第153話 午後のひととき
結局、フロリアはもう数日程度はこの屋敷に滞在することになってしまった。
理由としては、いろいろな報奨金や礼金の金額の確定と準備に日数が掛かること。特に襲撃者やバルバラの尋問が終了せぬことには、その重大度がはっきりしないのだ、ということだった。
そしてもう一つ。襲撃の際に敵方に攻撃魔法使いがいたが、失敗したとみるやすぐに逃亡してしまった。この行方は騎士たちと領軍(伯爵家レベルだと、一般兵士は普段は農夫をしているので、編成が小さくなるのだが、このバルトーク伯爵家では国境の領地ということもあって、平時でもそれなりの規模を維持しているそうだ)が探しているが手がかりも見つからない。
「かなり腕利きの魔法使いらしい。そこへきて我らの魔法使いであったバルバラはあの始末だ。よもや、このバルトニアに攻め入ろうなどと考えるような不届き者は居らぬと思うが、君ならば万が一の場合でも互角にやり会えるのであろう」
もちろん、その分の護衛料も支払うと言われると、フロリアとしてもなかなか断りにくくなってしまう。
バルバラと、あの襲撃者達が連動しているかどうかの確証はフロリアには無かったのだが、もしそうであれば、バルバラが失敗した今、あの淡黄色の上着を着た魔法使いの襲撃もありえない話では無かった。
フロリアの操剣魔法をさばきつつ、フランチェスカの乗る馬車への攻撃魔法が出来るほどの実力の持ち主。
確かに、こう言っては悪いがレオポルド率いる騎士隊ではちょっと心許ないかもしれない。
そうした訳でフロリアは、期間未定ではあるがバルトーク伯爵のお屋敷に滞在することになってしまった。
伯爵はこのままズルズルとフロリアを取り込んでしまおうと考えているのだろうが、それはさすがに避けなければ……。
もっとも、報奨金の方も、現金で欲しいというフロリアの事情があった。どうしても急ぎの場合には、先にフロリアが旅立ち、後で伯爵が冒険者ギルドの口座に振り込んでおく、という手もあるにはある。
だが、その場合は、
1,伯爵が嫌がる。ギルドは国際組織で、その口座の現金は他の国で引き出すことすら可能である。領内からお金が出ていくことすら嫌がる領主としては、振込は避けたい手段であろう。
2,もしバルトーク伯爵がしらばっくれた場合、後でフロリアが請求するという方法がない。泣き寝入りである。
3,以前の冒険者ギルドの口座にはけっこうな大金が入っていたのに、冤罪を着せられて凍結させられてしまった。何度も凍結されるようなことはないと思いたいが、そうならない保証はどこにもない。どうせ収納の中に入れておけば誰にも盗まれないのだから、できるだけ現金で持っていたい
という両者の事情があり、両者ともに冒険者ギルドの口座を使うというアイディアは両者とも口にすることはなかった。
フロリアは、自室に戻ると、探知魔法で自室の外にメイドが控えていないことを確認した上、ニャン丸とシルフィードを召喚した。
「もう次のご奉仕の時間にゃ?」
「フロリア、フロリア、フロリア、ここ狭いよ。ひろいところ行こうよ。ここは血の匂いもするし、嫌だよお」
とりあえずシルフィードを落ち着けて、1人と1匹から報告を聞く。
どうやら、お屋敷の敷地内にある衛士の詰め所の地下にはちょっとした地下牢があるらしい。
そこで、襲撃者とバルバラに割合に苛烈な拷問をおこなっていたそうで、いくつかの事実が分かってきた。
フランチェスカが言っていたように、彼女はもうすぐ皇太子妃になる予定で、これはバルトーク伯爵家始まって以来の念願がついに達成されためでたい出来事なのだそうだ。
だからこそ彼らの政敵は、なんとしてでもこの婚約話を潰したいと暗躍していて、それがバルバラの呪いから始まり、馬車の襲撃へとつながったのだ。
バルバラが紹介したという、近隣の町に住む解呪の専門家というのは、この陰謀には関わって居らず、ただ割りと珍しいやみ蛇のことを看破できるだけの実力が無かった、ということで、空振りで領都バルトニアに帰る途中で襲撃されたのは、実はこちらの襲撃の方が本筋であったらしい。
