第14話 クレマンの皮算用
町を出て人間が減ると、尾行者の動向が良く分かるようになる。確かにこちらと一定の間隔を開けてついてくる。
冒険者ギルドの窓口のお姉さんがチカモリと呼んでいた森に到達。あまり広くない森で、探知するとバラバラと人が居る。薬草採取をしている見習い冒険者なのだろう。
尾行者の視線が外れた隙に、フロリアはさっさと亜空間に入ってしまう。
尾行者たちには、しばらく森を探し回った挙げ句、手ぶらで帰る羽目になった。
フロリアは3時間ほど市場で買った小麦を使いやすいように分別したり、火を出さないでできる料理の仕込みをしたり、トパーズにブラシを掛けたり、トパーズの顎の下を撫でたりして過ごしてから、そっと通常の空間への扉を少し開けて、外を確認する。
ドライアドの眷属の蔓草をいつものように扉の前に撒いて警戒させていたが、何事も無かったようだ。
"へんな人たちが何度も、扉のあたりをバタバタ歩き回っていたけど、いなくなった、バカ、よく捜せって言ってるだけだったよ"と蔓草は教えてくれた。
フロリアは外に出ると、蔓草にご苦労さま、またお願いね、と言って送還する。
この森の薬草の状況がどうなっているのか調べて見ようと、すこし歩き回る。
まだ、日は高いので粘っている見習い冒険者があちこちにいるのが探知に引っかかるが、だいぶ人数は減っている。
収穫があった者は早上がりしたのだろう。
いつもフロリアが薬草採取していたアオモリの奥深くに比べると、このチカモリはかわいそうな状況になっていた。
そもそもがあまり広くない上に年中、見習い冒険者が踏み入って薬草採取をしているのだ。これでは薬草だろうが雑草だろうが、まともに生育する暇もなさそう。
こういう状況が当たり前の町で、先程のようにドサッと薬草を出したのだから、窓口で驚かれたのも当然だったのだ、とフロリアは得心した。
「きっと、尾行してきた人って、私が薬草の群生地でも見つけたと思って、聞き出そうとしたのね。そんな都合の良い場所、ある筈無いのに」
と1人で納得するフロリア。
どうせなら、とチカモリの一番奥まで行ってみると、人の気配がなくなる。
ただ普段から無人なのではなく、そろそろ日暮れが近づいているから、引き上げただけで、ここまで立ち入ってくる冒険者は多いようである。あちこちに足跡が見られる。
ツノウサギが何匹か探知できたが、こうしたところで暮らすだけあって、フロリアに近づいてくるような迂闊なウサギは一匹も居ない。
その他には、オークやゴブリンも居ない。安全と言えば安全な森のようである。
***
レソト村から来た伝令は既に帰してあるので(帰りも、ニアデスヴァルト町に来る途中のフロリアとすれ違ったのだが、フロリアの方が隠れたので気がついてない)、もう気にしなくても良いだろう、とクレマンは思った。
ベンの依頼は、フロリアが来たら足止めしておいて、すぐにレソト村に使いを出して欲しい、ということであったが、それで得られるのは薄っぺらな謝礼。フロリアの商品価値とは比べ物にならない。
とりあえずは、いつも手下として使っているドニにフロリアを探して跡をつけさせるように命じてある。
ドニは、商業ギルドの職員とは関係なく、クレマンが個人的に使っている、そろそろ中年に差し掛かる男で、元は別の町で冒険者であったが、ヘマをしてニアデスヴァルトに流れてきたという経歴の持ち主。
この町では真面目に働くこともなく、町のチンピラの1人として、小悪事を重ねて、衛士に目をつけられているという者である。同じようなチンピラ仲間でグループを組んで、そのリーダーに収まっている。
町の顔役連中にフロリアの力を知られるとまずいので、とりあえずは尾行して見張るだけで接触はするな、フロリアが言っていた「泊まる宛」を探し出せ、と言ってある。
ちょろい小娘なので、舌先三寸で騙せるうちは騙しておいて、いずれ不審に思われたら、力ずくでかっ攫ってしまおう、というのがクレマンのざっくりした計画である。
そのドニの報告を待つ間、クレマンはじっくりと、フロリアが残した魔道具を鑑定する。支部の大事な備品の1つである、非魔法使いでも使える鑑定水晶を使ったのだった。
使い方がわからなかった細長い"火打ち石"だが、火打ち石という名前が良くない、とクレマンは思った。
これまでの火打ち石とは格段に性能が上なのだから、それっぽい名前をつけて売り出した方が絶対に売れる。
あの小娘の言う通りに、この鉄の棒がすり減るまで10年でも使える、というのであれば、1つで1銀貨であっても飛ぶように売れるだろうな。製造原価はいくらぐらいなのだろうか?
