第134話 基地3
数日経って、どうやらあのロボット達に悪意は無さそうだし、食事に毒を仕込んでいることも無いし、亜空間に潜らないで、ここで寝ても大丈夫だと思う、とフロリアは個室に戻った時にトパーズに言った。
「うむ。私も大丈夫そうだと思う」
というので、そのまま基地の設備を使うことになった。
さしものトパーズも「む、温泉というのは気持ちの良いものだな」とフロリアと一緒に入り、体を洗ってもらいながら、目を細める。
寝る時はトパーズは、フロリアの寝る布団のすぐ脇に丸くなって過ごしていた。
翌朝目覚めて部屋の外に出ると、セバスチャンが待機していて、「我々の部屋を利用して頂いて嬉しく思います」と挨拶された。
ようやくフロリアからの信頼を得た、という意味で言っているのだろう。
自分がやたらと疑い深いと言われているようで、フロリアは少し赤面した。彼らの出す食事を美味しく食べているのだから、寝るときだけ対策しても、あまり意味のない警戒であったかも知れない(もっとも、初日のような食事が続くと体重が心配なので、3日目からは量を3分の1程度に減らしてもらったが)。
基地を一通り見学し終えると、今度は転移魔法陣を使って、他の場所にも行ってみた。ただ、魔法陣が現在まで生き延びているのは、例外なく人里離れた山の中、森の奥などで、正直、面白いものでも役に立つものでもなかった。
「でも、ゴンドワナ大陸に生まれた人って、ガイア大陸のことなんかほとんど知らないんだよね。大人になれば、今みたいに旅していても絡まれたりしなくなるだろうから、こっちの大陸も冒険したら楽しいかも……。ね、トパーズ。その時は一緒に来てくれるよね」
「ああ、構わない」
成体のメスになったら、今のように幼体を侮って絡む者は減るだろうが、フロリアの色香に惹かれて絡む者がずっと増えるだろうから気楽な旅にはなりにくいだろうな、とトパーズは思ったが、今からそれを口にしてフロリアをがっかりさせるほど、空気が読めない聖獣では無かった。
ちなみにこの基地内においても、ニャン丸もモンブランも召喚、送還が思いのままに出来た。
トパーズも従魔契約が出来ていたら、最初のときにフロリアが慌てて迎えに行かなくとも良かったのだが、それは今更言っても仕方ないことであった。
さらに精霊たちも普通に召喚出来たのだが、シルフィードが「風が吹いてない。この場所も風が吹いてないじゃない!」と怒り出し、なだめるのに苦労させられるのだった。
ある程度、社会科見学じみたことが終わった後、フロリアはセバスチャンに前のマスターの事、古代文明のことを尋ねるようになった。
"確か、こうしたことを研究している人も居るんだよね。まあ、ほとんどが役に立つ魔道具を手に入れるのが目的だって、お師匠様が言っていたけど。そういう人たちがセバスチャンのことを知ったら大騒ぎしそう"
実際、現在稼働している古代文明の遺物の持ち主だと分かれば、フロリアはそれこそ一国の軍隊をすべて投入してでも確保すべき重要人物だと認識されるのだろうが、本人はそこまでピンと来てなかった。
「前のマスターのガリレオ様は生涯を通して、1つの仮説を持っておりまして、結局は証明出来なかったのですが、同じく転生人であるフロリア様のお話を承って、仮説の傍証になるのでは無いかと思案いたします」
とセバスチャンは、長々とフロリアと前世日本のことを話しあった後で切り出した。
ガリレオの仮説とは、この世界に転生してくるのは令和の日本人であること。少なくとも平成の終わりぐらいから、令和の5~6年ぐらいまでに限定されるのでは無いか、ということであった。
その短い期間に死亡した日本人のうちどれほどの数かは不明だが、それがこの世界の数千年から一万年以上の間に散らばって転生している、というのだ。彼らはガリレオの死後、古代文明の大崩壊を生き延びて、その後の世界でも転生人と思われる者を見つけると、直接の接触は避けながら、観察をして居たのだという。
一万年前の古代文明の言葉や文字がそのままフロリアに通じるのが、転生人の供給元が狭い時代の狭い期間に限られるという強力な傍証なのだという。
言葉だけではなく、漢字、度量衡や時間の単位、社会制度、料理……。
中には、この世界の事情に合わせて多少の変化して定着したものもあるが、そのままの形で長く残っているものもたくさん有る。
「同じ日本人と言っても、平安時代の日本人の言葉、文字が、現代日本人では専門の教育を受けた研究者じゃ無いと読めない。わずか千年ちょっとでそれだけ変化しているんだ。変化即ち進歩というと安易だろうが、何千年昔の文字がごく普通に使い続けられているっていうのは、もう停滞と言い切って良いと思う」
とガリレオは言っていたそうだ。
ガリレオの生きた時代でも、すでに千年以上にわたって"現代日本語"がそのまま使われてたのだそうだ。
「これは2つのことを意味する。1つはこの世界に転生してくる人間はごく短い期間(平成の終わりから令和の初め)、ごく小さな空間(日本)で死んだ人間ばかりということだ。死んだ時期が5~6年しかズレてないのに、こちらに転生した時期は数千年、もしかして1万年以上に散らばっている」
