第145話 伯爵家にて1
こうして、町の真ん中に非常に広い敷地を取って建つ、バルトーク伯爵家へとフロリアは誘われていった。
屋敷の門を守る衛士などは徒歩のフロリアを見て眉を潜めたが、衛士隊長と一緒なので止めない。
他の市民からは見えない位置で、フランチェスカ嬢とメイドのユリエ、その隣に恰幅の良い、いかにも貴族様の格好をした紳士、そして執事っぽい人、他のメイド、護衛の騎士(レオポルドは居なかった)が一団になっていた。
「そなたがフィオリーナとやらか。娘の危急を助けてくれたことに感謝する」
その紳士は別に頭を下げもせずに、フィオ(フロリア)に声を掛ける。
フロリアは、別に敵対的な行動を取られなければ、こちらから突っかかることはしない。
「はい。冒険者のフィオリーナと申します。お嬢様の御役に立てたようで光栄です」
と答える。
「ふむ。大まかなことは娘より聞いた。我が家の騎士隊長とは行き違いがあったようだが、そなたの働きには感じ入っておる。どこかの田舎から旅をしてきたのかね? 当分、我が家で疲れを癒やすが良い。……おい」
最後に後ろに控える執事に合図をすると、執事の1人が歩み寄ってきて、「お部屋にご案内致します」と頭を下げる。
フロリアとしては、捕まえた襲撃者の報奨金を貰えればそれで良いのだが、どうもちぐはぐである。
こんなふうにいつの間にやら貴族家に取り込まれていく魔法使いがきっと居るんだろうな、私もどこかで早めに逃げないと……と思いながら、その執事の後をついていく。
執事に案内されたのは、客間ではあるようだが、割りと簡素で賓客用というよりも、その賓客に付き従う、割りと上級の奉公人の宿泊用、といった趣き。
あるいは、この館に奉公する家庭教師とか法律家とか医者とか、あるいは魔法使いとかのための部屋なのかも知れない。
「なんかへんなことになっちゃったな……」
フロリアは椅子に座って嘆息する。
しばらくすると、今度は年配のメイドが呼びに来て、お嬢様とお茶の用意が出来た、と言われる。
そのメイドは部屋の中をジロジロと無遠慮に見る。別に調度品をかっぱらったりしないよ、と言おうかと思うフロリアだった。
そのメイドに案内されてついていくと、屋敷の裏の方は庭園になっていて、その中に四阿があり、白い丸テーブルと椅子が置かれていた。
その椅子の1つにフランチェスカが座っている。
ユリエが茶器などが載ったワゴンの脇に控えている。
フロリアが近づくとフランチェスカは立ち上がり、優美に礼をする。フロリアの方はぎこちなく礼を返すと、勧められるまま、椅子に座る。
フランチェスカはお茶をフロリアに勧め、それから改めて、助けられた礼とレオポルドの非礼を詫た。
フロリアとしては、もう礼も謝罪も要らないので、さっさと報奨金が欲しいだけだった。
フロリアのことが聞きたいというので、すこし身の上を話した。が、もちろん詳しい話はボロが出るので、子供の頃に父親が死んでおばさんに引き取られて、森の中で2人で暮らしていたが、そのおばさんも死んだので、冒険者になりに町に出てきたのだ、とだけ話した。
「ずいぶんと苦労したのね。私はずっとこのお屋敷で暮らしていて、外に出たこともほとんど無いぐらい。昨年、社交界にデビューしてからは、王都に行って何度かパーティにも出たことがあるけど……」
そしてフランチェスカは、フロリアと友達になりたい、と言い出した。
「私が知らないことをたくさん教えて欲しいの」
と。
何と答えたものか、フロリアはちょっと困って、紅茶に口をつける。
うん。ベルクヴェルクの紅茶の方がずっと美味しい。
「生まれもはっきりしない私のような平民と、お嬢様とでは釣り合いがとれません。同じ貴族のご令嬢を友人に選ばれた方がよいのでは、と思います」
とだけ答えた。
「そんなに堅苦しく考えなくとも、時々、一緒にお話してくれれば良いのよ。当分、このお屋敷に居るのでしょ。お父様にそうお願いしておくわ。それに平民と言うけれど、フィオリーナは魔法使いだもの。