小娘のオリジナルという話だが、製法や素材は厳重に隠す必要がありそうだ。
そして、こちらはライトか。火打ち石は魔晶石が含まれていないので、非魔法使いにも使えるが、ライトの方は魔晶石に光魔法を付与してそれを起動するものだから、少なくとも魔力持ちでないと使えないタイプの魔道具だ。
この世界ではだいたい100人に1人が魔力を持って生まれてくる。しかし、そのほとんどは微量な魔力しか無いため「魔力持ち」と呼ばれて、いわゆる魔法使いと比べて1つ格下に見られる。
だが、魔力持ちなら魔力を注いで起動するタイプ(すなわち魔晶石を組み込んだタイプ)の魔道具を動かせるのだ。
このライトは使える人間が限定されるが、夜中でも火をつけずに簡便に明かりが確保できるというのはかなり大きい。
しかも、鑑定してみると、かなり質の良い魔晶石を使っていて、これなら数銀銭の値がつくだろう。
そして、浄水器。
清浄魔法は通常、生活魔法に分類される魔法で、日常生活が便利になる、程度の扱いなのだが、この浄水器に付与してある清浄魔法はレベルが全然違う。
上から汚水を入れて下から出てきた水を鑑定すると、飲用としても問題がないレベルまで濾過されてきれいになっている。これだけでも大したものだが、どうやら魔晶石を働かせると、病気の元やかなり微細な毒まで濾過できるようだ。
上位ランクの冒険者なら、いくら出しても欲しがりそうだな。
これだけの魔道具もそうだが、あの小娘がこれらの魔道具を虚空から出したのも非常に気になる。収納スキル持ちなのか、収納袋を持っているのか?
ま、収納スキルはかなりのレアスキルだから、そんなのを持っている者がそうそううろついているとも思えない。多分は師匠のアシュレイから貰った収納袋を使ったのだろうが、これもいずれは取り上げなくては。
内部の容量によるのだが、高品質の収納袋なら、1白金銭を超えるとも言われている。
クレマンは入手した魔道具の目録を裏台帳に記入して、裏帳簿と一緒に、自分の机の二重底になった引き出しの奥に仕舞う。
この世界では魔力持ちが人口の100人に1人、さらに魔法使いはその魔力持ち100人に1人の割合、と言われていて、だいたい1万人に1人が魔法使いという計算である。
ヴェスターランド王国はほぼ1億人の人口を擁するが、魔法使いと呼ばれるレベルにあるのは1万人前後。計算はあっている。
その魔法使いの中でも魔力量や、魔法適性などから様々に分かれるのだが、あの小娘はどうやら魔道具師のようだ。
厄介な攻撃魔法使いだとこちらの思う通りにするのが大変だが、魔道具師なら脅せば容易く言うことをきかせられそうである。
あのベンのバカはしばらく前に町の商会で働いて居たのだが、見た目の真面目そうな顔つきとは違い、根っからの怠け者で悪事を平然と行うようなヤツであった。
クレマンは、類は友を呼ぶという訳ではないが、いつの間にか、そのベンとつながりができていて、ちょっとした物品を横流しして貰う見返りに、幾ばくかの遊ぶ金を渡していたのだった。
クレマンもその頃から、ギルドの金を密かに横領していて、バレたらまずいことになるのだったのだが、ベンが持ってくる物品をギルドの在庫に紛れ込ませて帳簿をごまかしたり、良質の品と取り替えて、差額で儲けたりと、そんなことをしている間に色々と付き合いが深まっていった。
ところが、ベンがクレマン絡みとは別の件で不正が商会の店主にバレてしまったのだった。この父性騒ぎが近隣の大きな町の代官にまで報告が上がって、役人が来て捜査されると、クレマンの首まで危うくなる。
ヒヤヒヤしながら推移を見ていたら、ベンの年老いた両親が私財を全てはたいて、借金までして、損害分を補填したことで、ベンは大っぴらに捕縛されることは無くなった。
そして、レソト村でしっかり性根を叩き直してこいと送られて、その後、ベンの悪事仲間も町で食い詰めてレソト村へ。
クレマンはどうにか職を失うこともなく、町で生き延びることができた。
それからしばらくして、様子を見に行かせたドニがベンから預かったというポーションを持ち帰ってきた。レソト村に時々やってくる魔法使いが作るものだという。鑑定してみたら初級ポーションだが非常に品質が良く、中級に近い効き目が見込めると分かった。それでもっとよこせ、とせっついていたのだが、その魔法使いは死んじまったようだった。残念だと思っていたら、今度は弟子がこちらの懐に飛び込んで来た。運が向いてきた、とクレマンは思った。
あの小娘はポーションは作れるのだろうか?
何でも、ポーションを作るには治癒魔法と付与魔法の両方の適性を併せ持つ必要があるそうで、いくら弟子でも適性が合わないと、師匠の技を受け継げない。
いや、たとえポーション作成が出来なくとも、この魔道具を作れるのなら十分に儲けさせてくれるだろう。
クレマンは自然とニヤケ顔になるのを止められなかった。
そこにドニがやってきた。
「何だ。ここには顔を出すなと言っておいたはずだ」
「それが、あの小娘を見失っちまったんで……」




