第123話 アルジェントビルの衛士隊
篤実な中年男のラザーロは、代官の命令に従い、部下の衛士を引き連れて、アルジェントビルの町から徒歩1日程度の場所にあるモリア村へ急いでいた。
本来は、ラザーロが属する衛士隊は町の治安維持が主任務であって、近隣の村までは守備範囲から外れる。
しかし、冒険者がいないこの国では町の外の魔物退治、盗賊退治は国軍の任務になるのだが、到底間に合うものではなかった。
結局は衛士隊が面倒を見るか、それも間に合わなければ領主が私兵を抱えることになる。
他国には領主が指揮権を持つ領軍があり、冒険者がいるのだが、この国では「兵は皇帝ただ1人につかえる」という国是があって領軍という制度は無いし、正統アリステア教を信奉しない冒険者ギルドは無い。
しかも王国の中枢部は警察組織である衛士隊が軍隊並みの兵力、装備を持つことを嫌がっている。
結局は、領主が怪しげな傭兵を雇い入れて、非公式な傭兵団を持つしかなくなるのだ。リベリオ団長が率いるマルケス伯爵の私兵団のような。
ラザーロとしては、口が裂けても言えないのだが、この不合理な体制がいつまで続くか怪しいものだ、と思っている。
この国は全てにおいていびつすぎるのだ。
ラザーロだけではなく、殆ど全ての国民が思っていることだが、しかし、それが変わる前兆はいまだ感じられない。
仕事には熱心なラザーロであったが、こうした余計な仕事のために部下を消耗させたくはない。命じられた最低限の任務を果たしたらさっさと町に帰るつもりであった。
それに……。
今回の任務はどこか胡散臭い。
村人達の訴える不可解な戦闘による犠牲の調査と復興の手助けが主任務なのだが、町を出る前に代官から直々に呼ばれてもう一つ秘密任務とも言うべきものを預かっていた。
「銀色の髪の少女ねえ」
その少女の情報収集をして、もし発見した場合には捕縛しろ、という命令である。ただし、決して殺してはならない、そしてこの命令は決して外部には漏らしてはならない、とも。
普段は市中の治安維持を担当しているので、いわゆる悪所の情報にある程度通じているラザーロは、デブのオラツィオが最近、妙な動きをしていることは知っていた。
しばらく前に、オラツィオの身内が、市内の様々な場所で「銀色の髪の少女」を探し回っていたのだ。衛士にまでその情報が流れてくるぐらいだから、かなりおおっぴらにあちこちで聞き回っていたらしい。
それも時期的に、ゴーレム暴走事故との関連が疑われる。
あの事故は、奇妙な展開を見せていて、聖都のお偉いさんの娘が巻き込まれた割りには徹底的な事故調査などは無かった。目撃者が多かったので、さすがにもみ消すのは不可能であったが、町の代官側が早く風化させてしまいたいという意向を持っているのが透けて見える。
事故の様子について、酒場などで少し喋りすぎた市民などは「町の治安を乱す」という名目で引っ張ってきて、脅かして静かにさせろ、等という指示まで内密に回ってきたぐらいだった。
代官をはじめ町の重鎮達がそのような行動をとるのは、やはりあの謎のゴーレムが原因であろう。
現在のゴーレムの性能をはるかに超える怪物的なゴーレムで、唐突に現れ、煙のように消えてしまった。
銀髪の娘がそのゴーレムと何らかの繋がりがある、ということなのだろう。
「しかし、それを目立たないように調査しろって……」
おおっぴらにしないということは町の代官がゴーレムに関する様々なことを私物化しようとしているという意味である。
ラザーロは、母国の大方針である「神隷(魔法使い)は皇帝と帝国のために全てを捧げる」という教会の教えを、何の疑念も抱かずに信奉するほどナイーブではなかった。アルジェントビルという、けっこう他国の商人も多く訪れる町で生まれ育ち仕事をしているだけに、他国の人間がどう考えているのかも知っていたのだ。
しかし、町の衛士隊の部隊長であるラザーロが、正統アリステア教の基本的な教義の一つに大っぴらに疑義を表明するなど、ありえないことであった。内心どのように思っていても、それはそれである。
ともあれ、代官の命令は、この国の大方針を裏切り、個人の利益のみを追求する背信行為の匂いがする。
それが表沙汰になった場合、実行部隊であった自分の身にどのような災難が降りかかることか。
「これは、多少立ち回りを工夫せにゃ、火の粉をかぶることになりそうだぞ」
篤実であっても、中年の域に達するまで衛士隊を大過なく務め、部隊長にまで出世するのだから、その程度の腹芸は使えるのであった。
