第159話 魔法使いとの戦闘1
伯爵一行を襲ったのは、淡黄色の上着を着た魔法使い(名前をゾルターンと言う)であった。
ゾルターンは、フランチェスカ襲撃失敗後にすぐに雇い主に知らせて、追加戦力としてシモンという魔剣士を呼び寄せた。
そして、シモン到着と同時に、作戦を開始したのだ。
伯爵家に内通者として送り込んだ魔道具師のバルバラの連絡が途絶えてしまい、内部の様子がわからなくなっていた。バルバラの最後の連絡では、襲撃者を排除した小娘の魔法使いが伯爵家に入ったということであった。
ゾルターンと対峙し、魔力で上回り圧倒した小娘。
自分では勝負にこだわるタイプではないと思っていたゾルターンは、不利を悟ってすぐに退却したが、あんな年端も行かぬ小娘に負けたのはやはり内心忸怩たるものがあった。
しかし、まともに乗り込んで戦うのは愚策である。
そのためにゾルターンが立てた作戦が小娘おびき出し作戦である。
領都の外で交易隊や農夫、出来れば領主の近辺の者などを次々と襲い、小娘が討伐のためにおびき出されてきたところで、応援のシモンが領主館に乗り込んで、領主一家を暗殺する。
あらっぽい作戦であるが、小娘の移動速度は馬などに較べて、飛び抜けて早いので、1人で先行してくる可能性が高い。
屋敷の警備が非魔法使いばかりになれば、一流の暗殺者であるシモンの独壇場になる。
もちろん、先行してきたフロリアとまともに戦うつもりはない。適度にあしらって時間を稼ぐ。
それで丁度よい的を探していたところ、領主直属である騎士達が轡を並べて、町の外、それも人家も無ければ街道からも外れた場所を目指しているのを発見した。
ゾルターンは合図の光魔法を上空に打ち上げる。フロリアは部屋に籠もっていて、気が付かなかったがシモンは気が付き、返答代わりに魔剣の輝きを天に放った。
いずれも、非魔法使いだとよほど注意力に優れた人間でなければ見逃してしまうような合図であった。
ゾルターンにとって計算違いだったのは、そして伯爵にとって幸運だったのは、その騎士の集団の中に領主であるバルトーク伯爵その人がいたの、他の騎士と似寄りの格好をしていたため、それに気が付かなかったことである。
もしこの時点で気がついていたら、ゾルターンはいきなり全力で伯爵を斃し、そのまま逃亡し、シモンには作戦中止の合図をしたことだろう。
伯爵を討ち取ってしまえば、ゾルターンとしては仕事完了である。
ゾルターンらの雇い主は、いきなり伯爵その人を葬ると政治的バランスが崩れすぎると考えただろうが、ゾルターンは単純に「敵の親玉」を倒せたのならそれで良かろう程度の考えしかなかった。
ともあれ、今のゾルターンは騎士たちを少しずつ削りながら、小娘が颯爽と救援にくるのを待つだけである。先程、騎士の1人が鳩を放っていたので、さほど時間が掛からずに小娘が来るはずである。
戦闘開始とともに、あらかじめ土魔法で地面に仕込んでおいたロックランスが下から突き出し、馬を無力化した(その時点で馬ではなく乗っている騎士の脚を貫いて、1名落下し、またロックランスを偶然に避けた馬も、背中の主を振り落として逃げている)。
そして、立ち上がってきた騎士にファイヤーボールを放ち、火だるまに。
騎士の中でひときわ背の高い男が「貴様、名乗れ!! 狼藉者! バルトーク伯爵家の騎士と知ってのことか!!」と怒鳴る。
暗殺者が名乗る訳ないだろう。今回は生き残りが出ることを想定した作戦なのだ。だから、布で顔の下半分を覆ってもいる。
無言で、また手のひらの上に火球を生まれさせると、騎士達は数歩引いた。
「ああ、本気を出すと小娘が来る前に終わってしまうな」
ファイヤーボールが放たれ、騎士のうちの1人が炎に包まれて、魂消る悲鳴をあげながらのたうち回る。
他の騎士たちはその倒れた騎士からパッと飛び退る。
10数名の一行のうち、ロックランスで1名、ファイヤーボールで2名を斃した。
「おいおい、仲間だろ、助けないのか?」
ゾルターンはニヤリを笑いながら、騎士たちを煽る。
だが、騎士たちはゾルターンを倒すために突撃することもなく、仲間を助けることもない。ただ、一箇所に固まっているだけである。
最初に馬は散らしたので、徒歩で逃げることもできないのは判るが、普通は攻撃魔法で一度にやられるのを避けるため、散開して取り囲むものじゃないのか?
