第146話 伯爵家にて2
気詰まりなお茶の時間が終わって、一旦、個室に引っ込んだフロリアは「やっぱりあれって、呪いの類いだよね」とトパーズに確認する。
「ああ、珍しいが呪いだな。今は掛けられて大して時間は経っておらぬが、これから徐々にひどくなっていくぞ」
トパーズによると、呪物を使った呪いではないか、とのことだ。
「そうなると、私には判らぬな。呪物なぞを作るのは人間のやることだからな」
お茶の時間の後半、いきなりフランチェスカの顔色が悪くなっていき、フロリアが不審を抱く間もなく、ユリエが割って入るように「お嬢様はお疲れが出たご様子なので、これでお開きに致します」と宣言して、さっさとフランチェスカを抱えるように連れて行ってしまったのだ。
フロリアはあっけに取られたようなものであったが、それでもフランチェスカが去る前に彼女に鑑定・解析を掛けるだけの時間の余裕があった。
その後、奥の方に控えていた年配のメイドに促されて、与えられた部屋に戻ったのだ。
「別に呪いがあろうが何があろうが関係無かろう。どちらにしても、この家はなにか胡散臭い。早めに立ち去る方が良さそうだ」
「うーん。私もそう思わないでも無いけど……」
この数週間、フロリアの頭の中に一つの言葉が静かに染み込んでいた。
それは数千年前に生きたという転生人の先輩「ガリレオ」の言葉。
もし神さま的な何かがこの宇宙の何処かに居るのなら、その神さまが俺たちをこの世界に転生させているのは、"変える"ためなんだろう
ガリレオはこの言葉をセバスチャンに冗談混じりに言ったそうだが……。
フロリアが、そしてお師匠様のアシュレイがこの世界に転生した意味は一体何なのだろう。アシュレイは名前こそ残らなかったが、当時の水準を超えたゴーレムの製造と、「死んでなきゃ治る」と言われるほどのポーションを生み出している。
ポーションは失われ、ゴーレムももはや見る影もない劣化品に姿を変えているとは言え、これが業績といえば業績だろう。
でもそれだけで良いのか。
彼女の才能と知性があれば、もっと多くの進歩をこの世界にもたらすことが出来た筈である。
「そうよね。後を継いで、お師匠様の分まで働くのが私の仕事だよね」
フロリアはそう思うようになっていたのである。
今のまま、人生のほとんどを森の奥なり、亜空間なり、基地なりに潜んで過ごしたとしても誰にも責められないし、きっと刺激は無いが快適な人生だろう。トパーズもずっと近くに居てくれるに違いない。
「だけど……」
フロリアはもう少し積極的に"世界"に関わっていこうという気持ちに傾いていたのだ。
たとえベルクヴェルク基地にたどり着くことが無くとも、自分の力を存分に発揮して社会を動かしていった多くの先輩。今のままでは、その人達に遠く及ばないのだ。
"和食の鋼人"さんにも敵わないのだ。
「あ、このバルトーク伯爵家で活動する、っていう意味じゃないよ。こんな嫌味な人ばっかり住んでるところで暮らしたくなんか無い。まずは世界中とまではいかなくても、いろんな国を見て回って、どこで活動すれば良いのか決めたいんだよ」
トパーズはフロリアの独り言に近い述懐を不思議そうに聞いている。
「このバルトーク伯爵家では、フランチェスカさんは私の味方をしてくれたし、なんとか助けてあげられるものなら助けたい、と思う」
そう言うと、フロリアはシルフィードとニャン丸を召喚して、屋敷内の情報収集を頼んだ。
「でも、魔法使いがいるそうだから、見つかりそうだったら無理はしないでね」
「おまかせするにゃあ」
「分かった、フロリア!! わかったよ!」
それから亜空間を開けて、中に潜った。
そこからベルクヴェルク基地に行くためである。
トパーズは人間の作ったものには疎いが、セバスチャンなら何か知っているかもしれない。
***
「フロリア様の解析結果を伺う限りは、確かに呪物による呪いかと存じます」
