第15話 唐辛子攻撃
翌朝、フロリアは時間調整してちょっと遅めに町に着くと、大門の門番は、昨日の入城のときの門番と同じだった。
「お嬢ちゃん。また入城かい。昨夜はどうしたんだ?」
「町の外にいました」
「おいおい、いくらこのあたりは魔物が少ないからって危ねえぞ」
「慣れてるから大丈夫です。ここまで1人で旅してきたし」
「そりゃあそうかも知れねえが、無茶するなよ。金がねえんだったら薬草採取でもなんでもやってだな……」
門番にきっちりお説教されて、もう外で野宿したと言わないようにしようと決心してから、冒険者ギルドへ。
朝の喧騒が終わり、ちょうどよい依頼を得た冒険者はそれぞれ出発して、あぶれた冒険者もギルドに居ても仕方ないので散ったあとで閑散としていた。
買い取り窓口の方は、昨日とは違う人が担当していて、フロリアが薬草を出すと、驚いて「朝からすごいな。今日の支払い用に準備した現金が無くなりそうだ」と唸る。
無事に現金を入手すると、今日も市場で買い物。
昨日は根菜類が欲しかったのに、買いそこねたのでそれを中心に買う予定。葉物野菜などは朝一番の方が品揃えが良いのだと、屋台のおかみさんが言う。
それでも、昨日に比べるとずっとモノは残っていて、フロリアはじゃがいもを買う。
過去にこの世界に来た転生人の努力のおかげで、けっこう馴染みのある作物が多いのがありがたい。
フロリアの前世では、お父さんとお兄ちゃんは年季の入ったオタクでかなりの役立たずであったが、お母さんは割合に厳しい人で、自分でもフルタイムの仕事を持つ忙しい身でありながら、時間を掛けてフロリアに家事を仕込んでいた。
洗濯や掃除関連はブラウニーに押し付けている、今の娘の姿を見たら、きっとお母さんは嘆くことだろう。
でも、料理はフロリア自身も気に入って、前世でもけっこう作っていたし、この世界のお師匠様であるアシュレイも料理好きだったので、フロリアもその影響で、けっこう凝ったものを作っていた。
この世界で料理をしていて物足りないのは、和の調味料とお米。
調味料については、かなり昔に「和食の鋼人」と名乗る料理人が現れて、それまでは存在していなかった醤油、味噌、みりん、鰹節、昆布、和三盆、清酒(料理酒も呑むためのお酒も)……と言った和の素材を再現するところから始め、最終的には和食の体系をこの世界に根付かせたということもあり、大抵のモノはある。
まずは素材の製造や採取だが、何も知らない農民や漁民の間に手法を広めて、職人を一から育てて加工法を伝授し……。数十年かけて調味料やお米を手に入れるのと同時進行で、和食の料理人として数え切れないほどの弟子を育てたのだという。創造魔法で無理やり作った素材を自分一人だけの技術で和食を再現したところで、この「和食の鋼人」がいなくなったら、元に戻ってしまう。
だが、弟子を育て、この世界にしっかりと和食を根付かせたことで、その死後、相当な年月が経っても和食の灯は消えずに残り続けているのだ。
ただ、問題は和食は高級料理の代名詞になっていて、アシュレイによると和の調味料は田舎町ではまず見かけないし、下手をするとプロの料理人でも使い方すら知らない。ということであった。
細かい成分などがわかれば、創造魔法のゴリ押しで作れるのだが……。
フロリアやアシュレイはもちろん基本的な和食は作れるのだが、調味料の関係で、似寄りのもので我慢しなければならなかった。
なお、「和食の鋼人」の後世に「中華の鋼人」や「フレンチの鋼人」が現れて、それぞれの料理とそのための調味料をこの世界にもたらしている。
きっと皆、転生人なのだろう。なぜ、鉄ではなくて鋼なのかが不思議だが。
――じゃがいもの他にも数種の芋と株、大根に似た野菜も買って収納に仕舞う。
それから、乾燥した唐辛子を入手できた。
最近、亜空間でも野菜や薬草を栽培できないか、少しずつチャレンジしているのだが、どうも思ったようにいかない。
土はノーム、種はドライアドの助けを借りて、ビニールハウスのようなドームを作って、温度を調整して、それぞれの作物にちょうどよい環境を作っているのだが。
