第129話 マスター就任
「うん、どうすれば、私はそのマスターになれるの?」
フロリアは勢い込んで聞く。
「まずは、数千年振りのお客様です。このような場所ではなく、応接の間にお越しください」
「……うん」
気が急くが、あまり急かしてへそを曲げられても困る。この金属製の表情の全くない顔をしてる癖して、どこか人間的な受け答えをするセバスチャンを、フロリアは無意識のうちに感情があるように感じていたのであった。
応接の間というのは、体育館のような転移魔法陣が置かれた部屋のすぐとなりであった。魔法陣のある部屋が玄関に相当すると考えれば、応接室が隣なのは不思議はない。
この世界の上流階級は、前世で言えば19世紀的な感性しか持ち合わせていないので、中世風の豪奢な装飾や調度品に埋まったような部屋だけが上質な部屋と信じて疑わない。そうした人間が見れば、この部屋にはがっかりするだろう。
しかし、前世の記憶がしっかり残っているフロリアには、このシンプルで飾り気の無い部屋がとんでもなくお金が掛かっていることがすぐにわかったのだった。恐ろしく座り心地の良いソファに座ると、セバスチャンとはまた違ったロボットがお盆に紅茶のセットを載せて持ってきた。
乳白色のティーカップにソーサー。銀のスプーン。そしてもう一つのお皿にはショートケーキと、スプーンとおそろいのフォークが載せられていた!!
ショートケーキなど、前の女子高生であった時に食べて以来。
こちらの世界では甘味は超高級品で、森の中に暮らしていて偶に田舎の村に顔を出す……程度の生活をしていては口に入るものではない。時折、甘酸っぱい果実が森の中で採れたら嬉しくてはしゃぎまわる、といったものであった。
紅茶の方も、香り高く、とても美味しそう。
「数千年も人間が来なかったのに、ずっと準備していたの?」
「材料はその通りでございます。時間停止効果のある異次元の倉庫で保管しており、フロリア様を確認した時点でおもてなしのために、製造したものでございます」
……せいぜい10分かそこらで作れるものなのだろうか?
気になったが、見た目はとても美味しそうである。
この紅茶とケーキに何らかの薬物が入っていないとも限らない。出された時に解析スキルを使ったが毒は検知されていない。しかし、このセバスチャンが体現している古代文明はフロリアの文明レベルをはるかに超えている。
フロリアには感知出来ない毒が入っていないとは限らない。
「ご心配には及びませぬ。誠に失礼ながら、フロリア様を拘束するつもりであれば、最初にお姿を拝見した段階で実行しております」
このロボットたちがどのぐらいの戦闘力があるのか未だ不明であるが、フロリアには勝てる気がしなかった。
数秒の逡巡の後、結局、甘味の誘惑に負けて、紅茶で口を濡らしてから、ケーキを一口食べる。
「美味しい……」
涙が出そう。
「このぐらいのものでしたが、一日一個、お出し出来ます。以前のマスターの命令で健康維持のため、それより頻繁にはお出しできませんが」
フロリアの前面のソファの斜め後ろに起立しているセバスチャンは言った。どうやらロボットたちは人間様のためのソファには座らないようであった。
そもそも、彼らの体の構造で座るという動作が可能なのかどうかは分からなかったが。
あ、いけない。ケーキに没頭して、トパーズを忘れるところだった。
「それで、セバスチャン。マスターになるためには……どんな試練なの?」
「試練などではありません。ただ、前のマスターはこの基地を残して去る時に、次のマスターも自分と同じ過去を持つことを望まれていました」
「同じ過去?」
「はい。これからいくつかの質問をさせていただきます。それが前のマスターの残した正解と一致すれば合格となります」
……。
フロリアは絶句した。
相手は数千年も前に生きた、全く違う文明で生まれ育った人間である。それと同じ知識を持っていないし、同じ発想など出来る筈もない。
いや、こうした科学技術の結晶のような施設を譲り受けるための質問なのだから、科学知識について尋ねられるのかも知れない。
フロリアはアシュレイに習った魔法の技術については、同時代の人間の水準を飛び抜けた知識があるし、前世はどちらかと言えば文系の女子高生だったとは言え、やはり科学知識についてはこの時代の一般人の水準をはるかに超える。
だからと言って、その程度でその"前のマスター"さんの要求を満たせるとは思えない。
"それに、科学技術とは限らないか。数学とかかも知れない。
三角関数はかなり怪しいし、微積分になるとちょっと……。
あ、あとおたく知識はお兄ちゃんのせいで、普通の女子高生よりは詳しいかも"
そんなことを考えていたら、
「それでは、宜しいでしょうか、フロリア様?」
合成音声なのに、ほんの少し怪訝そうな色をにじませてセバスチャンが聞いてきた。
「あ、大丈夫です。それじゃあ、開始して」
「まず第一問です。平成の次の年号を答えよ、です」
「へ?」
ソファに座っていなかったらずっこけたところだった。
念のために聞き直しても、やはり同じ質問であった。
「ええと、令和」
「正解です。ルパンの仲間の五エ門の有名なセリフを一つ述べよ」
「またつまらぬものを斬ってしまった」
「第三問、二刀流といえば?」
「宮本武蔵」
「……」
「大谷翔平」
「全問正解です」
「そっちかよ」
「は?」
「何でもないです」
「左様ですか。とにかく、これでフロリア様はこのベルクヴェルク基地のマスターの資格を満たすことを証明されました。ただちに登録作業を行います。……登録完了しました」
「そ、そうなの。ありがとう、セバスチャン。……この基地のマスターって転生人だったの?」
「前のマスターの生きた時代ではそのような名称ではありませんでしたが、フロリア様の質問の意図の通り、この世界に生まれる前の記憶を持って居られました。日本という土地の横浜という県に暮らしておられたとのことでした」
フロリアはとっさにそりゃ神奈川県だと突っ込み損ねた。
きっとショートケーキ好きだった前のマスターさんは、同じ転生人に自分の人生をかけた成果を譲りたいと考えたのだろう……。
その前のマスターという人とお話がしたかったな、とフロリアは粛然とした思いであった。
でも多分話は合わない。こんな問題考えつく感性についていけそうにない。お兄ちゃんなら友達になったかも知れないけれど。
「詳しいことは後で聞くね。一旦、もとの場所に戻って、お友達を探さないと」
「かしこまりました。それでは新しい転移石をお持ちします」
もとの転移部屋に戻ると、すぐに別のロボットが転移石を持ってきた。使用法はこの石を持って行きたい場所を思い浮かべながら、魔法陣に乗ると自然に発動するのだそうだ。
ここに来る時には、もちろんこの場所を思い浮かべた訳ではなかったが、今では稼働している魔法陣はごく少なく、一番強い魔法を発現するこの場所が選ばれたのだろう、ということだった。
石を持たないトパーズを一緒につれてくるには、要するにフロリアの近くにいて、権限を持つフロリアが一緒に転移したい、と思えば良いのだという。
「準備良し! トパーズ、待っていてね」
フロリアはまた、岩山の遺跡に転移で戻ったのだった。
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