こちらは1人だし、いくら魔法使いと言えど同時に何発もの攻撃魔法を放つことが出来る者はめったに居ない。
1人がやられている間に他の騎士が襲いかかってくる、というのが定番の戦法であろう。
もちろん、ゾルターンはそうしたときのための防御魔法という切り札があるし、ある程度の魔法の同時発動も可能で、非魔法使いの対魔法使いの戦術にも対応策があるのだ。
しかし、そんなことを知るよしもない騎士たちが、集団で固まっているのが不可解である。
体を炎で覆われた仲間の騎士を助けようともしないので、できるだけ全員が一箇所に固まって……まるで、彼らが背にした誰かを守るように。
「ああ、そうか!」
思わずゾルターンは、少し離れた騎士達にも聞こえるほどの声をだしてしまった。一度、相手に聞こえるほどの声を出したのだから、そのまま続ける。
「つまりは、その中にだれか護衛対象が居るのだな。誰だ?! まあ誰でも良い。けっこうな大物らしいな。こっちももう誘拐出来るほどの備えは無いから仕方ない。とりあえず、その大物には死んでもらうか」
騎士たちは戦闘になってから顔面を兜が半ば隠しているのだが、それでもこの暗殺者の言葉に露骨に動揺しているのがまるわかりだ。これで、騎士たちの中に伯爵家の人間が居るに違いない。伯爵その人か、世継ぎか……。
ゾルターンは方針変更して、彼らを一掃する威力のファイヤーボールを出現させるための呪文を口の中で唱える。
そこで、騎士たちがひとかたまりになっている、そのはるか後方、空の上を何かが接近してくるのが見えた。
"なんだ、あれは?"
最初はシミのような黒い点に過ぎなかったが、あっと言う間に人であることが判る。
空の青さににじむような青色の服を着ているが間違いない。
あの小娘の魔法使いである。
空を滑空してくる人間がそう何人も居るはずがない。
作戦では小娘が急行してきたらすぐに逃げる予定であったが、この騎士たちの中に伯爵家の人間が居るとなれば話は別だ。小娘が到着する迄に、騎士たちが守る貴人を斃すのだ。
***
視力を強めて、遠隔地を見る魔法によって、フロリアは淡黄色の上着を着た男が、バルトーク伯爵家の騎士たちを追い詰めているのを視認した。
人数は、魔法使い1人に対して、騎士たちはまだ7~8人はいるが、既に数人の騎士が地に斃れ、残りは固まっている。
「なんで魔法使い相手に固まっているの?」
どうやら騎士たちは魔法使いとの戦い方を知らないようだと判断した。あれでは、次の一撃で全滅しかねない。
フロリアは収納から魔導書を取り出す。
前面にも展開している防御魔法が風の影響を防ぐので、ページをめくるのに支障はない。フロリアは遠隔地に魔法やスキルの効果をもたらす魔法陣のページを開く。
その間にもシルフィードは気持ちよさそうに歌いながら高速移動を続けていて、みるみる人影が近づいてくる。
そろそろ魔導書による遠隔操作の範囲に入ろうか、というタイミングで敵の魔法使いが手のひらを上に向けて、前にだした両手の平の上に火球が出現した。
この距離からでも判る大きさのファイヤーボール!
フロリアは、出現場所を騎士たちと敵魔法使いの間に設定して収納スキルを開き、魔剣を10本ほど出現させた。
魔剣はそのまま、高速で敵魔法使いを襲う。
「ぬっ!!」
既に同時展開していた防御魔法に剣が突き刺さり、みるみる防御が破られていく。
とっさにファイヤーボールを消して、全魔力を防御魔法に注ぎ込む。これで第一波は止めたが、すぐに魔剣は弧を描いて、ゾルターンの上空、背後から襲い掛かる。
「小娘がアアァァ!!」
ゾルターンは悪態を付きながら、必死に防御魔法で体を覆うように展開して凌ぐ。
信じられない。この距離を隔てて、魔法を届けることができる者が居るなんて!
既に長剣の長さの魔剣も数本出現していて、こちらはゾルターンに襲いかからず、騎士たちの前に切っ先をゾルターンに向けて展開し、防御陣形とも言えるカタチになっている。
「一度ならず、二度までも邪魔するか!! 小娘えェェ!」
いつも読んでくださってありがとうございます。