ガリレオはセバスチャンにそう話したのだという。
「そしてもう一つ。特にこの世界の人間が現代日本人と較べて知的に劣っているという訳ではない。それは伝えられた知識を使いこなしていることからも判る。だが、変化をしないのだ。工夫をしないのだ。彼らは教わったことをそのまま繰り返すだけで、自分たちで工夫をしてより良いもの、使いやすいものに変化させるということをしない。だから、はるか昔に日本人が伝えた言葉が変化をせずに、そのまま"今"転生をしてきた日本人にも通じるのだ。
やはり日本人とはそこが違うのかも知れない。――そして、この停滞した社会に変革をもたらすのがどうやら転生人ばかりだ。転生人が新しい常識を作らない限り、彼らはいつまでも同じことを繰り返している。
逆に言えば、このことこそが転生人がこの世界に転生した意味なのかも知れない。もし神さま的な何かがこの宇宙の何処かに居るのなら、その神さまが俺たちをこの世界に転生させているのは、"変える"ためなんだろう」
そこまで言うと、ガリレオは笑いながら、今のは冗談だ、俺は神さまも仏様も信じてないと言ったそうだ(セバスチャンは仏様という単語を知らなかった、神様にしても当時はまだアリステア女神は存在しなかったそうだ。きっと、ガリレオの後の時代に、転生人の誰かがやらかしたのだろうな、とフロリアは思った)。
フロリアは特に気が付かなかったのでセバスチャンに問うことは無かったのだが、大きな科学文明が崩壊して、再び未開時代に戻った時、その未開時代がもう一度産業革命を迎えて離陸する時に燃料となる鉱物資源はどの程度の残っていたのだろう。
今のこの世界の文明が、魔法の恩恵が発揮されやすい分野では、地球の基準でいうところの近代から近世ぐらいの水準にあるというのに、全体的に見ると中世からあまり進歩していない部分も珍しくは無い……この理由に、この世界の人々が工夫、改善、進歩というものに不向きな精神構造をしているという部分のみは指摘があったが、そもそも鉱物資源がないので産業革命を起こせなかった、という部分が有るのではないだろうか? 古代文明が採掘しやすい鉱物資源をほとんど使ってしまったために、次の人類が自分のためにつかうべき資源が枯れてしまっていたのではないか……フロリアの兄なら、きっとこういう観点から、セバスチャンに質問をしたことだろう。
それはこの金属製のロボットにとっては、古代文明が滅びた原因と並んで答えにくい質問であったろう。
***
フロリアとアシュレイの共同制作のゴーレムを見たい、とセバスチャンは興味津々であった。
定期的にこの世界を偵察していたので、だいたいの魔法や技術の水準はわかっていたので、リキシくんやトッシン、ケンタシリーズを見て、「さすがはフロリア様。当代の技術をはるかに超えておられる」と称賛した。
「しかし、まだ改良の余地はたくさん有るようにお見受け致します。よろしければ、我々の手によって、このゴーレムを改良したいと存じますが」
「ちょっと待って。この子たちはこのままで良いの」
ただでさえ、この世界のレベルを超えたゴーレムを動かしたために、ずいぶんと追いかけ回されたばかりである。厄ネタをさらにヤバいものへブラッシュアップする気にはなれない。
それに、この子たちは、たしかにセバスチャンを始めとするベルクヴェルク基地でたくさん動いているロボットに比べれば玩具のようなものかもしれない。でも、お師匠様と2人で散々、工夫して一生懸命作り上げたのだ。
ゴーレム職人として、完成という文字を使う時は来ないだろうけど、改良改善をしていくのはあくまで、自分の力、工夫に寄りたかった。
「左様ですか」
セバスチャンは特に拘る事無く、フロリアにゴーレムを返したのであった。
***
基地に滞在して3週間ほどが過ぎたころ、フロリアは旅を再開したいので、近日中にモリア村の裏山の遺跡に戻るつもりだ、とセバスチャンに告げた。
この基地での暮らしは実に快適であるし、元々森の奥に隠棲願望があるフロリアだけに、このまま基地でのんびり暮らすのも悪くないと思っていた。
――思っていた、つもりであったが、いざとなると、どうやらそれを実行するには後30歳ほど年をとる必要があったようである。
「まだ、見てないものもたくさん有るしね」
前のマスターであったというガリレオの言葉もフロリアの心に引っかかっていた。
転生人がこの世界に転生した意味。
それがこの世界を良きにつけ悪しきにつけ、変革をもたらすため、というのであれば、ずっと人と触れ合わずに、基地に隠棲してロボット相手に過ごすのは間違いなのだろうと思う。
と、もっともらしくセバスチャンに説明したのだが、実はフロリアにとってもっと切実な理由があった。
昨夜、トパーズと一緒に風呂に入った時
「フロリア、少し肥えたのでは無いか?」
と指摘されたのだった。
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