魔法使いなら、貴族家に仕える道だって、冒険者として大成する道だって有るわ。現にウチにも最近、バルバラという女魔法使いが仕えるようになったぐらいだもの。
けっこうおばさんの魔法使いだけど、もしかして、あなたを話が合うかも知れないわ」
フランチェスカは軽く言うが、魔法使い同士の関係なんてよっぽど資質が違う同士なら友人になることも有るだろうが、そんなことは滅多にない。
師匠と弟子ならまだ良い方で、もっと屈辱的な従属関係になるか、最初から敵対関係になるか。
フランチェスカには分からない世界なのだ。
「そうですね。お顔を拝見する機会があったら、ご挨拶しておきます」
と当たり障りの無い答えをしておいた。
そして、話は襲撃の事になった。
私ごとではあるのだが、町の外に用事が出来て出掛けた帰りに、襲われたのだという。
「領都の近くで盗賊なんか出るなんて、聞いたこともありませんでした。いま、お父様が詳しく調べさせて、他の盗賊仲間までやっつけるつもりみたい」
フランチェスカは言うか、フロリアは少ない経験しか無いが、彼らが盗賊とは思えなかった。
あれは、ビルネンベルクの「剣のきらめき」のリーダー・ジャックの言葉であったと記憶しているが、盗賊というものは、出来るだけ相手と殺し合いはしないものだ、ということだった。
戦闘になれば自分たちにも死者や負傷者が出る。それよりも、相手を脅して抵抗を止めさせて、物品を奪うか、人をさらって身代金を取るか、若い女性の場合は売り飛ばすか……。
今回については、最初から見た目で貴族家の馬車で、護衛もついていると分かっている。その護衛とガチの戦闘をして、人数が3倍ほども居たので、護衛をマレクを除いて倒せたが、その時までに襲撃者側も4名の犠牲を出している。これは決して軽いダメージでは無い。
それなりにものの分かった盗賊なら、狙ってはいけない相手なのである。こうして死にものぐるいの反撃をされるし、たとえ、フロリアが現れず、令嬢を攫うか殺すかしたところで、この後で彼らは徹底的に伯爵家に捜索・追撃された筈である。
そうなのだ。
彼らは盗賊などではない。
そもそも本職の盗賊なら、騎士4人を4人程度の犠牲で倒せるほど強くはない。4名の倍以上の犠牲を払うか、下手をすれば盗賊のほうが負けてしまう。
つまり、この襲撃者自体が少なくとも騎士レベルの戦士であったということだ。
それに、あの魔法使い。
フロリアと比べれば、ベルクヴェルク謹製の魔道具抜きにしても、対抗でき無い程度の魔法使いであったが、それは転生人であるフロリアが異常なほどの実力者であるからだ。
普通ならばあの魔法使いでも、冒険者になれば一流になれるだけの魔法が使える。それがこんな悪事に手を染めているとは、なにかよほどの事情持ちか。とにかく攻撃魔法使いを用意したというだけで、敵の本気度が判るというものである。
「あ、そうか」
「どうかしたの?」
「い、いえ。なんでもありません」
騎士たちだって襲撃者が盗賊などではない、ということぐらい思い至っていた筈である。それならば、生き残りをフロリアに下げ渡す筈もない。自分たちで尋問して、背後を探るのだから。
"町に入ったばかりのところで、襲撃者をどうするのか聞いたは悪かったな。騎士たちにすれば渡す訳にはいかないし、渡さなきゃ市民たちの前で伯爵家家臣がただの女の子に見える私の上前をハネたと思われる。そりゃあ真っ赤になって怒るはずだ"
と思ったフロリアであったが、それならそれで、あらかじめ「こいつらは売れないので、代わりに伯爵家が礼をする」と言って、相談してくれれば良かった話である。
変に攻撃的になるから、フロリアもへそを曲げるのだ。
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