第137話 国境へ
新章突入です。
この章では、シュタイン大公国の辺境にあるバルトーク伯爵領を舞台に冒険を繰り広げます。
ヴァルターランド歴557年、神聖帝国歴1107年の7月1日に、フロリアとトパーズは懸案であった、師匠アシュレイの研究を引き継いだ探索行を切り上げて、次の目的地を目指して、モリア村の裏山の岩山を旅立ったのであった。
彼らの探索の成果が世間にあからさまにされれば、あらゆる国や組織が、合法・非合法を問わず、いかなる手段を用いてでもフロリアを確保すべく動くであろう。
数千年前に滅亡した古代文明の技術をそのまま保持して稼働している基地。
廃墟となった遺跡からわずかに出土する魔道具――いわば古代文明の残滓に過ぎないようなものでも、アーティファクトと呼ばれとてつもない価値を持つ。それが役に立つ魔道具ともなると、巨万の富で取引され、あるいは国宝として王室の宝物庫に厳重に仕舞われるのが通例であった。
しかし、いまフロリアの手元にあるものは残滓などちうものではない。古代文明の精華そのものが溢れかえっているのだ。
さすがに世間知らずであったフロリアでも、この1年余りの放浪で多少の世間知は付いてきているので、自分の手にしたものがいかに"ヤバいブツ"であるかぐらいはわかっていた。
それで、これまで以上に、不用意に人と接触しないように次の目的地を目指すことにしたのだ。
常人であれば野宿が続けば、どんどん消耗していく。ましてやまだ12歳の少女が町に寄らないで旅をするなど、10日もしない内に浮浪者と変わらないような姿になるのは避けられないだろう(その10日の間に魔物などの餌食にならなければだが)。
しかし、フロリアに限って言えば、町になど泊まるよりも、森の奥や人の目の無い荒れ地などで、亜空間に潜って過ごしたほうがよほど快適で安全なのである。
元来、そうであったのが、ベルクヴェルク産の技術による改装を経て、さらに亜空間内は快適空間へと変貌していた。
正直なところ、町でお金を出して泊まる宿の薄い壁で何かの匂いが染み付いた部屋や、塩や調味料をケチったとんでもなく薄味の料理なんか……。
「だけど、ずっと町に寄らないんじゃ、ベルクヴェルク基地に居るのと変わらないし」
とフロリアは、大きな町についた時には、最低限の情報収集のために入城していた。
セバスチャン達が作ってくれた、高度な偽装魔法を付与した帽子と上着を身に着けたフロリアとトパーズ(男性仕様)は町中に入り、その性能を試してみたが、これまでのようにどこに行っても、注目を集める、ということは無くなっていた。
もちろん、それでもこの父娘の後ろ姿を追うような視線は感じるのだが、それはよそ者に対する警戒心や、あまりたちの良くない連中の「金目になるかどうかを吟味する」視線で、さすがにそうしたものすべては排除しきれない(そうしたものまで排除すると逆に不自然でもある)。
トパーズは、旅の途中で狩りをしたツノウサギや野鳥を出して、幾ばくかの現金に取り替えた。
巡礼の旅をしている父娘という設定は残し、トパーズが顔に酷い怪我を負ったので、顔を隠しているという設定は止めた。聖獣がその目つきをまともに晒しても、相手に恐怖心を与えないほど、セバスチャン達の作った偽装魔法を付与した帽子は優秀なのであった。
「暑苦しい格好をせずとも良くなったことだけは、アイツラを褒めてやっても良い」
と、いつまでもロボットを信頼しきっていないトパーズは、それでもこの偽装魔法は評価したのだった。
町の教会で神父の説教をお付き合いで聞いてから、薬草を買い取ってもらう時に、教会の窓口のおじさんや巡礼者同士の情報交換をして、どうやらフロリアを追いかける勢力が無いようだ、ということも確認できた。
アルジェントビルの幽霊ゴーレムの事は、あまりに現実離れしていて、実物を見た者以外は誰も信じていないし、岩山でフロリアを追った兵士たちも生き残りが居たとしても、フロリアが崖から落ちて死亡したと信じたのだろう。
そこで安心して、巡礼ルートに従って、この魔法使いに辛辣な国、アリステア神聖帝国を出る方向へと進んでいった。
ただ、巡礼ルートに従っているとは言っても、ルート上の街道を歩いている訳ではなかった。街道を少女1人で歩いていると、親切心からのものもあれば、良からぬ下心を持った者もいるのだが、しつこく声を掛けられることが多いのだ。
これは以前からそうであったので、他の旅人が来る都度、隠れていたのだが、今回はせっかくモンブランという新しい従魔を得たのだから、できるだけその出番も与えて、フロリアとの紐帯を太くしたほうが良い、とのトパーズの意見を取り入れ、モンブランの眷属に活躍して貰うことにしたのだ。
