第130話 崩壊
「クソ、こっちは登山用の装備なんざ持ってねえぞ」
ラザーロはブツブツと文句を言いながら、岩山を登る。標高自体はさほど高い山ではなく、1時間も掛からずに登れる。
本格的な登山用装備など無くても、悪天候でも無ければ登るのに支障はないのだが、さすがに町の治安を守るのに適した衛士の装備は的外れであった。
まだ、防具が軽い革製で金属を使ってないので助かっているが。
洞窟の穴(おそらくは、あれが調査したが空振りだったという古代遺跡の入口だろう)はとりあえず放置して、ラザーロは頂上を目指すことにした。
どの辺を探せば良いのか、知っている者に尋問をしたいが、この山に登っていたという私兵たちは全滅してしまったようだし、あの老人はあの調子では仕方ない。。
「アンデッドの方は私兵の生き残りだったか? それにしちゃあ、まだ切れっ端が残っていたボロの服は兵士っぽくは無かったか」
なにかよろしくないことが進行しているのは間違い無いが、それに深く首を突っ込んで、逃げられなくなると困る。
上司に報告しても叱責を受けないだけの捜査をしたら、さっさと引き上げよう。
「部隊長。あの辺りって、最近崩れたみたいです」
この近辺ではないが、小山と森に囲まれた農村部で生まれ育ち、町に出て衛士になった部下が、岩山の一箇所を指差す。
「ほら、あの辺りの岩肌がまだ新しいです」
違いなんか良く判らねえよ、ラザーロは心中でそう思いながら、その部下が指さした場所を、確認するように命じた。
「気をつけろ。最近崩れたのなら、迂闊に近寄るとまた崩れるかも知れぬ」
「はい、部隊長」
その衛士は身軽に岩を登っていき、十分に距離を置いて、崩れた場所の先を覗き込んでいた。
やがて、
「部隊長! この先の崖んところでがけ崩れがあったんです。下に人間が1人、巻き込まれたみたいですね。わずかに死骸が見えます。まだ子どもみたいです。ああ、アンデッドにならねえでよかった」
「子どもみたいだと!? よしわかった」
ラザーロもその衛士と同じ位置まで登って、下を確認する。うむ。たしかに子どものようだ。血に染まり、その血も乾いてどす黒くなっているし、埃やら泥やらで汚れているが、どうも銀色の髪の毛のようだった。
村人の話だとまだ子どものようであったが、かなり整った顔立ちで、不思議な色香があったのだという。
「もったいねえ話だな。だが当人にとっちゃ幸せだったかもな」
下手に生き延びたら、神隷にされて一生涯権力者の玩具にされ、こき使われることになるのだから。
「とりあえずは、任務完了だな。――だが下まで確認にいかないと後で不備を責められるか?」
もちろん、面倒な崖を降りたくは無かったが、これはやむを得まい。雨でも降ってくれていたら、言い訳になるのだが。
ラザーロは、いやいやであったが、部下に押し付けず自ら降りて、その目で確かめることにした。
信頼できる部下に後を任せると、若くて身軽な部下数名とともに、下に降りる準備を始める。
もちろん、この崖をロープで降下するなどとんでもない。
田舎育ちの部下に、回り道を探させる。
その部下はしばらくまわりを探していたが、「あ、このあたりから降りられそうです」と道を示した。
「ずいぶんと遠回りだな」
ラザーロは顔をしかめる。
「安全第一ですから」
「ああ、判ってる。それじゃあ、降りるか」
――慎重に少しずつ降りていくと、物陰のあたりにチラリと動くものがあった。
気の所為かと思ったのだが、
「ラザーロ部隊長。あそこに何かいますぜ」
目敏い部下が、その物陰を指さした。
「うむ。調べよう」
部下達が近づくと、その物陰から人間が飛び出してきた。
「うわっ」「近づくな!」
部下達は慌てた声を上げるが、その人間は足場の悪い岩場とは思えないスピードと身のこなしで、部下の一人に急速接近したかと思うと、キラリと長い刃が太陽を反射して輝く。腰の剣を抜いて、切りつけたようだった。
その部下は「ぎゃあ」という声をあげながら、岩場に倒れた。その場に倒れたので、下まで墜落せずに済んだのは幸運だ。
落ちたら、確実に死んだことだろう。
「貴様! おい、逃がすな。あ、だが迂闊に近寄るな」
ラザーロも含めて、崖を降りていた部下たちは、身軽に動くために剣を外して、僚友に預けている。油断ではあるが、彼ら衛士は町の治安を守る警察業務が主任務で、戦争屋ではないし、この岩山が戦場であるとの認識も持っていなかったのだ。
崖を降りている途中の部下達はそれでも携帯している小刀や手斧を抜いて構えた。
「おい、剣を捨てろ。大人しくしろ。貴様、何者だ!!」
謎の男に投降を呼びかけるが、声に迫力がないのは如何ともし難い。
男は、数日ぐらい屋根の下で寝ていない、といった雰囲気で、衣類は汚れ、何か所も破れている。目が熱に浮かされたようにギラギラを輝き、無精髭が見苦しい。
だが、その気迫は普段といささかも衰えることはなかった。
その男はマルケス私兵団のステファン小隊長であった。
あの時、山から団長の救援要請に従い、モリア村に急行したが、その時にはすでに戦闘はピークを迎えていた。部下たちは、すぐにオーガとの戦闘に加わり、ステファンは少しだけ時間をとって全体の状況把握のため、わずかに離れた場所にいたのであった。
それが生死を分けた。老魔法使いレベッカの無理心中めいた作戦はオーガをほとんど壊滅に追い込んだが、同時にマルケス私兵団も全滅していた。
レベッカの蜘蛛の巣のわずかに外にいたステファンを除いては。
だが、そのステファンも雷魔法の影響をすべて逃れた訳ではなかった。特に足に強いしびれを感じ、遠くまで歩くことができなくなり、これまで村の近くの荒野に潜んで回復を待っていたのである。
私兵団とリベリオ団長に対しては強い忠誠心を抱いていたステファンであるが、兵団が壊滅したとなれば、もうお役御免である。
だが、このまま1人でアルティフェクス、そしてマルケス伯爵領に帰還したら、確実に殺される。何しろ、任務に失敗して、1人で逃げ帰ったのである。口封じされると思った方が良い。
だが、ステファンには他に行く宛もなく、それで考えた末、フロリアの死体を漁り、なにか有用な魔道具でも無いか、あるいは売り物になるような情報を入手出来ないか、探ることにしたのだった。
マルケス伯爵領には帰れないとしても、裏の仕事をする人間を欲しがっている権力者は多い。超絶ゴーレムの手がかりを手土産にそうした権力者の懐に潜り込めさえすれば、己の剣の腕は十分に重宝がられ、生きていく場所を得ることが出来る。
ようやく足の調子が戻ってきたステファンは、また岩山に登ったのであった。ところがそれがアルジェントビルの衛士隊の登山を重なり、しかも潜んでやり過ごす筈が発見されてしまったのだった。
「こうなれば、1人でも多くの雑魚を斬り捨てて、血路を開くまでだ!!」
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