第147話 晩餐とその後で
まず伯爵が立ち上がると、本日のゲストとして、娘の危急を救った冒険者フロリアを招いていると紹介した。
フロリアは、無礼な賊に襲われそうになったフランチェスカをたまたま行き合わせて、救ったもので、従魔使いであり、彼女自身も優れた魔法使いであると。
あらかじめメイドに言われていた通り、フロリアは立ち上がると少し膝を屈めて、しかし貴族の礼法であるカーテシーっぽく見えるようにお辞儀をした。
正式な礼法を行うと、逆に貴族を詐称しているようで宜しくない、というのがメイドの言い分であったのだ。
伯爵が紹介したので、それに重ねて自己紹介する必要はないそうで、そのまま粛々と食事になった。
基本的には静かに食べていくが、隣の席の人間には話しかけられれば短く返答する。
伯爵は、先程屋敷の前で見た時には美形になりそうだが幼い、という印象しか無かったが、今、着飾ったところを改めて見ると、その美しさに密かに驚いています。
これは、冒険者の服装にはベルクヴェルク基地謹製の隠蔽魔法と虚偽魔法を張り巡らせてフロリアを目立たなくさせていたのに、現在の服装はフロリアの本来の魅力を存分に引き出すものであった、という点が大きかった。
うまく身寄りのない魔法使いの少女を伯爵家に取り込む手段として、適当な騎士の嫁にするか、長男が望めば、長男の妾にでもするのが良かろう、と思っていた伯爵であったが、「いや、これはちょっと人にわたすのは惜しいやも知れぬ。私の何番目かの妾で良いのではないか。あと2年も経てば十分であろう」などと思い始めいた。
伯爵家の係累の男性陣も露骨にフロリアに下卑た視線を送るものも居る。家宰の老人のみは前を向いたまま素知らぬ顔をしているが、彼とてお家の勢力が増すのを嫌う訳はなく、フロリアがこの家の誰かの妾になることを不謹慎だと咎めるつもりは毛頭無かった。
こうした気分は割りと敏感に女性陣にも伝わる。
だが前もって伯爵サイドより、これ以上、魔法使いの少女に無礼な態度をとることは許さない、との意向が伝えられていたので、敢えてフロリアに不快そうな視線を向ける者は居なかった。
貴族の食事で、田舎からぽっと出の少女の度肝を抜くつもりであったが、フロリアのほうは、「なんだ、この世界の貴族料理、高級料理は"和食の鋼人"さんの作った和食のレシピが第一、って話を聞いたことがあったけど、いくら伯爵でも田舎貴族だとこんなものなんだ」と考えていた。
前世の知識・記憶に加え、ここのところ、ベルクヴェルク基地の食事にも慣れていたので、そこまで珍しい素材も使わず、調味料・香辛料もケチった料理にしか思えなかったのだ。
さすがにそれを表に出したりはせず、食事が終わると、フロリアは「とても美味しいお食事をありがとうございます」と礼を言う。
このまま食堂を下がるようにと、中年のメイドは言っていたが、フランチェスカが「先程、お茶を途中で切り上げてしまったので、もう少し女性同士でおしゃべりをしませんか」と言い出す。
相変わらず、フランチェスカは顔色が冴えず、無理をしているのがありありと判るが、伯爵も「おお、それは良い。私の談話室を使うと宜しい」と言って、これで決定したのだった。
フランチェスカの体調の良い時にやれば良いから、と言いながら、伯爵は自分の娘にフロリアと仲良くなるように命じていた。
恩義のあるフロリアをこのまま放ってしまっては、伯爵家として恥ずかしい、というのが一番の理由であったが、もちろんフロリアをうまく伯爵家に取り込むための足がかりを作ること、そして、襲撃者の中で攻撃魔法使いが逃げ果せていることを考慮したのだ。
町中で派手なことをしてくるとは思わなかったが、万が一でも敵の攻撃魔法使いが再び襲来した時に、フロリアの戦闘力があれば被害が全く変わってくる。
なので、当分の間はフランチェスカの近くにフロリアが居るようにしておきたかったのだ。フランチェスカの婚約が無事に成就するまでは。
それで、伯爵がごく親しい友人しか入れない談話室にフランチェスカとフロリアを招くことにしたのだ。
こうした部屋は、たとえ家族でも女性が立ち入ると言うのは褒められた話ではなく(女性は女性同士のサロンでお茶をするのが通例であった)、そこに伯爵令嬢と平民の娘が立ち入るのは異例中の異例であった。
そして、当たり前のように伯爵もその部屋でどっしりと腰掛ける。
伯爵が部屋の主なのだから、別に不思議はないが、その状況で娘たちの話が弾むとも思えない。
