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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第8章 国境沿いの伯爵家
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第138話 再登録

 国境線をこえた先にある町に入ってみると、小さいながら冒険者ギルドと商業ギルドの支部があった。支部というよりも出張所といったほうがふさわしいような建物であるが、それでも割合に活気がある。

 きっと、アリステア神聖帝国に行く商人とか、その商人を護衛する冒険者とかが居るのだろう。

 だが、ギルド自体が歓迎されない帝国内ではあまり冒険者を見かけなかった。

 国際的な組織であるギルドは、冒険者も商業のどちらも(そして錬金術ギルドも)自由都市連合の中心になっているフライハイトブルクに国際本部がある。

 さらにこの自由と交易の町は、正統アリステア教が異端と決めつけ攻撃している西方アリステア教の総本山があるのだ。現在、正統アリステア教から分離独立した西方アリステア教の方が、大陸の他の国々では優勢なのは、3つのギルドがそれを保護し、また西方アリステア教がギルドの精神的バックボーンになっている点が大きい。

 というわけで、アリステア神聖帝国にとってはギルドというのは存在自体許しがたい異端なのだ。

 しかし、神聖帝国も金を稼ぐ都合上、商人は排除出来ない。

 だから、商業ギルドに加盟していない商人に限り、入国と商売を認めるという形式をとっていた。このあたりは大人の対応と言うべきもので、実際には商人は帝国内では完全個人営業と自称しながら、故国に帰ると、商業ギルドの一員として商売をしているし、帝国でもそれに気がついても素知らぬ顔をしているのだ。


 だが冒険者に対してはそういう訳にいかない。冒険者は単純に入国禁止。

 基本的に冒険者側も、居心地の悪い帝国内には入りたくは無かったが、どうしても護衛の欲しい商人はかなりの高報酬を提示し、それに釣られる冒険者は、帝国に入る前の最後の町で一休みする、というわけなのだ。


「あ、巡礼者に化けてたのかな?」


 今頃になって、そういえば商人と行動を共にしている巡礼が居たなあ、と思い出すフロリアである。たまたま行き先が一緒なので、同行しているのかと思っていたが、実際には護衛だったのだろう。

 フロリアは自身も巡礼者に化けていた癖に他にもそうした人間がいるという可能性を考えたことがなかったのである。


 しばらく、町中をぶらつく間、ニャン丸とシルフィードを偵察に出して、そうした事情を収集した情報から読み取っていた。


 フロリアはこの町で、冒険者登録のやり直しに挑戦する決心がついていた。

 神聖帝国内では教会に薬草を買い取って貰っていたのだが、この国では冒険者ギルドで買い取ってもらわなくてはならない。

 そのためには冒険者登録が必要なのだが、以前の登録はもう使えない。何しろ、国際的な犯罪者にされてしまっているのだ。

 完全な冤罪なのだが、それが定着してしまっている(とフロリアは思いこんでいる)。

 第一、あの時のギルド証は失くしてしまっていたのだし。


 やむを得ない。

 偽名を使って、もう1回冒険者登録をするしか無い。

 そうしなければ、いくら生活に必要な物資はベルクヴェルク基地で製造し、それをたっぷりと収納に持っていても、現金が入手出来ないのだ。さすがに不便である。

 基地にいる間に、セバスチャンに相談したら、情報収集ロボットを駆使して、偽装登録のための準備を済ませてくれた。その結果判ったことが、フロリアの魔力で隠蔽魔法を使えば、偽装ぐらい簡単に出来た、ということだった。

 

そもそも、この世界の現金が必要なだけなら、冒険者登録などしなくとも、セバスチャンに贋金を作らせれば良いだけの話だった。基地の技術力なら故意に品質を落とさないと、本物よりも出来の良い金貨が作れる位だったのだ。

 ただ、そのことに人間であるフロリアが気が付かないぐらいなので、人間社会に興味の薄いトパーズに気付ける道理は無かったし、セバスチャンも似たようなものである。

 

「どうしても、登録は成功させないと」


 フロリアは気合を入れて、冒険者ギルドの支部のドアを開けた。

 他の国に来ても、ギルド支部の基本的な造りは一緒で、カウンターには受付のお姉さんが居る。

 そこにフロリアは歩いていって、


「あの、すみません。冒険者登録をしたいんですけど、どうしたら良いですか?」


 普通に話しているだけだと、フロリアは年相応の少女にしか見えない。トパーズは今はフロリアの影に潜んでいる。

 受付嬢は、手慣れた様子で申込書を渡すと、フロリアに文字は書けるのか、と尋ねた。

「はい、読み書き出来ます」


 と、申込書に記入していく。この申込書が一種の魔道具になっていて、最後に拇印を押すと、虚偽の記載が有ると反応するのだ。だが、フロリアの虚偽魔法なら、この程度の魔道具を上回ることなど難しくは無いのだ、とセバスチャンが受けあっていた。