鳥、その中でも特に猛禽類の王であるモンブランは、多くの猛禽類を眷属として使役することが可能である。その中には、通常の鷲や鷹をはるかに超える巨大な猛禽型の魔物もいるのだが、今回はそんな目立つものは呼ばなかった。
昼間はごく普通の鳶を呼び出して、常にフロリアの頭上を旋回させて、遠くの様子まで見ることにしたのだった。
そしてフロリアは、街道からギリギリ見えない辺りまで離れて、荒野や森の中だったりしてちょっと歩きにくいのだが、そうしたところを歩くことにしたのだ。あまりに道から外れそうになると鳶に進路調整をして貰う。
歩きにくい場所を歩くので、速度は大幅に落ちるが、どうせ急いでいる旅ではない。
それどころか、鳶たちに適当な森を探し貰うと、旅を中断して森の奥まで潜って、新しい力を試すことにしていた。
フロリアの体格では自分で魔剣を振るうことは出来ないが操剣魔法ならお手の物だ。
これまでも自分で魔法付与した魔剣を使ってはいたが、威力が上がり様々な属性がついているのはもちろん、はるかに操縦しやすく、速度も出るようになっていて、フロリアは自分の操剣魔法の腕が上がったか、と勘違いしたくなるほどであった。
魔導書の中の、遠隔地に魔法やスキルの効果を届ける魔法陣を使い、1キロ近くも離れたところのオーガの群れの頭上に収納スキルの取り出し口を開いて、中の瓦礫の山を落とし、10数頭のオーガを一気に殲滅出来たのは大きかった。
群れは上位種のオーガウォリヤーが率いていて、通常のオーガよりもかなり強かったのだが、現在のフロリアの実力であればまるで問題にならなかったのだ。
「ビルネンベルクのスタンピードの時にこれがあったら、もっと楽に凌げたかな。……いや、もっと化け物扱いされちゃってたかも」
そして、ドラゴンスレイヤー。
大昔のSランク冒険者にして、龍殺しの英雄の二つ名と同じ名前をつけられた巨大なライフル。
森の奥深くに、小高い丘というか、小山があって、数キロ離れた位置からその山頂を狙えるような開けた場所があった。
周囲数キロに誰も居らず、特に山頂付近は無人であることを慎重に確認したフロリアは、モンブランに眷属たちを遠くまで避難させるように命じ、山頂めがけてドラゴンスレイヤーを一発撃ってみた。一発だけ。
とんでもない轟音と共に光の束が吹き上がり、山頂に命中すると……。
――数時間後。
「山の形、ずいぶん変わっちゃったね」
「うむ。これはさすがに使いにくいのではないか。もう少し、威力を抑えたものを作り直して貰え」
「そうする。威力調節できれば良いんだけど」
そんな会話をしながら、街道近くまで戻ると、多くの行商人や、これは国軍の兵士達だろうか、かなりの数が街道に居たので、シルフィードとニャン丸を偵察に出して、会話を収集してみたら、どうやら「森の奥で、火柱らしきものが斜めに噴き上がり、空に向かって消えていった。アリステア女神様の神託か、龍が出たのか……」と皆、心配しているとのことであった。
平地から山頂を狙った弾道は斜めに打ち上げる形になって、山頂を貫き、そのまま虚空に消えていったのだが、それは数10キロ遠くからでも確認できたらしい。
フロリアは彼らに見つからないように、かなり遠回りして、森を離れると、亜空間に戻り
「やれやれ。すごい大騒ぎ」
と嘆息した。
「やはり、ベルクヴェルク基地の近くで試したほうが良かったのではないか?」
「う~ん。でも基地の近くだと龍を刺激しちゃうかも知れないし」
「良いではないか。ドラゴンスレイヤーなのだろう。龍を的に練習すれば良い」
「無茶言わないの」
「いっそ、手頃な龍を従魔にしてはどうだ? ドラゴンスレイヤーで翼を撃ち抜いて、どちらが強いか判らせてから治療してやればよい」
「さすがに龍は働いてもらうところがないよ。私は戦争するわけじゃないんだから」
それに、とフロリアは思う。
「不定形になったり、人型に変化する黒豹に、金属製のゴーレム――これは1体だけじゃないけど――がもう居るんだよ。それに、巨大な怪鳥を従えて、古代の遺跡を秘密基地にしたら、どこかの超能力少年みたいになっちゃう。
お兄ちゃんに嫉妬されるからやめておくよ」
「龍は鳥ではないぞ」
そんなこんながありながら、2ヶ月もかけて、フロリアはようやく、アリステア神聖帝国とシュタイン大公国の国境を超えたのだった。
もっとも国境線が引かれている訳でもなく、急に風景が変わる訳でもない。
ただ、国境線を挟んで、互いに小さな町を作っていて、遠目からでも、シュタイン大公国のもののほうが解放的で明るく映ったのであった。