やはり昼夜を再現して暗くする時間帯を作らないと駄目なのかも……と思っていたところであった。
そうした中、唐辛子は亜空間ではやや気温が低いのだが、プランター1つ程度なら温度を維持する魔道具を使用し続けることができて、収穫できたところである。
料理で使うのなら、自分ひとり分なのでプランター1つぐらいの収穫量で間に合うのだが、色々と試していることがあり、量が欲しかったのだ。
「フロリア、またこちらを狙うやつがいるぞ」
トパーズがささやく。
「うん。今日はなんだか私にも分かったよ。とりあえずは3人かな」
「甘いな。3人は近寄ってきているが、別に4人、変な気配のヤツもいる。フロリアは大人気だな。2組から狙われるとはな」
「トパーズはギリギリまで出ないでね。騒ぎが大きくなっちゃう」
そんなことをコソコソ話していると、後ろから声を掛けられた。
「よお、ねえちゃん。ちょっとツラ貸してもらおうか」
振り向くと、20歳前後の青年が3人。
さすがにちょっと怖いが、緊張がトパーズに伝わると暴れ出す可能性がある。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「何のようですか?」
「ねえちゃん、収納袋持ってるんだってな。ガキがどこからそんなもん盗んできたんだ。ちょっと調べさして貰うぞ。こっち来い」
フロリアの腕を掴もうとする。
フロリアはスッと一歩引いて、それを逃れると周りを見るが、露店を広げた行商人は皆、素知らぬ顔をしている。
この市場の顔役といったところか。誰も助けてくれそうにない。
もういいや。
唐辛子を使った魔法を人間で試してみることにする。
フロリアはいわゆる攻撃魔法が使えない。だが、豊富な魔力と、無属性も含めて全属性に適性があるという恵まれた魔法使いであり、その中で魔物や人間を傷つけずに無力化する魔法を幾つか、開発中であったのだ。
今回は、3人の目鼻口を包むように空気ボールを発現させ、その中に粉末にした唐辛子を入れておくという魔法を使う。
水魔法で水球を発現させて、魔物を窒息させようとしたが、けっこう時間が掛かってイマイチであった。
そこで、風魔法で空気の球を発生させ、中の酸素量を調整したところ、今度は一瞬でかなり大物の魔物を昏倒させられたが、そのまま死んでしまったのである。
魔物はどうせ殺して素材や魔石をとるので構わないが、これじゃあ人間には使えないなあ、ということで、たまたま種が手に入った唐辛子に着目したのだった。
動きの早い魔物や、一定の距離以上に離れていると使えない魔法だが、数秒以上停止して頭の位置を動かさなかったら、十分に3人まとめて処理可能である。
「おい、どうした? ビビっちまったのか?」
と嗤う男の顔がいきなり歪んだ。
盛大にくしゃみをしたかと思うと、膝を地面に落とす。
ほぼ同時に残り2人も体を震わせ始め「ハクション! ハクション!!」……。
もはや、フロリアを捕まえるどころではなく、あっという間に涙と鼻水まみれになってしまう。
「騒ぎはどこだ。何をしている」という怒鳴り声が遠くで聞こえる。
衛士がやってきたようである。誰かが通報だけはしてくれたらしい。衛士に延々と事情を聞かれるのは嫌だったので、そのまま退散することにした。
すぐに市場を抜けて、小走りで大門へ。その間に、シルフィードを召喚して、「そっと、あの人達の話を聞いていて」と頼む。
大門につくと、門番のおじさんが「今度は出かけるのか。忙しい娘だな」と笑う。
「ええ、仕事しなきゃ」
「今日は遅くなるんじゃないぞ。日暮れと同時に門は締まるからな」
「はーい」
大門を出て、また森に向かうと、フロリアの跡を先程の男たちとは別の男が数名、つけてくる。フロリアの探知魔法でもここまでくれば判る。
「今度は昨日の奴らと同じだな」
「また、撒いちゃいましょう。なんで、私をそんなに狙うのか知りたいけど、シルフィードは別の仕事中だし」
「そんなら、私の眷属を使えば良い」
「そんなのいるの?」
「ケットシーが適任だろう」




