第162話 魔法使いとの戦闘4
「敵から来てくれるのなら都合が良い」
そうトパーズがささやく。
フロリアは敵の魔法使いシモンが建物を出た瞬間、すなわちフロリアの視界の入った瞬間に、その相手の数十センチ程度の距離から複数の魔剣を出す。
触れると麻痺魔法が働くタイプである。
しかし、その相手は信じられない反射神経で、その魔剣を避け、弾く。
地に落ちた魔剣は再び浮き上がって、また相手を追うが、それよりも早く相手はフロリアめがけて急接近してくる。
「ほう、なかなか」
トパーズがその相手に飛びかかる。
トパーズの前脚の一閃と魔剣が交錯して、炎がパッと散る。
魔剣の炎魔法がトパーズの風魔法に切り裂かれて散ったのである。
風魔法を遮られて驚くトパーズと、鋭い連続攻撃が来たかと思うとこちらの炎の斬撃を散らされて焦るシモン。
互いに、これまでに相対したことのない実力の持ち主に初めて遭ったのだった。
シモンはトパーズを牽制しつつ、一瞬の隙をついてフロリアに斬撃を飛ばす。
しかし、緒戦の段階ならともかく、その時には既にフロリアは自身に分厚い防御魔法を展開し、その斬撃を跳ね返す。
そして、さらに複数の魔剣を収納から出して、シモンに襲いかからせるのであった。
魔剣の故意に一定のリズムを外した攻撃パターンに加え、その合間合間にトパーズの風魔法が飛んでくるという状況に、シモンはたちまち追い詰められて言った。
「この手を使うことになるとは!」
そう心の中で唸ると、シモンは従魔のゴブリンキングを呼び寄せた。
***
レオポルトは、屋敷内を呼ばわりながら走っていたが、「隊長、隊長!!」という応答の声がする方に進むと、部下の騎士たちが数人、相当な数のゴブリンと戦っていた。既に床には大量のゴブリンの骸が転がっていて、一面血の海だ。
騎士たちの後ろにはメイドや執事、下働きの者が固まっている。
いや、伯爵家の一族の顔もいくつか見える。
「若様は?!」
戦場に飛び込みながら、そう叫ぶと、部下は「分かりません。ゴブリンに分断されてしまって……」と返す。
混乱ではっきりしたことが判らないのだろう。
「ならばここを片付けて、屋敷中を探すぞ!!」
そう叫びながら目の前のゴブリンに剣をふるい、たちまち数匹を斬り捨てる。
「くそ、いったい何匹いるんだ」
と、ゴブリンたち数十頭を引き連れて、背丈がレオポルトに匹敵するほど大きなゴブリンがのそっという感じで現れた。
背丈自体は同程度でも、からだの厚み、筋肉量はレオポルトを軽く凌ぐ。レオポルトも鍛え抜いた肉体だが、それを凌ぐのだ。
「ゴブリンの親玉か!!」
この上位種を斃せば、ゴブリン共の攻撃が止むかも知れぬ、そう考えたレオポルトだがゴブリンキングが持つ棍棒の一撃を剣で受け止め、とてもそんな簡単に倒せる相手ではないと思い知る。鍔迫り合いに押し負けて、一歩二歩と後ずさる。
部下の騎士たちも、それぞれ自分の眼の前の複数のゴブリンに手一杯でレオポルトの応援に入れない。
むしろゴブリン側がレオポルトを脇から攻撃しようと、錆びて汚れた剣を掴んで迫ってくる。
若様をお助けするどころか、合流することすら叶わずに、こんな下賤な魔物に倒されるのか! 眼の前が暗くなってくる。
レオポルトが思わず呻きそうになったところ、いきなりゴブリンキングの圧力が消える。
「?!」
ゴブリンキングとその取り巻きのゴブリンが、どこかに走っていく。
一瞬、意味を判じかねたレオポルトだが、ゴブリンキング共が向かった先が庭園の方向であることに気がつく。
小娘が呼び寄せたのだろうか?
それとも、若様やお嬢様の居られる場所を見つけたのか?