伯爵はフロリアのまだ蕾ではあるが、そろそろほころび始めた美しさにちょっと惑わされているのだ。
フランチェスカの母親でもある正妻をなくした後、伯爵は特に後妻を定めていなかった。
それは正妻を深く愛していたから、というよりも新しい後妻を他の貴族家から迎えるのは一種の政治的カードなので、切るのを慎重にしていただけである。むしろ、女好きの部類に入り、妾は正妻が生きていた頃から常時7~8名は抱えていたほどである。
それだけ、女性に対しては"慣れている"伯爵であったが、フロリアには何か違った魅力を感じていたのだ。
もっとも、フロリア側からすれば、他の者が居ない状況というのはありがたい。
現在、この小部屋の中にはフロリア、フランチェスカ、伯爵、そして壁際に執事が1名とメイドが1名だけである。執事とメイドは伯爵が何か命じない限りは介入はしてこないだろう。
フロリアは慎重にことを進めていては、自分がこの屋敷を出ていくまでにフランチェスカに一種の憑き物落としを自然に出来るほど仲良くなる時間は無いだろうと考えていた。
フロリアを取り込む気満々の伯爵と認識にズレがあるのだが、そんなことはフロリアには預かり知らぬところである。
とにかく、単刀直入に行くことにした。フランチェスカの呪いは最終的には命にかかわるものなので、放置は出来ないが、呪物を祓う際には伯爵の了承が必要であろう。
この場は考えてみれば、申し分ないぐらいちょうど良いのだ。
「フィオリーナ嬢。ここは我が家だと思って気楽に過ごしてくれて良いのだぞ。フランチェスカも姉が出来たと思って甘えてくれれば良い」
伯爵がそんなことを言い出すが、そうした半ば社交辞令的なやり取りは不要だろうとフロリアは思った。
「あの、伯爵様。伯爵様とフランチェスカ様が気がついて居られるかどうかは分かりませんが、フランチェスカ様はどうやら呪いにかかっているご様子です」
あまりに単刀直入なフロリアの言葉に、両人とも返答につまり、顔を見合わせた。
「このようなことをいきなり申し上げるのは失礼だとは思いましたけど、今すぐにどうこうということは無いですが、確実にフランチェスカ様の体力を奪っていきますし、いずれはお命に係わるような呪いです」
「まて、フィオリーナ嬢。……それはお前……君に、そのことが判るのかね?」
「はい。私の従魔が気が付いて、先程教えてくれました」
自分が気がついたというと勝手に鑑定したことになってしまう。
その場合、ただでさえ希少スキルになる高度な鑑定を持つことが知られてしまうこと(実際には鑑定の上位スキルの解析まで持っているのだが)と、ただでさえ他人を勝手に鑑定するのは不躾な行為であるのに、貴人に対して平民がそんなことをしたとなると……。
「従魔さん。あの黒い豹の従魔ですか?」
「はい。あの子は私の従魔になったのは最近で、その前はお師匠様と永年、契約していました。お師匠様が若い頃には、遠くの国でさらにお師匠様に師事していたのですが、その大師匠様から引き継いだのだそうです。なんでも、もう何代も召喚術を使える魔法使いの従魔をしていて、その中にはとても有名になった魔法使いもいます。
それで、魔法やその周辺の技については、現存するたいていの魔法使いよりも物知りですし、錬金術師ギルドの国際本部の図書館の本にも記していないことだって知っています」
大嘘である。
フロリア自身が何でも知っていると表明するよりも現実味があるかな、と思ったのだが、これはこれでそれだけの従魔を従えるフロリアの価値があがってしまう。
そもそも、これだとフロリアは大魔法使いの系譜を継ぐことになってしまう。せめて、師匠が若い頃に覚えた呪術に似たようなものがある、程度にしておけば良かったのだが、フロリアが信頼を得るために盛りすぎたのである。
伯爵は疑わしそうな顔をしていたが、フランチェスカはすぐ食いついた。
「もし、あの黒豹が解呪方法を知っているのでしたら、ぜひとも教えて下さい」
「おい、フランチェスカ」
「お願いします、お父様。呪いを解くためにわざわざ他の町まで行って、バルバラの知り合いだという高名な呪術使いの方にお願いしたのに何も出来なくて……。それで帰りにはあんなふうに狼藉者にまで襲われる始末。
もし、フィオリーナが何か判るのでしたら、ヒントだけでも欲しいのです」
フランチェスカのすがるような目に伯爵も気圧される。
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