それにしても、このモリア村への部隊には、魔力持ちのティベリオまで臨時で同行させられている。ティベリオは、人口1万人に1人と言われる魔法使いと呼べる程の魔力は持っていないが、100人に1人程度の「魔力持ち」には入る男であった。
魔力持ちはそこまで珍しい存在ではないが、神隷(神の奴隷)扱いされる魔法使いに準じて、この神聖帝国では生きるのに苦労を強いられる存在であった。
特にティベリオは、魔力持ちレベルでは珍しく従魔と契約出来る従魔使いであった。従魔を虚空から召喚する召喚術師ではないので、従魔はティベリオと同行しているのだが、これが割りと遠くまで飛ぶことが出来る鳥で、その首に下げた筒の中に連絡文を入れて、通信することが出来るのだ。
アルジェントビルとモリア村の間ぐらいであれば、ティベリオの従魔の鳥は1時間程度で到達する。
普段は、代官の役宅と聖都、代官が属する貴族の派閥の領地間を往復するのが仕事であったが、今回は特に貸し出されたのだ。
比較的珍しい鳥の従魔使いを貸し出すあたり、代官の本気度が伺われるのであった。
「ま、うまくティベリオを使わずに済ませるつもりだがな」
***
モリア村に到着したラザーロ部隊長は早速、村長を呼び出し、事情聴取を始める。とは言え、村に役人や重要な来客があった場合に使用する村長宅は焼け落ちて仕舞っていたので、被害がでなかった家のうち、割りと小綺麗にしている農家を使ったのだった。
小綺麗にしているとは言え、町育ちで町暮らしのラザーロには土の匂いは少々辟易するものであった。
もっとも、この時代の町はかなり不潔でもあり、匂いも相当なものだったのだが、それにはラザーロは子どもの頃から馴されていたので特に何も感じてはいなかった。
村長の話では、まずはアルジェントビルから来たと思しきチンピラが村に滞在したと思ったら、身元不明の兵士たちが来て、そのチンピラを排除し(彼らを埋葬した場所まで、実は村人たちは知っていた)、何日も我が物顔で居座っていた。
そして、魔物となんだか分からないがすごい魔法を使う者の襲撃があって、そのなぞの兵隊たちも魔物もやられた仕舞ったのだという。
死骸は一通り、村人たちが埋めた後であったが、それについてラザーロは特に問題にしていなかった。科学的捜査法などない世界である。死後何日も経過した死体など見ても何もわからないし、それより感染症の蔓延やアンデッドの発生のほうがよほど厄介だ。
どこの誰か分からない兵士たちが居座るという災難に遭いながら、なぜ村長が町に助けを求めなかったのか……。
普通であれば当然聞くべきことだが、ラザーロは敢えて聞くことをしなかった。下手に騒ぎ立てて、そのならず者の兵士達がどこかの大物貴族(教会の大物)に繋がっていたりしたら、後の仕返しが恐ろしかったのだろう。
それが判っていたので、下手に村長を責めるような話題を振って、こちらに警戒心を持たれることを避けたのだった。
そして、話の肝になったのは、なぜ次々にチンピラや正体不明の兵士がやってきて、何をしていたのか、であった。
村長はあっさりと「銀色の髪をしたまだ未成年の少女」のことを口にした。
チンピラも兵士もひどく真剣にこの少女を探していたのだという。
少女のことは、素知らぬ顔でやり過ごす、というわけにはいかなくなった、とラザーロは内心うんざりしながら、
「ほう。その少女を実際に見たものは居るのか?」
と尋ねざるを得なかった。
「村の主婦たちが何人か見ております」
「後で、その者たちも呼び出せ」
そして、兵士たちはどのような根拠に基いてのことか、村長にはわからなかったが、毎日少女を探し求めて、岩山に登っていたのだという。
「岩山?」
「へえ、村の奥にある山でございます」
「そこになにかおもしろいものであるのか?」
「いえ、何もございません。20数年前に古代文明の遺跡が見つかって、お偉い学者様なぞが調べていたのですが、結局、何も見つからなくて、その後はずっと放置しておりました。
山とは言っても、禿げた岩山で、鳥や獲物もあまりおりませんし、あまり高度がないのに険しくて、絶壁になった崖なんぞもあって危ないものですから……」
こんなところまで出張ってきた挙げ句に、山登りかよ。ラザーロはげんなりしたが、これも調べなくてはならないだろう。
さすがに代官にまともに報告出来ないようでは困る。
「それでは、我らも明日より、その岩山に登る。案内の者を出せ。あ、それから、当分の間、食糧と就寝場所を供出せよ」
ラザーロの言葉に村長は暗い顔を一層暗くしたのだった。
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