一員になるという餌を与えて、一生涯、伯爵家のための魔法使いとして飼い殺しにしようという、色と欲の二本立ての作戦であった。

 彼らはフロリアに対してそのような取扱をしても、下賤な平民出身の小娘である本人にとっては結構な話で、有難がりこそすれ、嫌がるなど思いもよらぬことなのであった。


「やっぱり、貴族ってこんな風なんだよね。それにお屋敷の人たちだけじゃなくて、街の人達迄、これが玉の輿だって考えているのがたまらないんだよねえ」


 確かにこの世界の常識ではバルトーク伯爵は多少、女性の好みが低年齢な方だが、平民に対してそこまで苛烈ではなく、むしろ貴族としては良識的な方だと言えるぐらいなのだ。このままではまわり中から、この調子で外堀を埋められ、既成事実化されていくと逃げられなくなってしまう。いくら魔法に優れていても、所詮はフロリアはまだ12歳の少女である。

 伯爵が夜這いしてきても撃退するのは簡単だが、今度は後が大変になる。


 それでこうして逃げることにしたのだった。


***


「ゾルターンが逃げただと!?」


 伯爵が怒鳴った。

 衛士隊長のボリスが小さくなる。昨日はご執心の魔法使いの少女に逃げられたかと思ったら、今度は虜囚にも逃げられる。伯爵の機嫌も悪くなる筈である。

 

「一体、どうやって逃げたのだ。魔法が使えぬようにずっと混沌の魔道具を使っていたのではないのか?」


「は、間違いなく使っていたのでしたが……」


 伯爵もボリスも魔法使いの取り扱いに対して誤解があったのだ。

 バルバラのような魔道具師ならばともかく、攻撃魔法の使い手をいつまでも閉じ込めておくことは基本的に不可能である。

 だから、同じ罪を犯しても非魔法使いならば契約魔法で縛って犯罪奴隷にするところを、攻撃魔法使いならばすぐに斬首刑にするのだ。

 一時的にならば混沌魔法を掛けて、相手が魔法の術式を構成出来ないようにする、という手があり、実際にフロリアもその手を使って、ゾルターンの捕縛をしたのだ。

 しかし、その混沌魔法の魔道具を使い続けると次第に効果がなくなる。耐性が出来るのだ。

 現在、ほぼ唯一の方法と言われているのが、アリステア神聖帝国で使われている古代の魔法薬エンセオジェンぐらいであったのだ。


 ゾルターンは牢の中でギリギリまで消耗していたので逃げるだけで精一杯、行きがけの駄賃で、伯爵一家を襲ってから行こう、とは考えなかったのは幸いだった。

 

***


 フロリアの面倒を見ていた中年のメイドは、町から屋敷に御用聞きに来た商人にこっそりと手紙を渡す。

 商人はメイドの弟で、メイドがお屋敷に奉公に上がるようになってからも定期的に御用聞きに来ていて、熱心な仕事ぶりは屋敷の者からも評判がよかった。


 手紙は最近、この屋敷で起こった出来事を綴っていた。

 商人は遠くの商売相手への商売上の通信文の中に手紙を紛れこませた。その商売相手から幾つかのブランチを経由して、手紙はヴァルターランドの"暗部"本部に届けられた。彼女は数代前にこの土地に根付いた"暗部"の"根付き"の家系の出であったのだ。

 その事と、伯爵家の忠実なメイドであることは彼女のなかで矛盾してはいなかった。

 報告の中身が特に伯爵家に害をなすようなものではなく、世間話に毛が生えた程度のものだったから、と言うことも大きい。


 報告書は、すぐにアダルヘルム王の元へ届けられた。通常、根付きの定時報告程度が国王へ直接届くことはない。そんなものまで国王が全部チェックしていたら過労死してしまう。しかし、以前よりいくつかのキーワードが文書中にあった場合、ただちにそのまま文章を一切改変せずに国王へ届けよ、というシステムがあった。そのキーワードは伝統的に「スタンピード」「反乱」「暴動」「凶作」……などであったが、先年、王は「黒豹」「銀髪」「新型ゴーレム」などのキーワードを追加し、フロリア死亡の知らせの後も解除を忘れていたのであった。

 国王は、この伯爵家のメイドの報告を3回読み直し、さらにバルトーク伯爵領がアリステア神聖帝国に接しているという位置関係を地図で確認した後、"暗部"の長のハンゾーを呼んで、こう叫んだ。


「生きてるじゃねえーか!!」


***


 フロリアはバルトーク伯爵領から出た最初の町に入城して、冒険者ギルドに足を運ぶと、買い取り窓口で薬草やツノウサギ、野鳥などを引き取って貰ったあと、通常窓口でギルドカードを示して、口座の残高を調べて貰った。

 受付嬢が示した金額は、1金銭を少し超えていた。


 顔色1つ変えずにその金額を聞くと、フロリアはそのままギルドの建物を出て、町も出ていった。しばらく街道を歩きながら、頭の中で1金銭の価値を計算していた。


「ええと、確か100円を1銅銭で計算すると、割りと価値が同じぐらいだった筈だから……あ、凄い、100万円ぐらいだ!!」


 思わず気勢を上げて、ガッツポーズをするフロリア。

 これまでに手にしたこともないぐらいの大金だった。バルトーク伯爵はごまかさずにお金を振り込んでくれたのだ!! 


 価値を知らないとは恐ろしいもので、本来なら1金貨(1千万円)でも2金貨(2千万円)でも不思議は無いぐらいの功績だったのだが、フロリアは素直に伯爵に感謝するのだった。


変な出来事に巻き込まれて、思わぬ日々を過ごしてしまったフロリアですが、これでようやくバルトーク伯爵家とは完全におさらば……とはいかないのが面倒なところです。

一度、フロリアの"魅力"に気がつくと、簡単には諦めてくれないのです。


いよいよ古都キーフルに向かうのですが、途中でまたも道草をする羽目になる1人と1頭のお話をお楽しみに。

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