第151話 バルトニアの町へ
やみ蛇をどうするのか聞かれるかと思ったが、伯爵からは別に何も聞かれなかった。大事な娘を苦しめた魔道具であるが、娘から外れれば、後はどうなろうが気にしていないようであった。
ただ、長男の方は父親よりは細かいことを気にする質らしく、フロリアに質問してきた。
「町の外に出た時に、袋ごと燃やしてしまうつもりですが。他の人間に見えないし感じられないと言うのは呪いの効果で、魔道具としては徐々にキツく締まってくるという機能しかなくて、それほど優れたモノではありません」
「そうなのか。私達でその魔道具をバラしても判ることは少なそうだな。だが、いずれ優れた錬金術師に見せれば色々と判ることがあるやも知れぬ。燃やしたりせずに、それまで預かってもらうことは可能か?」
伯爵の跡取りの長男は、いつになるか判らない、その錬金術師を見つけるまで(つまりはずっと)フロリアにこの屋敷に居るように、という意味を込めている。フロリアは当然それに気がついていて、
「では、鋼鉄の箱をご用意ください。宝物箱ぐらいの強度と密封性で大丈夫です。その中に移して、蓋をしておけば、魔法使いでは無くても保管は可能です」
と、自分が出ていく前提の返答を返す。
本気でフロリアが出ていくつもりになると、止められないだろうとわかっている伯爵はここで一気にフロリアを詰めることはせず、話題を変えた。
「それにしても、君の師匠はよほど優れた魔法使いであったのだな」
「はい。ただ、世間に名前を売ることには興味が無く、生涯、目立たないようにしていただけで、誰かに仕えたり、冒険者のランクを上げて名前を売ることはしませんでしたので、あまり知る人も居ません」
「そうか。大人になって自分で周囲のことを全部取り仕切れるようになれば、それも良いが、若いウチは後ろ盾があったほうが色々と便利であるぞ。
まあ、その話はおいおいすれば良かろう。とりあえず、この度の働きには十分に報いようではないか」
これでとりあえずは用事は終わった。
フロリアは一旦、自室に戻ると、ニャン丸とシルフィードが居た。そういえば昨晩、屋敷内を調べて欲しいと頼んで、そのまま今朝は報告を聞く余裕が無かったのだった。とりあえず、後で聞くから、と行って彼らは送還する。
フロリアは、屋敷を出て市内をまわりたいと執事に言うと、「お嬢様が落ち着かれるまでに、お戻りになられるのでしたら」という事であったので、「もちろん戻ってまいります」と答えて、それならばと屋敷から出られることになった。
フロリアとしても礼金や報奨金を貰う前に立ち去るつもりは無い。
伯爵家の家人たちはずいぶんとフロリアを重視するようになったようで、執事の中でも最も位が上っぽい人が玄関先まで見送ったうえ、門番に「お昼までにはお戻りになられるので、すぐにお通ししろ」と命じる。
いや、お昼までだと3時間ぐらいしか無いじゃないか、と思ったが、お客様にお昼も出さないということは無いのだろう。フロリアとしては、自前で用意したお昼の方が嬉しかったのだが。
屋敷を出る前にトパーズはまたフロリアの影に戻って貰っている。
執事は護衛をつけるとは言わなかったが、少し歩いただけで、数名の者が跡をつけてきているのに気がついた(今回はトパーズに指摘される前に気がついた)。どうやら衛士らしい。
護衛というべきか見張りというべきか。まあ、邪魔されなければそれで良い。こっちは普段は単独で町中をうろついているのだから、別に護衛など無くても気にならない。
と思っていたら、誰かが走って追いかけてきた。
「おーい、フィオリーナさーん」
振り返ると、マレクだった。
「町に出るのですね。ご、ご一緒します。護衛しますよ」
「騎士様に護衛なんてとんでもない。それに勝手に出てきたら、レオポルド様に叱責を受けますよ」
