第149話 鑑定水晶
「な、なにを……」
いよいよバルバラの顔が蒼白になる。
「は、伯爵様。この猫は、わたくしをこのように誹謗して! どうか、この娘をこの場から、おおお、お屋敷から追い払ってくださいまし!!」
さすがにバルトーク伯爵も聞き逃す訳にはいかない。
「フィオリーナ嬢よ。君の召喚獣がこのように言っているが、どうなのかね。もし間違えていた場合は、バルバラを雇っている、このバルトーク伯爵家に対しても侮辱を働いたことになるのだよ。
取り消して、訂正するのなら今のうちだ」
フロリアはトパーズの方を見ることもなく
「いえ。トパーズがそう言うのであれば、私はそれを信じます。お嬢様を呪ったのは、このバルバラさんという魔法使いに相違ありません」
と答えた。
「なにを戯言を! そ、そうか。解呪を装って、お嬢様を傷つけようという魂胆なのだな。そんな児戯に等しい企みに乗ってはなりませぬぞ、伯爵様!!」
「お嬢様を傷つけるつもりなら、最初からお助けなどしませんよ。それに、今だって、あなたが来る前にそれが出来る機会がありましたけど、トパーズはおとなしいものでした」
「それは、私に無実の罪を着せるために!!」
「あなたに罪を着せるつもりなら、それこそお嬢様を傷つけることなんかしません。――あ、そうだ。伯爵様、このお屋敷に鑑定水晶はございますか? 私とバルバラさんを鑑定に掛けてどちらが正しいか調べて見てください」
「な、何を言い出すかと思えば!! このわたくしを犯罪者扱いするつもりですか。誰が鑑定になど掛かるものですか! 伯爵様、どうか、こんな戯言に耳を貸さないでくださいまし」
バルバラの慌てぶりを見て、フロリアは先程、密かに鑑定した彼女の魔法使いの実力の見積もりに間違いが無いことを確信した。
フロリアであれば、仮に本当にフランチェスカに害意を持っていても、そこいらの鑑定水晶程度ならごまかすことが可能なのだが、バルバラは違うらしい。
伯爵は少し考えてから、壁際の執事に「おい。隣の私の書斎にある水晶をもってこい」と命じ、執事は頭を下げるとすぐに部屋から出る。
そうか、ここは伯爵の私室で、すぐとなりには書斎というか執務室というか、伯爵個人が使う部屋が並んでいるのだろう。
なので、ほんの数分で鑑定水晶が届いた。
「それでは私から鑑定してください」
フロリアが立ち上がって言うと、うなずいた伯爵は水晶を操作してから、フロリアに手をあてるように言った。
フロリアは水晶に手を当てたまま、フランチェスカの馬車が襲われていたところに居合わせたのは偶然である、解呪に事寄せてフランチェスカに危害を加える意図がないなどなどの質問を受ける。
「よかろう。君に含むものが無いことは証明された」
そして伯爵はバルバラを見る。
いよいよ切羽詰まったバルバラはいきなり、両手の平を伯爵に向けると、「猛き炎よ、わが敵を焼き尽くせ!」と怒鳴る。
魔法攻撃か。それにしても大声で呪文を唱えないと発動しないんじゃ、実用性は皆無である。
フロリアは故意にバルバラの火魔法を発動させてから、伯爵の前に立ち塞がり、自分に向かってくる炎を収納した。
防御魔法も間に合ったのだが、跳ね返して室内に炎が散ると面倒である。なので、しょぼい攻撃だったし、以前から試したいと思っていた、魔法攻撃を収納する技を使ってみたのである。
万が一、うまくいかなくて、この体に炎攻撃が中っても、今ならベルクヴェルク特製のペンダントの防御でどうにかなりそうな程度の魔法であったし。
「だれが"わが敵"ですか?」
フロリアが問うよりも先に、トパーズがバルバラに襲いかかり(フロリアの意図を察知して魔法を撃つまで待っていた)、一瞬でバルバラを床に引きずり倒して、背中に前脚をおいて身動き出来ないようにした。
ようやく、頭が動いたらしい伯爵は立ち上がると「レ、レオポルドを呼んでこい!!」と怒鳴る。
さすがに冷静沈着な執事も今度は慌てたらしく、音を立ててドアを開いて、外の召使いに指示する声も聞こえるぐらいであった。
「と、とにかく、助かった。まさか、この私に魔法攻撃を仕掛けるなど! この裏切り者めが!!」
伯爵は顔を歪めて、バルバラを見下ろした。
「あ、あんまり近づかないでくださいね。もう何も出来ないと思いますけど、念のため」
そう言いながら、フロリアは蔓草でバルバラを縛り上げる過程で身体検査をして、身につけていた魔道具を取り上げる。
蔓草は猿轡のようにバルバラの口も縛って、呪文を唱えることも、自殺することも出来ないようにした。
そして、バルバラの持ち物を検査して、「あ、これの中身も毒ですね。即効性は無いけど、徐々に体が弱っていくようになってます。この小瓶は使った形跡は無いけど、解呪の時にこの毒も使われてないか、調べておきますね」と伯爵にいうと、「後は特に危険物はないですね」と言いながら、執事にすべて渡した。
そんなことをしている間に、レオポルドが数名の部下を引き連れて、走ってきた。
もう勤務時間は終わっていたらしく、装備は脱いでいたが、剣は引っ提げている(連れの部下は当番だったらしく武装している)。
***
ちょっと早めに目覚めたフロリアは、亜空間の扉を少し開けて外を覗くと、「問題ない。入れ替わるぞ」といち早くそれに気がついたトパーズ(フロリアの姿をしている)が声をかけた。
昨夜は、伯爵の判断で解呪は持ち越しになって、解散したのであった。
フロリアとトパーズは与えられた部屋に戻ると、トパーズが「今日は私がここで寝てやろう」と言い出して、フロリアには安全な亜空間で寝るように言ったのだった。
そして、トパーズは久々にフロリアの姿に変化するとベッドに横になり、そのまま寝たふりを始めたので、フロリアは安全な亜空間で寝ることができたのだった。
「大丈夫だった?」
「ああ、夜中に2,3度、部屋の前まで様子を伺いに来た者がいたが、特に害意はなかったので放置しておいた」
「そう。執事さんとかメイドさんかな」
「おそらくはな。……それより、フロリア。今回は熱は出していないようだな」
言われてみると、前回は大勢の人間の死骸を(モンブランの視界越しとはいえ)目撃したら、その夜、発熱したのだった。
今回は、襲撃された馬車を助けに入って、護衛の騎士や襲撃者たちの死骸を直接、その目で見ている。
「その後で、いろんなことが有ったから、衝撃が薄れていたのだと思う」
「そうか。それならばそれで良い」
トパーズは床に降りて、黒豹の姿に戻っている。「誰か来たな」というと、そのままフロリアの影の中に入る。
控えめなノックがして、フロリアが返事をするとドアが開かれて、中年のメイドが「お食事の準備ができています」とのこと。
昨日のお茶会の席とも、昨夕の晩餐会の食堂とも違う部屋に通される。ここは伯爵家の家族のダイニングらしく、4~5名座ると一杯になる程度の丸テーブルが部屋の中央に置かれただけであった。ただ、部屋の大きさ自体は結構なもので、隅には給仕のメイドや執事が数名立っている。
部屋には朝日がたくさん入るような窓が配置されていて、内装も白を基調にして明るい雰囲気であった。
フロリアが部屋に入ってすぐに、昨夕紹介された跡継ぎの長男夫妻、フランチェスカが入ってきて、最後に伯爵が入り、皆に合図してようやくテーブルに就いたのだった。
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