第124話 再び岩山
コッポラ老人に対する、フロリアの尋問はかなりの長時間に及んだ。
アシュレイが工房から逃げる間際の最後の頃の様子を詳しく話させたのだ。
フロリアは、イルダ工房のイルダからもらった、アシュレイの研究ノートには書かれていない事柄を知りたかった。
アシュレイの言動のどこかにヒントが隠されているかもしれない。
しかし、ともすればコッポラの話はアシュレイ(サンドラ)の仕事の中身に行かず、その容姿やアシュレイがもたらす莫大な富と名誉の話にばかりそれていくのであった。
フロリアはまだ12歳の少女。
ともすれば、下世話な話題にいきがちな、この薄汚い老人の話にかなり辟易してきていた。
大好きだったお師匠様が、この品性下劣な老人にひどい目に遭わされていた話なんか聞きたくはない。
"なんか、また熱がでそう"
そして、尋問が進むうちに、どうもこの老人は、そもそもアシュレイが錬金術師としてどんな仕事をしていたのかよく理解できていなかった、理解しようとするほど興味がなかったのだと、判明してきた。
「それでよく弟子だなんて言えたものですね? お師匠様に寄りかかって、寄生していただけじゃないですか」
エンセオジェンで朦朧として、さらに呂律が怪しくなっている老人を詰っても仕方ないのだが、フロリアもこうした言葉が口をついてでてくる。
しまいにはこの老人をいくら尋問しても、遺跡攻略のヒントなど出て来ないのでもう諦めたほうが良さそうだという気がしてきた。
"でも、そうなるとこのおじいさん、どうしよう。解き放ったら、碌なことにならなそうだし、トパーズの言うように永遠に何も話せなくなるように口封じしてしまうのが良いのかも"
期せずして、アシュレイの苦しみの何十分の一かでも、この老人に仕返しすることにもなる。
しかし、その無益とも思える、果てしない尋問の末に、やっとコッポラ老人は気になることを言い出した。
アシュレイ(サンドラ)はあの頃、何の役にも立たない魔晶石を造りたがっていたのだという。
「あ、あの馬鹿おんにゃは言われたことだけやっとけば良いもにょを、な、な、何の役にも立たない魔晶石作りなんぞにうちゅちゅを抜かしおって。
ええと、あれはなんというおんにゃであったかな、下請けの魔晶石作りのおんにゃ魔法使いとつるんで、なにやらごちゃごちゃやっておったが、結局ものにはならなんだな。
少し才能があるからって、好きにさせればすぐに要らぬことを始める。だからおんにゃというのは駄目なのだ」
「黙れ!!」
トパーズが不愉快そうな唸り声を上げる。しばらく前から、興味無さそうに少し離れた場所で寝ていたが、時々起きると、不快なことを話すコッポラを一喝するのだった。
威圧を込めたトパーズの一喝にコッポラはビクッと震えた。
「それで、お師匠様が作っていた魔晶石ってどんなものだったんですか?」
「ああ、なんだっけ……かな。……確か、ああ、魔晶石だ。魔晶石をとことん単純化して、た、単結晶とか言っていたようにゃ気がする」
「単結晶の魔晶石なら実現したらゴーレムの人工人格を書き込む基盤を作るのに役立ちますよ」
フロリアはコッポラ老人の「何の役にもたたない」に反論するが、確かに単結晶魔晶石を使えば人工人格の精度はあがるものの、それよりも回路を書き込むための魔法金属を撚り合わせて作る鋼線を精緻化するほうがよほど結果が出やすい。
フロリアがアシュレイとともに作成したリキシくんもトッシンもケンタシリーズも、基盤には単結晶を使ってはいるが、極端な性能アップは実現出来ていない。少なくとも単結晶魔晶石を作る労力を考えれば……。
「そういえば、イルダさんんもお師匠様はすごく単結晶魔晶石にこだわっていたって言っていた。もしかして、それが鍵なんじゃ……」
フロリアは収納から単結晶魔晶石を取り出す。この前、イルダに見せたあの魔晶石である。
それで、ずっと何の反応もなくフロリアを拒み続けてきた壁にあてる。
「認証しました」
フロリアの頭の中に機械的な抑揚のない声がしたかとおもうと、それまで何の反応もなくフロリアを拒み続けてきた平滑な壁がゴトリと音を立てて、建物の出入口のドアぐらいの面積が数センチ奥に引き込み、2つに割れた。
「やっったああ」
フロリアは小躍りするように跳び上がると、それでもいきなり中に入らずに、そうっと中を覗き込む。
内側は壁が開くと同時に天井の一部が淡く発光して中を照らす仕組みであったようだ。それよど広くはないスペースで、天井も床も壁も非常に平滑で飾り気のない部屋であった。
まるで前世の日本の完成したばかりでまだ入居者がいない、オフィスビルの一室のような機能的でそっけない部屋。内装も何も無かった。
ただ、オフィスビルにはないものが一つ。部屋の真ん中の床に直径3メートル程度の魔法陣が描かれていたのだった。
そして、入口のすぐ近くの床に紙を束ねてノート状にしたものが置かれている。
「お、おい。しょれは何だ? いしぇきか? シャンドルが残したのか? そ、それだったら儂のもんじゃ。しゃわるんじゃない!!」
コッポラ老人が今の場所から立って移動するな、と命じられているために、エンセオジェンの影響で座り込んだまま、手に届かない位置にある玩具を欲しがって泣く幼児のように、叫ぶ。
コッポラ老人の滑舌がさらに悪くなり、いよいよひどくなってきた。しかし、何を言っているのか判らなくとも、何を言いたいのかはわかる。
これだけ薬の影響も受けて、ボロボロになっているのに、物欲、名誉欲だけはいささかも衰えをみせぬコッポラ老人の姿はある意味、凄みがある。
前世の呑気な女子高生だった頃のフロリアだと、この凄みに呑まれてしまったかもしれないが、今の12歳の少女であるフロリアはこれでも経験を積んでいる。
「おじいさん、うるさいですよ。もう用事はないので、そこで寝ててください」
と命じる。
「い、いやじゃ。儂にもにゃかを見せてくりぇえ!!」
老人は薬の影響に抗して立ち上がろうとするが、あえなく地面にへたり込む。
トパーズは起き上がるとスルリとへたばったコッポラ老人の背中を前肢で抑えると、「寝ていろ、と言われたのだ。大人しく寝ていろ」とドスの効いた声でささやく。
フロリアは、眠りの精霊であるザントマンを呼び出す。
「この人を眠らせて」
「うん。どれぐらい?」
「自然に目が覚めるまで」
「分かった。この人の体調次第だけど5~6時間ぐらいかな」
ザントマンはふわふわとコッポラ老人の方に漂うように飛んでいくと、「眠れ、眠れ、静かに眠れ。寝ないと黒くて怖い猫がお前を食べてしまうのだから」と子守唄のような歌詞を節を付けてつぶやく。
数分もしない内にコッポラ老人は眠りにおち、そのままいびきを立て始める。
「だれが猫だって?」
ザントマンの魔法に巻き込まれないように、前肢を引いて、体を離していたトパーズがクレームをつける。
「怖いよ、黒くて怖いよ」
ザントマンはそう歌いながら、フロリアのもとに戻ると、すぐに送還されたのであった。
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