呪いで、フランチェスカをわずかな供を連れただけで、領都の外におびき出して、襲撃して誘拐するというのが計画であったらしい。
やみ蛇でフランチェスカが死亡すれば、確かにバルトーク伯爵家にとっては痛手ではあるが、大公家に対して大失点というほどでもない。親戚筋からでも新しい娘を養女に仕立て上げるという手もある。その場合、実の娘ではないので、本妻は難しくなるかもしれないが、とにかく妻の1人には押し込めるだろう。
しかし、フランチェスカを誘拐し、水面下で伯爵と身代金交渉をして、ある程度交渉が進んだ段階で、それが"どこかから"表に漏れたらどうなるであろうか。
バルトーク伯爵は、匪賊どもに誘拐され弄ばれ、傷物になった娘を素知らぬ顔で皇太子に嫁入りさせようとしている。
そんな噂が、実際の交渉経緯などの揺るがぬ証拠と共に大公家に知れれば、バルトーク伯爵家は大打撃である。
場合によっては改易まであり得る。
襲撃者たちが、「絶対にフランチェスカは殺すな、アジトに連れ帰ったら好きに弄んで構わないが、顔などに目立つ傷はつけるな。自殺されないように気をつけよ。身代金交渉はこちらで行うが、適当な時期になれば、その交渉はすべて白日のもとにさらされる予定である。その時には速やかにフランチェスカを捨てて、逃げろ」と命令されていた。
このあたりのことは、血なまぐさいことが苦手なシルフィードではなく、ニャン丸が拷問現場に潜んで聞き集めてきた。
シルフィードは、もうちょっと穏やかな屋敷内を周って、伯爵が家宰と話しているのを聞き取ってきた。
「これまでに聞いたことのない魔法使いをどうにか取り込もうって言っていたよ!」
「聞いたことのない魔法使い?」
ここへ来て、新しい魔法使いの登場か、と思って、よくよく聞いてみると"フィオリーナ"という魔法使いのことであった。
「ああ、それね。……伯爵はそのフィオリーナをどうしたいって?」
シルフィードは声色まで真似て、
「なんとか、バルバラが抜けた穴を埋めるのにあの小娘を使いたい。もちろん、他にも魔法使いは探さねばならぬだろうが、下手な者よりもあの娘の方が役に立ちそうだ。
どうせ小娘だから、ちょっとなだめすかして、引き伸ばしているうちに、我が家のものにしてしまおう。なあに、魔法の実力は大したものだが、所詮は世間知らずの小娘だ」
「左様でございます、お館様。できれば、なにか娘の弱みを握るのと同時に、……そうですな、娘に好いた男でも出来れば、もはや逃げられますまい。騎士はどうも、悪感情をもってしまったようでございますので、衛士の中から若いのを充てるか、いっそ、ご子息様の妾にするというのは如何でございましょう?」
「う、うむ。考えておこう」
という会話を再現した。
その先は、もうフロリアが聞きたくなかったので、シルフィードを止めて、「だいたい、分かったから、後はまた夜になったらお願い」というと、ニャン丸は元気よく「おまかせするにゃあ」と答えたが、シルフィードが「このお屋敷、嫌いだからイヤ。ねえ、フロリア、すぐにここを出て、森に行こうよう」とせがむ。
先程の伯爵と家宰の会話すら、シルフィードには何か嫌な感情を感じ取ってしまい、聞いているのが辛かったのだそうだ。
それで、今晩の見張りはニャン丸だけに頼むことにした。
拷問の現場の方はもう行かなくて良いから、特に伯爵や、その周囲の人たちの見張りを頼むことにした。
"それから、淡黄色の上着を着た魔法使いの件か"
本当に攻めて来るかどうかは分からないが、備えはしておきたい。
"ところでこの国は大公国で国王では無くて、大公が治めているんだっけ。大公の跡継ぎでも皇太子で良いのかなあ?"
――けっこう、どうでも良いことも考えているフロリアだった。
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