第16話 尾行者を逆尾行
トパーズにまかせて、フロリアは亜空間に潜っていることになった。
「1時間後に出てこい」というトパーズの言葉に従い、「乱暴しちゃ駄目よ」と念押ししてから、亜空間の扉を開ける。
1時間後に出ると、すぐにトパーズがやってきて、フロリアの影に潜る。
「アイツラ、諦めて帰ったぞ。ケットシーが跡をつけているからどこのどいつか調べてくる。ちゃんと話してる内容も調べてくるから安心しろ」
「うん、ありがとう。でも、トパーズってそんなことできる眷属が居たんだね。てっきり、白虎やネメアの獅子みたいな武闘派ばっかりだと思ってた」
「私は獣の王だ。大抵の獣は眷属として呼び出せるのだ。ケットシーは少々軽薄だが、細かい仕事をやらせるのならちょうど良い」
大抵とは言っても猫科に限られてるみたいだが。
とにかくこうしてスパイを放ったので、フロリアは森の中を歩いて見ることにした。昨日は夕方になってから森の散策をしたので、あまりじっくりと見る機会がなかったのだ。
探知魔法に何組かの冒険者が引っかかる。いずれもまだ未成年っぽいが、それでもフロリアよりは年嵩のようだった。
フロリアに気がついて、「すげえたくさん薬草を持ち込んだ奴だぞ」「まだ小せえなあ」「だが、けっこうかわいいじゃん」「おい、声を掛けてみろよ」「よせよせ、大人であの子を狙っている奴がいるから、締められるぞ」などとヒソヒソ話している。こちらは風魔法が使えるので、全部筒抜けである。
その噂話を集めていると、どうやら冒険者の中にフロリアに目をつけて、とり込もうとしているパーティが複数あるらしい。
彼らによると、成人のパーティの幾つかがフロリアを狙っているが、未成年を入れると受注できる依頼に制限ができるので、見習いメンバーのようにして、碌に報酬の分配もせずに収納を目当てにこき使うつもりなのだ、ということだ。
彼らによると、戦闘能力のないお荷物でもデカい収納スキルがあって、薬草採取が得意なら十分、それに女ならいろんな使い道があるし、ということだった。
すこしげんなりしたフロリアは、もう話を聞いていても仕方ないので、森から一旦出て、広めの空き地を見つけて、盛大に煙が出るような料理を作ることに決めた。トパーズには用心棒代わりに影から出ていて貰うことにする。
そして収納スキルで屋外用のコンロを出す。携帯用の小さなモノではなく、日本ならキャンプ場の屋外バーベキュー会場に設置されるような大きくて立派なものだ。
そこで、肉料理や煮込み料理を作って、出来上がる順にどんどん収納に仕舞っていく。当分、温かい料理に困らずに済む。
遠くで、こちらを伺う見習い冒険者達の視線が気になるが、子どもたちはトパーズを怖がって近寄ってこない。
あまり、ひと目に晒したくないけど、もうこの町に長くはいるつもりはなくなったので、構わない。最後に自分のための一食分、とトパーズのための血抜きしたツノウサギだけ残して、全部しまう。
屋外で食事を終えると、森には戻らずに町の方に戻る。それを見て、跡をつけてきていた見習い冒険者は皆、森に戻っていく。まだ昼を過ぎたばかりで、採取を切り上げるには早すぎる。
トパーズを出したままなので、大門までは近寄らずに町の周囲をぶらぶら歩いていると、まずシルフィードが戻り、次に猫が一匹やってきた。
シルフィードは風の精霊だから素早いのは当然として、ケットシーも地面を走る姿は影のよう。トパーズと同じく影に潜む能力があるのだろうか。
ケットシーはフロリア達のすぐ近くまで来て、ヒョイと後ろ足で立ち上がり
「旦那、帰ってきましたにゃ。そちらはフロリアお嬢様ですにゃ?」
と挨拶した。
「こんにちは、ケットシーさん。これからよろしくね」
「うにゃ。いっぱい呼んで欲しいにゃ」
「とりあえず、中に入りましょ」
