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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第8章 国境沿いの伯爵家
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第148話 バルバラ

「伯爵様。この場にトパーズを呼び出して良いでしょうか?」


 フロリアはバルトーク伯爵に確認する。

 トパーズでなければ呪術の内容が分からないというのだから、トパーズを召喚するのは当然であるが、巨大で戦闘にも長けた黒豹だという。

 普通であれば、知り合ったばかりの貴人の前に呼び出すなど、害意ありと見做されて、その場で斬られても文句が言えない。


"せめて、レオポルドをよびだしてから……、いや、あまり大勢の者に娘の呪いについては知られたくはない。

 もし、この娘が黒豹を使って私を暗殺するつもりなら、我が懐に飛び込んで、このチャンスを作るために、ならず者とは言え10名以上もの犠牲を出したことになる。

 いや、それだけの犠牲を払ってもこんな状況になるという見通しは立たなかった筈だ"


 伯爵は慎重に考えた。


 フランチェスカに呪いをかけた相手はほぼ見当がついている。その政敵はフランチェスカの嫁入りが阻止できれば大きな得点はなるだろう。だがついでに、バルトーク伯爵たる自分が暗殺されるようなことになれば、逆に政敵の方が中央政府から国家の安寧を揺るがしたとして、警戒されかねない。


「あの……お父様?」


 黙り込んだ伯爵をフランチェスカが覗き込む。


「ああ。心配は要らぬよ、フランチェスカ。……フィオリーナ嬢、従魔を呼び出す前に、当家の魔法使いの意見を聞いておきたい。少し待ち給え」


 そう言うと、伯爵は執事に合図する。執事はすっと部屋から出て、外で待っている誰かに命じたらしく、すぐに戻ってくる。

 バルバラがやってきたのは数分後であった。


 先程の晩餐会の時にはフロリアから席が離れていたので、会話などはしなかったが、フロリアの方に注意を向けていたので印象が深い。

 おそらくは同じ魔法使いということで、フロリアを注視していたのであろう。

 昼間のお茶会のときにも、フランチェスカからバルバラの話題は出ていた。しばらく前にバルトーク伯爵家に雇い入れられた魔法使いで、攻撃魔法はもちろん、通常の魔法もそれほど得意ではないのだが、付与魔法に優れ、いわゆる錬金術師としてはそれなりに実力があるらしい。

 ゴーレム職人はもとより、重工業系の錬金術が使えるほどの大物ではなく、一般人にも使いやすい魔道具の作成などが得意……ということで、伯爵家で抱え込んでそれほど益のある魔法使いとも思えなかったが、その前に雇っていた老薬師の男性魔法使いが高齢のため引退してしまったので、代わりといったところである。


 貴族家では魔法使いを雇っていることがステイタスになるのだ。それが強力であったり、希少魔法やスキルの使い手ならそれだけでその家の利益が大きいのであるが、たとえ大したこと無くとも魔法使いの1人ぐらいは抱えているのが普通なのだ。

 一般的に貴族階級の人間は魔法使いを嫌っている。にも拘わらず、こうした風潮があるのは、実利面はもとより、「魔法使いを恐れずに使いこなすほど度量が大きな家であるとアピールすることが大事なのだ。


 バルバラは気難しそうな顔をした中年の魔法使いで、室内でもとんがり帽子をかぶっているあたり、よほど魔法使いとしての自分にこだわりがありそうだ。

 

「伯爵様。お呼びにより参上致しました」

 

 あえて、フロリアには目を向けずに、バルトーク伯爵に挨拶した。


「うむ。そこのフィオリーナ嬢が、お前と同じ結論を出したものでな」


「と、おっしゃいますと?」


「フランチェスカだ。呪いにかかっているようだ、と看破したのだ」


「……」


 初めてバルバラはフロリアの方を向くと、疑い深そうな顔になった。ま、いきなり敵意むき出しにならないあたり、これでも公平な方かもしれない。


「ま、正確にはフィオリーナ嬢の従魔だということだがな。それで、これから詳しくフィオリーナ嬢にフランチェスカを観てもらうが、その結果をお前にも聞いてもらおうと思って呼んだのだ」


