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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第7章 ベルクヴェルクへ
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第136話 後日談1

 ステファン小隊長は、マルケス私兵団では魔物相手の討伐はもちろん、時に人間相手に表沙汰には出来ないような戦闘も幾度となく経験した、戦闘のプロであった。

 単独で衛士達と戦う羽目になったが、そう簡単に後れを取るつもりは無かった。

 実際、近くの衛士を1人斬り伏せると、他の衛士達も気迫のみで追い詰める。

 

 これなら包囲を突破して逃げられるかも。


 ステファンがわずかに希望を持った瞬間、衛士隊のラザーロ小隊長はあっさりと「みな、下がれ。遠巻きで囲んで、石を投げろ」と命じたのであった。

 ただでさえ、足場が悪い岩山のしかも崖に降りていく途中の急坂。ステファンは先日の戦闘で脚を痛め、ようやく動くようにはなってきたが、完治には程遠い。


 それでも斬りあいになれば、と思っていたステファンの目論見は外れ、町のチンピラ程度を相手にする衛士にふさわしい戦法をあっさりと採用したのだ。

 これが相手も騎士階級とは言わずとも、兵士であれば、1人きりで弓矢も持たない相手を遠巻きに倒すなどという手段は取らなかったのかも知れないが……。


「畜生! 卑怯だぞ」


 自分でも平然と卑怯な手段を使うステファンは、試しにこころにもないことを叫んでみるが、別にそれを気にする衛士達ではなかった。酔っ払って暴れる鉱夫を相手にする時の要領で、石を投げつけ、ステファンの攻撃が届く範囲には入ってこない。

 いつの間にか、最初に斬った衛士も仲間が助け出して後方に下げている。


「ここまでか」


 こうなればステファンは1人でも多く道連れにしてやろうと、石を避けもせず、衛士達に一直線に突撃した。

 しかし、その切っ先が衛士に届く前に、脚を取られたステファンはころんで、数メートル下の岩の張り出しのような場所に体を叩きつけられた。

 その場所は、トパーズが数日前に崖を崩すために力を加えていたところで、前回は崩れなかったが、ただでさえ地盤が限界に近かったところにステファンが叩きつけられたことで、強度の限界を超えたのだった。


 ガラガラッと驚くような轟音を立てて、その辺一帯の崖が崩れた。

 半ば岩場を降りようとしていたラザーロはあわや、その崩落に巻き込まれるところであったが、どうにか体を翻して逃れたのであった。

 

「ああ、やっちまった」「落っこちたぞ」


 衛士達が口々に叫ぶのをラザーロは押し留める。

 数分まって、土煙が晴れてきて、崖下を眺めた兵士たちは口々に


「完全に埋まっちまった」「もう娘っ子は岩の下だな」「あの変な傭兵みたいなやつも下敷きだな」「こりゃ、下に行く道も潰れちまったぞ」


などと叫んでいる。


「ああ、そうだな。完全に埋まっている」


 ラザーロはどこかホッとした様子で、衛士達に撤収を命じたのであった。


***


 その後。

 遺跡の小部屋から出てきたフロリアとトパーズは、まず洞窟の入り口を崩して、入れなくしておいた。

 ここは"空振り"の古代遺跡と思われているので、誰も興味を持たないと思うが、万が一誰かが入り込むと面倒である。それに外界とつながっていると、小部屋の外の通路も劣化する速度が早まっていくのが避けられない。

 ベルクヴェルク基地では入り口は埋まっていると認識していたが、彼らが最後に来てから50年ほど経っているというので、そこから遺跡として発見されるまでの間に崖が崩れて、外とつながってしまったのだろう、というのがセバスチャンの推測であった。

 だから元通りに埋め戻すのだが、セバスチャンは必要な時は内側から掘り返すので大丈夫だと言った。

 

 この殺風景な岩山を後にする前に、フロリアは念のため、自分の"死骸"を見に行ったら、崖上から少しは姿が確認出来るように崖を崩したのに、完全に埋まってしまっていた。


「誰かが追加で崩したのかな?」


「そんなことをする者など居らぬだろう。緩んでいた地盤がさらに崩れたのであろう。さっさと次の目的地、なんとか大公国であったかな。それを目指そう」


「うん、トパーズの言う通りだね」


 フロリアは力強く足を踏み出し、岩山を降り始めるのであった。


***


 ヴァルターランド王国の"暗部"の2人、デリダとジャンは疲れ果てて、アルティフェクスで"根付き"のカルロが経営する宿「緑亭」に戻ると、本国に任務失敗・フロリア死亡の報告を入れた。

