第152話 フランチェスカの部屋で
もうレオポルドのことは放っておいて、フロリアはさっさと屋敷の中に入る。
アオモリの家を出てから、ずいぶんとあちこちで失礼な応対には遭ってきたが、このレオポルドのものがこれまでで一番だ、などと考えながら、自分の部屋に引き取ると、すぐに「お嬢様がお会いになりたいとのことです」と中年のメイドが来る。
それで、フロリアの格好に眉をひそめ、「お召し物をご用意いたします」とのことで、昨夜とは違ったドレスをどこかから出してくる。
朝方、解呪をする時には別に普段の冒険者の服装で何も言われなかったので、あの時はこの家に仕事をしに来た出入り業者ぐらいの立場だったということだろうか。
どうも貴族家の理屈というのは良く分からないなあ、と思うフロリアだった。
ヴェスターランド王国では、優れた魔法使いはなんとか叙爵に持っていって、国の統治機構の中に組み入れてしまおうという方針らしいけど、平民生まれがうっかりこんな世界で暮らすことになったら、ストレスでおかしくなりそう……。
"まあ、自分には関係無いことだけど。私はまずいことになったら、10年ぐらいベルクヴェルク基地に引っ込んじゃえば良いんだし"
今回のドレスは昨夕のものみたいに豪奢なものではなかったが、淡いグレーの地がフロリアの髪の色に似合っている。
やはり、フランチェスカが数年前に着たお古だそうだが、どうみても新品にしか見えない。せいぜい、一度か二度しか着ていないのではないかと思う。
今日はフランチェスカの個室に案内された。
貴族のお嬢様の部屋らしく淡く柔らかい色調でまとめられた部屋だが、さすがにファンシーな雰囲気は無かった。
部屋にはフランチェスカの他に、メイドのユリエと、家庭教師の女性(名前、何だっけ?)がいたが、家庭教師の方は退出するところだったらしく、フロリアに会釈するとすぐに部屋を出ていった。
ユリエは目立たないように、ドアの近くに控える。
「フィオリーナ! ちょっと休んだらすっかり良くなったわ!! 今朝まではいつも体が重くて、どこか息苦しかったのが嘘みたい!」
「それは良かったです。念のために少しお体を見せてください。……あ、大丈夫ですよ、触ったりしませんから」
ユリエが動きそうになったので、慌てて付け加える。
それで、「失礼します」と椅子に据わったフランチェスカの近く(とは言っても50センチ程度は離れている)に寄って、顔を覗き込む。
解析を掛けるが、もうきれいに呪いの影響は消えている。あのまま、やみ蛇の影響を受け続けたら、あと半月かそこらで本格的な体調不良に悩まされるようになり、続いて何らかの病いを得ることになったであろう。
「もう大丈夫ですよ。すっかり良くなっています」
「ええ。自分でもそう感じています」
そしてフランチェスカは椅子から立ち上がると、フロリアの手をとって、
「あなたにはたった2日間のうちに2回も助けられたわね。あなたに逢ったのって、アリステア様のお導きなのじゃないかって思うわ」
「大げさですよ」
「大げさなものですか!! お導きなんだから、この先もずっと一緒に居てね」
「――実は、そろそろお暇しようと思っているんですが」
「なんで!! そんなのだめよ。せっかく仲良くなったのに。あなたのことは妹みたいに思っているんだから、ずっとこの屋敷に……、あ、でも私はもうすぐバルトニアにいなくなるから……。そうだ!! あなたも一緒にキーフルにいらっしゃい!
私は次期大公殿下のレオン様と婚約が整っていて、もうすぐキーフルに行って皇太子妃になるの。
あなたはそうね、皇太子妃付きの魔法使いってことで良いわ!!
うん、お父様に相談しましょう!!」
「ち、ちょっと待って下さい! 私はずっと旅をしている最中で一箇所にとどまるわけに行かないんです」
「旅。……そういえば、あなたのことってあんまり知らないわね。この町に来たのって、何かの目的があったの?」
「その、お師匠様が若い頃の知り合いや、やり残した研究がたくさんあって、それを解決する旅をしていたんです。この町には特に知り合いはいませんけど、目的地にいく途中で大きな町だから立ち寄ったのです」
「あら、目的地ってどこ?」
キーフルだというと、一緒に行こうと言われるのは目に見えているから、思い切って、フラール王国だと言っておいた。
「ずいぶん遠くね。何ヶ月も掛かるんじゃないの?」
「私は魔法使いだから、何ヶ月掛かっても大丈夫なんです」
「まあ、確かにトパーズも居るし、フィオリーナなら誰にも負けないわね。安全に旅が出来るのねえ」
「はい。旅費を稼ぎながらだから、あまり早く行けませんけど」
「そうなんだ。それじゃあ、今回はお父様がたくさん払ったら、早く行けるわね。うん、決めた!! お父様にできるだけお金を払うのを遅らせるように頼んでおくわ」
「えっ」
フランチェスカは笑いだして、
「うそ、うそ。そんなことはしないわ。
でも、本当にこのままこのお屋敷にとどまらない。実はお父様も新しい魔法使いが必要だって、悩んでいるのよ。
バルバラは裏切り者だったけど、そうじゃなくても、魔法の腕が大したことないから、あと1人か2人、魔法使いの臣下が欲しいってお父様は前から言っていたわ。
バルバラの前の魔法使いはけっこう良い腕の薬師で、あの人の作るポーションは良く効いたわ。お父様は仲の良い貴族家に分けてあげていたぐらいなの。
でも引退しちゃって、その後でバルバラを雇ったらあんな不始末だったっていう訳。
フィオリーナなら、治癒魔法もすごいし、解呪も出来るし、すごい従魔も持っているし、このままこの家に居てくれたら、お父様はすごく喜ぶわ。
あ、でもそうしたら私と一緒にキーフルに行けなくなっちゃうか。キーフルには大公家に仕える宮廷魔法使いも居るけど、フィオリーナには誰も敵わないわ」
勝手に話を進めようとするフランチェスカに、フィオリーナは何度も自分は用事が終われば、このお屋敷から退散すると繰り返すのみであった。
***
お昼の席には、フロリアはフランチェスカの部屋から、この伯爵令嬢と一緒に向かうことになった。
やはり、貴族一家と同じテーブルについて食事する。
家宰とお抱え魔法使い、家庭教師といった役職は、家臣とは言え、特別な存在で主と食卓をともにすることを許されているのだ(他に子弟に貴族のマナーや立ち居振る舞い、教養を教える家庭教師も居れば、同席を許される)。
今回は伯爵と長男夫婦がいて、ほかの子どもたちはそれぞれに用事があって来られないそうだ。
「お父様もこれまではあまりご一緒できなかったのに、嬉しいわ」
とフランチェスカが言うと、「なに、忙しいのだがね。ただ、今は家臣たちに割り振った仕事の結果報告を待っている状態だからな。もう少し経てば、色々と動かなくてはならぬだろうから、あまりお前達ともゆっくり過ごすことはできなくなるだろう」と返した。
「フィオリーナ。君も当分はここでのんびり過ごしてくれ給え。」
「それがね、お父様! フィオリーナったら、もうお屋敷を出ていくっていうのですよ! お父様からも止めてください」
「それは何故かね。何も慌てて出ていくことはなかろう」
「私はまだ修行途中の身です。今はいろいろな場所を廻って、一人前の魔法使いになるための経験を積む時期なので……」
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