 伯爵の意向に、雇人が逆らえる筈もない。バルバラは大人しく頭を下げた。


 これでようやくトパーズを召喚(実際には影から出てきて貰っただけだが)することが出来た。

 

 その姿を見て、伯爵は椅子から軽く腰をあげ、バルバラは「ヒッ」という声を上げて、逃げようとした。

 部屋の隅の執事とメイドは初めて見たにも拘わらず、青い顔になっただけで特に身動きなどしないでそのまま立っているのが見事だった。


 トパーズは、かねてからの申し合わせの通り、フランチェスカの近くによって鼻を二三度鳴らすと、


「わかったぞ、フィオ。やはり、見立てに間違いがなかった。

 呪いに掛かっているというよりも、呪具によるものだな。やみ蛇という、まあ呪いのための魔道具にやられているのだ。やみ蛇のやみは暗闇の「闇」とも病気を意味する「病み」とも言われている。

 本物は300年ほど前に見たことがあるが、これはかなりできの悪い複製品だな」


 伯爵家の一同はフランチェスカも含めて、トパーズが喋ったということにも驚いていたが、すぐにフランチェスカが「そ、その呪具は取り去ることが出来るのですか?」とトパーズに尋ねる。


「簡単だ。ま、私とフィオの手に掛かればだがな。それじゃあ、これから解呪するか。準備があるから少し待て」


 伯爵令嬢に丁寧語もなにも無いようなトパーズの口調であるが、すでに数百年は生きて、大魔法使いの従魔を努めてきたという触れ込み、そしてトパーズの存在感に、それを不敬だと思う者すらいなかった。


「では、フロリア。さっき、言っていた魔法遮断の袋を出せ」


「うん」


 フロリアは収納から、コバルトを編み込み、内部の魔法効果が外に漏れ出さないように作られた、巾着袋を取り出した。


「お、お待ち下さい!!」


 慌てて、バルバラが叫ぶ。


「お待ち下さい、伯爵! ど、どこの誰とも知れぬ者が、この場にけ、獣を呼び出すなど、それだけでも許しがたい暴挙であるのに、呪いの解除をするなど、お嬢様にもしものことがあったら!!

 呪いはわたくしにお任せください。ただいま、旧知の呪いの専門家に問い合わせておるところであれば、その返事がくれば、対応出来ます。他国まで問い合わせる故、時間はかかりますが、こんな小娘にやらせることはございません!」


「外国? やみ蛇の呪いは徐々に深くなって、フランチェスカ様の体力を奪っていくんですよ。そんなに時間を掛けるだけの余裕は無いと思いますけど」


 フロリアも言われっぱなしと言うことはない。


「それに、あなたのお知り合いの魔法使いのところまでフランチェスカ様は出掛けて、解呪を頼んだけど出来なかったということでは無いですか。その外国の方はどこまで信頼出来るのですか?」


「お、己れ! 小娘が、この私を愚弄するつもりか!!」


 バルバラは怒りでブルブル震えながら、フロリアをにらみつける。

 

 フロリアはすでにバルバラを鑑定して、その実力はほぼ把握していた。よほど彼女が隠蔽魔法に長けてない限りは、間違いないだろう。

 正直、こんな程度の実力でも、お抱え魔法使いなんてことが出来るのか、と逆に驚いているほどである。

 

 フロリアも負けじとバルバラの視線を受け止めて睨み返していると、トパーズが脇からちょっとからかうような口調で、


「おお。やみ蛇に妙な匂いがついていると思ったが、お主の匂いだな。お主、この娘を呪ったな」


 バルバラを、その名前の由来になった瞳でじっと見つめながら言ったのだった。



いつも読んでくださってありがとうございます。



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