 

 さて、肝心の登録名だが、フィオリーナ(略称フィオ)で考えていた。本名のフロリアと似ているので、いきなり誰かに話しかけられても間違えが少なくて済みそうだし、響きもきれいである。

 フロリアもフィオリーナも花という意味だし、前世のお父さんが子供の頃に好きで何度も再放送を見たというアニメのヒロインの名前でもある。


「見かけない顔だけど、どこから来たの?」


 昨年、ニアデスヴァルトのギルド支部で登録したときにも同じようなことを聞かれた記憶がある。


「西の方の森の中から来ました。面倒を見てくれていたおばさんが亡くなって、この町に出てきたのだけど、お金を稼ぎたいと思って……」


 前回と同じような答えをする。


「西? それじゃあ、帝国に住んでいた訳じゃ無いのね?」


 前世の日本に比べると、いくら"国民"の概念が薄いとは言っても、密入国はちょっとまずいのだろうと思ったので、フロリアは西と言ったのだった。


「はい。おばさんは若い頃には巡礼で帝国に行ったことがあるって言ってましたけど、私はありません」


「だれか、他に身寄りの人はいないの?」


「はい。だから薬草採取でお金を稼ごうと思って。森の中に居たから、薬草採取はけっこう得意なんです」


 受付嬢は納得したようにうなずいた。

 この世界では孤児など大して珍しい存在ではない。身寄りがないし、他に面倒を見てくれる大人が居なければ、商家に奉公に出るにも身元引受人が居ないので、まともな商家では受け入れない。

 なので、こうして冒険者になるのは珍しい選択ではないのだ。

 ――そして、こうした身寄りのない少女を毒牙にかけようとする大人も珍しい存在ではない。幸いフロリアが登録に訪れた時間は、冒険者はほぼ出払っていて、ギルド内は閑散としていた。

 なので、フロリアの話に聞き耳を立てて、害意を持つ大人はいなかった。隅の方で小さくなっていた一組の冒険者を除いては。


 受付嬢は、前回にニアデスヴァルトの受付嬢がしたのと同じような説明をフロリアにすると、あなたはまずはFランクから始まります、と言った。


 薬草買い取りは、ギルドの建物脇の買い取り窓口で引き受けるので、こちらにくる必要は無い。Fランクは、ここへは何かの用事が出来たときぐらいしか、来ないとは思うが、定期的に顔を出して、掲示板に新しい注意事項が張り出されていないか注意しているように、と助言をされた。


「この町は小さいけど国境に近いから、いろんなことが起こる可能性があるの。危ないことが起こりそうだったら、すぐに他の大きな町まで避難しておいたほうが良いから、十分に気をつけてね。

 それと、真面目にやればすぐにEランクに上がれるわよ。その上のDランクは15歳の成人を迎えないとなれないけどね」


 後は、丸3年間活動が無かったら資格抹消になり、口座の現金も全て没収になるので気をつけるように、との助言も受けた。これもヴェスタ-ランド王国の冒険者ギルドと同じである。


 ――こうして、ヴァルターラント歴557年9月11日、無事に2度めの冒険者登録を終えたフィオ(フロリア)は、掲示板を見て、何かめぼしいニュースは無いか確認した。

 帝国内で謎の発光騒ぎがあって、森の奥深くの小山が頂上近くが蒸発した、今のところ龍の痕跡は確認できないが、飛龍が到来した可能性がある、との注意喚起が張り出されていた。


 フィオ(フロリア)は そっと首をすくめると、素材の買い取り窓口に行く。

 ここに来るまでに集めておいた薬草を肩掛けカバンから出して買い取ってもらう。あらかじめ、不自然ではない量を収納から出して、鞄に入れておいたのだ。

 量自体はそれほど多くはないが、比較的珍しく高値で取引される品種を揃えたので、それなりの買取金額になった。


 冒険者の稼ぎといえば、護衛、薬草等の採取、魔物討伐(と素材の確保)あたりが定番なのだが、この町は近隣に薬草が豊富に採れたり、魔物が居る森があるわけではなく、アリステア神聖帝国への行き来をする商人の護衛に特化されていた。

 そのため、量的にかなり抑えたにもかかわらず、まだ子供っぽいフィオ(フロリア)が薬草でかなりの金額を稼いだのは珍しいことであった。2人の食い詰め冒険者がそれを遠くから注視している。登録作業をしていたときに、建物の隅にいた冒険者が跡をつけてきたのだ。

 せっかく、古代文明の超技術による偽装魔法付与をした衣類を身に着けていても、これではあまり意味が無いと言えるだろう。


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