説明を聞いたセバスチャンはそう答えた。
言葉による説明ではどうも正確に伝わらない、と思ったのだが、セバスチャンはフロリアが解析した結果を光魔法による絵や映像でアウトプットし、細かい数値まで読み取れたのだった。
「おそらくは前のマスターの時代からあった呪いの蛇という魔道具の劣化版のようでございます」
「蛇。蛇はちょっと苦手だなあ」
「ご心配には及びません。生物としての蛇ではなく魔道具ですから、まあ縄みたいなものと思っていただければ」
そして、当時から有効とされている対処法を教えてもらい、そのために必要になる魔道具も貰ったのだった。
そして、万が一違った場合のために、他の主だった呪具に対応する魔道具も貰う。
アシュレイはあまり呪いについては詳しくはなく、基本的なモノを解呪する方法程度しかフロリアに教えなかったのだが、このベルクヴェルク基地の魔道具を使えば、相当に強力な呪いでも手早く安全に破れそうである。
「それと、フロリア様。今後、このような場合に私と手早く連絡を取りたいと思います。こちらをお持ちくださいませ」
セバスチャンは小さな板状の魔道具を出してきた。
「あ、スマホだ」
「はい。前世のスマホがどういうものか伺って、それと似たようなデザインと造りにいたしております。これでいつでも私とフロリア様とで交信が出来るようになっています」
ということであった。
世界の反対側にいてもリアルタイムでつながるってどんな機能なのか不思議であるが、これで便利さが増しそう。
以前に、似たような通信のシステムを提案されたのだが、その時はフロリアの頭部に手術をして小型魔道具を埋め込む、というものだったので怖気を振るって拒否したのだった。
後々、試してみると、洞窟の中や地下からも普通につながるばかりでなく、亜空間内からもつながった。電波でつながっている訳ではないのは判るが、魔力ってそんなにいろんなことが出来るのが不思議である。
そして夕食時。
今度は年配のメイドと他に数人、若いメイドが部屋に入ってきて、「お召し物を変えて頂きます」と言い出す。
若いメイドは何着かのドレスを持ってきていて、嫌も応もなく着替えさせられる。
冒険者の服を脱いで、ベルクヴェルク基地謹製の下着姿になると、メイド達は軽く息を呑む。
たとえ貴族家の女性でも、フロリアの髪や肌の手入れには足元にも及ばないし、高品質で機能的な下着は素材といい縫製といい、やはりこの時代の水準をはるかに抜きん出ている。
フロリアに問いただしたい、といった顔をするが、さすがに年配のメイドの居る前ではそんなことは出来ない。
ドレスはフランチェスカ嬢のお古だそうだが、新品同様でせいぜいでも数回着ただけといったところのようである。
数十分を掛けて、フロリアがドレス姿になると、生まれながらの貴族家の令嬢と較べても遜色のない仕上がりであった。唯一、長髪が基本のご令嬢に比べると、ちょっと長めのボブカットぐらいしか長さが無いのだが、「せっかくおきれいな銀髪なので」と年配のメイドが言って、そのままになった。
銀灰色をベースにブルーの縁取りが入ったドレスが良く似合っていた。
こうしてドレスを着て、姿見で自分を映すと、フロリアも少し嬉しくなってくる。
夕食というよりも晩餐は家族と家族同様の者が出席していた。フロリアを紹介する席なのだという。
伯爵、跡継ぎの長男、長男の妻、次男、五男(三男、四男は居なかった。すでに独立したのだろうか?)、フランチェスカ、フランチェスカの家庭教師だという20歳すぎぐらいの女性、魔法使いだという年配の女性、伯爵家の家宰だという老人、その他に一族の枝葉に連なる10名ほどの男女が居るという大げさなものであった。
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