「なに、本日は非番なのです。何しろ、昨日はあわやという大怪我を負いましたから。フィオリーナさんのおかげでこうして何事もなく過ごせるのだから、護衛ぐらい当たり前ですよ。それに町の案内もさせてもらいます」
確かに私服なのだから非番なのだろうが、その格好で剣を佩いているのがなんとも不釣り合いである。
フロリアの目的地は冒険者ギルドで町の大門の近くなので、お屋敷からだとけっこう距離はある。だが、たいていの領都がそうであるように、大門から領主館までは太いメインストリートが一直線に走っているので、割りと歩きやすく、30分をちょっと超える程度でギルドについた。
ただ、その間、ずっとマレクは喋り続けていて、彼の生い立ちから将来の夢まで果てしなく聞かされ続けたのがたまらない。
フロリアについても、昨日の治癒魔法を褒め称え、やみ蛇の解呪を見学できなかったのをしきりと残念がる。
フロリアのこともやたらと知りたがるので、「とてもご立派な騎士の方にお話するような生い立ちじゃありません。平民がたまたま魔法が少し使えたというだけです」と濁しておくが、それで諦める感じでもない。
どうせ、跡をつけている衛士たちから、フロリアを病的に憎んでいるレオポルド騎士隊長に報告が上がって、こっぴどく叱られるだろうから、それまでの辛抱である。
ギルドの買い取り窓口に並ぶのは、見習い騎士とは言え騎士であるマレクは控えるだろうから、離れた隙にまいてしまおうかと思っていたら、何と他に並んでいた冒険者(というか、午前中から並ぶぐらいだから幼い子どもが小遣い稼ぎしている感じ)に向かって、
「お前ら、ご領主様の賓客が先だ。そこをどけ!!」
などと怒鳴りだして、子供を突き飛ばして列を開けさせる勢いで、フロリアを慌てさせる。
この時間帯なので、せいぜい1人か2人並んでいるだけだし、数分で済むような待ち時間を短縮してくれなくても結構。
「止めてください、マレクさん! 私は普通に待つので、そんなことしないで!!」
「とんでもない。大事なフィオリーナさんを待たせるなど、この私が許しません。さ、お前たち、怪我をしたくなければさっさと退くのだ!!」
「いや、ちゃんと待っているんで、先に買い取りして貰って! マレクさんは馬鹿な真似は止めてください!!」
というトラブルがあって、ようやくフロリアの順番が廻ってきた時には、興奮のあまり久しぶりに目尻に涙が浮かんでいて、買い取り窓口の老人がなんとも言えない表情でフロリアをみていた。
その後、市場を少し見て回ろうと思ったが、マレクがフロリアにベッタリとくっついていて、露天商のおじさんなどが気安く声を掛けたりしたら、ものすごい表情で睨みつけたり、とても落ち着いていられない。
"どうする、フロリア。まいてしまうか、ちょっとだけ痛い目にあわせるか?"
トパーズが囁いて来るので、"痛い目はだめ。……市場を見ていても面白くないから、もう帰りましょう"と答え、帰路につくことにした。
とりあえずは、また少しだけ現金が確保できたので良かったが、こんな調子では面白くもおかしくもない。さっさと報奨金と報酬を貰ったら、もう町を出て、次の町を目指そう。
そんなことを考えながら、領主館に帰ったところ、門番と並んでレオポルドが仁王立ちになっていた。
「おい、マレク!! 何なのだ! その腑抜けた様子は。お主の父親が今のお主の姿を見れば、如何ほどに嘆くことか!! この俺みずからが、その性根を叩き直してくれる!!」
と怒鳴り散らして、マレクの首根っこをつかんで連れて行く。
もちろん、それだけでは済まず、フロリアの振り返ると、「この売女め! お館様やお嬢様に取り入るだけでは飽き足らず、若いものまで誑かすとは何事だ! 恥を知れ!!」と吠えるのであった。
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