 そして一泊だけすると、すぐに本国へ戻る旅をすることになったのだった。

 しばらく休みたいとのはやまやまであったが、どちらもそれを言い出すことは出来なかった。本国に戻ると、2人にとって意外であったのは、そこまでキツイ叱責が無かったことであった。

 どうやら、"暗部"上層部の権力闘争のために、国王自らが発した使命を駆け出し2人が担当したことが問題視され、それを現幹部がごまかすために敵対派閥を攻撃して……というようなことが発生して、この2人を厳しく処分すると"上"の責任も追求しなければならないため、、うやむやにすることになってしまったのだった。

 ただ、当分は次の任務も与えられず、ジャンとデリダは当分、干されることとなった。


"暗部"の長のハンゾーから報告を受けたアダルヘルム王は意外に冷静にそれを受けとめ、厳しい叱責は無かった。

 為政者としては、素晴らしい性能を誇るゴーレムを製造出来る職人を失ったことは今後の国力増強のためにはマイナスとなるだろう。おおいに悔しがるところである。

 だが、共に無頼の日々を送った仲間を懐かしむ、1人の元冒険者としては、結局フロリアを失ったこともなんだか運命のように感じていたのだった。

 フロリアの師アシュレイは、年齢は王よりも7歳ほど年上の女性であったが、繊細で儚げな雰囲気を湛えていて、その美しい横顔は今でも記憶に新しい。

 5年もの間、同じパーティで活動したが、彼女の心の底にあるものに手が届いた、と感じることはとうとう一度も無く、手に触れようとすると消えてしまう精霊の光りのようだとも思ったものだった。

 

「精霊の弟子もやはり精霊か。所詮、私の元に来ることはない運命か……」


***


 コッポラ老人は、もはやエンセオジェンの後遺症か、その後に発症した痴呆症の影響か判別がつかないが、その意識はずっと死ぬまで曖昧な霧がかかった中で最期の日々を過ごすこととなった。

 当初はそれでもまだら模様のように意識が鮮明になる時間もあったのだが、徐々に曖昧な時間が多くなっていったというべきか。

 アンデッドに襲われた後遺症もあり、ほとんど寝たきりに近い状態だったが、その曖昧な意識の中で唯一残った思いが喪失感。フロリアを失った思いか、アシュレイを失った悔恨か、時にジリジリと炎で炙られるような悔恨と焦燥に身を焼きながら、不自由な体はベッドからまともに起き上がることも出来なかったのである。

 そして、そのひどい状態のまま、魔力のお陰で長生きが多い魔法使いだけにその後、20年もの間生き続け、苦しみ続けることになった。

 もっともフロリアがそれを知ったとしても、お師匠様にやったことを考えれば、この老人に同情することは無かったであろう。


***


 パレルモ工房はロドリゴが事実上の廃人になったことで、跡継ぎは娘婿のラウロ・パレルモになった。ただ、ドン・パレルモよりもさらに腕の悪いゴーレム職人であるラウロに製品の品質向上は難しく、しかも、後ろ盾のマルケス伯爵が私兵団を失ったことで政治力が落ち、かつてのようなステイタスは永遠に失われた。もはや、パレルモ工房の製品は他のゴーレム工房の作品と比べても特に優れた点はなくなり、価格も落ちていったのだった。


 アルジェントビルのジュリアーニ商会に、ヴァルターランド王国のクラウス工房の窓口として席を置いていたオズヴァルドは怪しげなペッピーノのようなチンピラを使って暗躍した点を重大視され、他に理由をつけて商会を追い出され、その後、どうなったのか不明である。

 ジュリアーニ商会自体は、その後も汚れ仕事を担当するフアン・デニーロが、裏社会のデブのオラツィオと組んで、相変わらず、アルジェントビルを裏から牛耳るのであった。

 モリア村は、村長達の努力も虚しく、寂れてしまった。度重なる収奪で経済的に大きな打撃を受けた村は、村の中央広場をきれいに直すことすら出来ず、いつまでも騒動の傷跡が残り、それがまた復興を遅らせるという悪循環に陥り、若い世代がほとんど村を出ていってしまったのであった。

今回で第7章はおしまいです。

次回、新しい国に向けて旅立ちます。

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