ケットシー、トパーズ、シルフィードを伴って、亜空間に入る。
中に入ると、ケットシーは興奮して四足でそのあたりを駆け回る。その姿はまんま猫で、とても魔物の一種だとは思えない。
「知らない場所にゃ。初めての匂いにゃ」と言いながら、亜空間を隅々まで見て回り嗅ぎ回る。一通り満足するまで、収まりそうに無いので、先にシルフィードの報告を聞く。
市場でフロリアに声を掛けた3人組は市場の実力者の息子で、最近仲間とつるんで好き勝手していたのだが、衛士に目をつけられていて、親も庇いきれなくなってきた連中だということが分かった。
唐辛子攻撃は1時間以上も彼らの戦闘力を奪ったようだが、別に後遺症とかはない様子だという。
彼らは、収納スキル持ちで一人きりの娘が居たので、金になりそうだと思ったのだ、と言っていたそうだ。
「確かに収納がどうとか言っていたっけ。収納スキル目当てで絡んできたってこと……」
フロリアがつぶやく。
薬草集めの見習い冒険者達も、大人の冒険者が私の収納目当てにして、狙っていると言っていた。
そういえば以前にアシュレイが収納もバレないようにしないとだめだ、と言って肩掛けカバンを買ってくれたことがあった。
フロリアはダミーの大きめの肩掛けカバンを収納から久しぶりに引っ張り出して、斜めがけにしてみる。
数年前の時点では体格に合わず、使いにくかったのでお蔵入りしていたのだが、数年経ってもやっぱり大きい。
だが、人前でモノを収納から出し入れするときには、このかばんから出し入れしているように見せかける練習をしないとならないみたいだ。
次に、ケットシーの報告を聞く。
「にゃにゃにゃ。男達はお嬢様を見失ってから、町に戻って、誰かに話してたにゃ。それで、2日続けて見失うなんて役立たずにゃ奴らにゃ、と言われていたにゃ」
「誰に言われていたの?」
「魔法使いじゃにゃいけど、魔力を感じたにゃあ」
「どこに報告に行ったの?」
「町の中の大きな建物にゃ。でも中には入らずに、外でなんかしたら、すぐに裏から男が出てきたにゃ。
それで、少し話してたら、今度こそお嬢様を探し出して見つけてこいと言われて、みんにゃバラけて、探しに行ったにゃ」
「うーん。大きな建物と言われても……」
フロリアはその後、ケットシーにどんな建物だったから聞く。
偵察役を任されるだけあって、記憶力には優れていて、門を入ってどの方角に何歩歩いてから、右に折れて……と正確に報告してくれるのだら、それではフロリアには分からない。さらに彼が覚えている建物の特徴というのが、入るとわずかに穀物の匂いがしてネズミが居そうだったとか、他の動物の縄張りにはなっていないとか……。
どうやら、2日連続尾行組はバックがあるらしいけど、誰かは不明なのか。
でも、この町に来たばっかりの私をつけるって、どんなバック? フロリアが不審に思っていると、
「その男の名前は口にしなかったのか?」とトパーズが聞く。
「あ、そういえばクレマンの旦那と言ってたニャア」
そんな重要な情報を覚えているのなら、すぐに教えて欲しい。
「クレマンさんって、商業ギルドの窓口係の人……」
「あいつか。確か、魔道具を渡していたな、フロリア」
「うん。なんであの人が私を尾行させるんだろう?」
しかし、考えてみれば、この町でフロリアのことを知っているのは数人程度しかいないのだから、別に不思議でも無いのか。
フロリアは、ケットシーに当分、クレマンに張り付いて、監視してくれるように頼む。
「旦那、それで良いかにゃ?」
「ああ、フロリアの言う通りにしてくれ」
「わかったにゃ。それじゃあ、ここから出してくれたら、行くにゃ。でも、その前に餌が欲しいにゃ」
フロリアは、血と内臓を抜いたツノウサギをシートを敷いた上に一匹出すと、ケットシーはすぐに齧りついて、あっという間に半分ほど平らげる。