後者の場合、こちらもすぐに駆けつけねば。
レオポルトは、部下たちに「追うぞ!」と促し、後を追う。しかしメイドや執事はともかく、ここにも居る伯爵家の一族の方を捨てていく訳にもいかず、しかし彼らを守りながら行くとなると、時間が掛かる。
もどかしい思いで、近づいてくるゴブリンを一匹、斬り捨てる――つもりが、剣がポキリと折れてしまった。
もとよりひ弱なゴブリンはそれでも斃れたが、折れた剣ではこれ以上戦えない。
一度、領主の護衛で王都まで行った際に、名のある鍛冶師の工房まで出向いて買い求めた業物であったのだが、どうやら先程のゴブリンキングと切り結んだ時にヒビが入っていたらしい。
「くそ、大事な時に」
レオポルトは剣を捨てると、サブウエポンの短剣を抜く。さすがに部下の剣を取り上げることはしなかった。
フロリアは、少しずつシモンを追い詰めながら、またちょっと大物の魔物が急接近してくるのに気がついた。シモンが使役する従魔か。大きいのが一匹と、小型が数十匹。
「モンブラン! 上に居る? こっちに来る魔物をお願い!」
町を監視させていた鳶と共に領主館上空に到達していたモンブランは、その場で眷属の鷲や鷹といった猛禽類を呼び寄せると、魔物に向けて急降下していった。その中には通常の猛禽の倍以上の大きさのものもいて、これらは猛禽型の魔物であって、風魔法の攻撃も使える。
フロリアも、操る魔剣の数を増やしていく。
魔剣はシモンを攻撃するものと、巨体のゴブリン(ゴブリンキング? ゴブリンロードぐらいありそう、とフロリアは思った。魔物を従魔にすると、術師の魔力が上乗せされて通常よりも強くなる傾向があるのだった)を攻撃するものとに分けることにする。
その他のゴブリンは猛禽類に任せ、さらにトパーズも着実にシモンを削っていく。
"それにしてもトパーズと操剣魔法をこれだけ凌ぐなんて。やっぱり1人でお屋敷に殴り込んでくるからには、これだけの力があるんだ"
フロリアは内心では感心しながら、しかしいつまでもこの男の相手をしている訳にはいかないので、一気に勝負をつけることにした。
からだにふれると小爆発を起こす魔剣に苦戦して、主の元に行けずに棒立ちになってしまったゴブリンキングの顔面――というか、鼻先と口だけ――を覆うように空気のボールを出現させる。
そのボールの中は酸素濃度を6%以下にまで減らしてあり、如何にゴブリンキングといえど、呼吸をする生き物である限り、たまったものではない。
数瞬後、ゴブリンキングはドスンという振動と音を立てて倒れていた。前のめりに倒れたので、うなじに魔剣を深く突き刺す。
従魔を倒されたことで、魔剣士シモンにも一瞬の隙が生まれた。トパーズがその隙を逃すはずもなく、鋭い爪の一撃を入れる。
「グワッ」
シモンの腕が斬り裂かれ、血がパッと散る。
「よしっ」
これで勝負ありだ。
残りのゴブリンも、たちまち組織だった行動が出来なくなってきている。
後はこの魔法使いを戦闘出来ないように無力化したら、フランチェスカを助けにいかなきゃ。
フロリアはまた風魔法で、状況を通知する。
「みなさーん。親玉のゴブリンキングは斃したので、後のゴブリンは個別に倒していけば大丈夫ですよー。落ち着いて、対処していってくださーい」
そして、かろうじて戦闘を継続しているシモンに「それじゃあ、そろそろ」と言ったところで、シモンは力を振り絞って、いきなり横に駆け出す。
フロリアに向かうでも無く、逃げ道を探すでもない。
トパーズも意外な行動に一瞬、対応が遅れ、シモンは身体強化魔法の全力を尽くしたダッシュで、庭園にふらふらと入ってきた人影を掴まえ、後ろに回ると首筋に剣先をあてた。
「こいつを殺されたく無ければ動くな」
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