第122話 コッポラ尋問
「それじゃあ、おじいさんはむかし、お師匠様のお師匠様だったんですか?」
「師匠? お前の師匠はサンドルだったのか?」
「ええ、ここの国に居る時にはそういう名前だったみたいですね。私は知りませんでしたが」
「ならば、確かに儂はお前の師匠の師匠だ。お、お前の大師匠にあたるのだ。無礼者め、とっととこの縄をほどかんかあ!!」
なんと応答するか悩むフロリアだが、トパーズが鼻で嗤う。
「簡単に騙されるなよ、フロリア。
あのアシュレイの師匠ともあろう男が如何に老いぼれたとは言え、この程度の束縛も解けないことがあるか。しかも、あんな怪しげな兵士もどきなんぞに追い使われていたなど。
せいぜいが同じ工房で働いていたとか、そんな程度の関係に過ぎぬさ」
ハッとしたフロリアは、老人のペースに巻き込まれてはならないと思い直す。
そうだ。アシュレイとこの老人を比べると、あまりに実力が違いすぎる。
「ほ、本当だ。儂は工房の親方で、シャンドルは弟子の錬金術師の1人で成人すると同時に工房に見習いとして入って、儂が一人前に育てたようのだ」
老人はだんだん呂律が怪しくなってきていた。
フロリアはイルダの話を思い出していた。あまり詳しくは教えて貰えなかったが、イルダの話によると、その頃のアシュレイ(サンドラ)は不世出レベルのゴーレム職人にして薬師であったが、今ではその名前はほとんど知られていない、ということであった。
「業績は全部、奪われたから」とイルダは言っていた。その他にも「エンセオジェンという薬を使われていて、それに耐性が出来るまではずっとまともに実力を発揮することも出来なかった」とも……。
「ああ、つまりお師匠様の業績を盗んだのがおじいさんだったんですね」
「な、何だと!! 儂を馬鹿にするのもいい加減にせんか! シャンドラは常に儂を尊敬して、儂らは特に親しい子弟であったのじゃ。おおじぇいの弟子を抱える忙しい身だが、手づから丁寧に一人前になるまで仕込んでやったのだ!!
お前もシャンドルの弟子ならば、さっさと縄を解け。この不忠者が!! 今ならまだサンドラに免じてお前を許してやる。
ああ、そうだ。お前も一人前になる迄、しっかりと仕込んでやるぞ!! シャンドルと同じように!!」
急にコッポラ老人の目に浮かんだ奇妙に熱を帯びた光にフロリアはなにか気持ちの悪いものを感じて、思わず身をすくめた。
女性が持つ本能的な警戒心を呼び起こす、忌まわしい目つき。
ああ、そうなのか。
フロリアは以前から、薄々とは感じていたが、はっきりと認識するのが忌まわしくて敢えて脳裏から振り払ってきていた疑念が、ここにきて明確な形になってきていた。
イルダは明確に言葉に出さなかったが、これまでの断片的な情報と合わせれば、さすがのフロリアにも色々と推察出来ることはある。
お師匠様は、成人前後ぐらいから亡命するまでの10年以上の間、エンセオジェンを盛られて自我を奪われ、奴隷的に働かされてきただけではなく、性的に凌辱されてきたのだ。
この眼の前の男に。
イルダ工房にイルダを訪ねたときの最後の会話を思い出していた。
あの時、イルダはヴェスターランド王国とはアリステア神聖帝国を挟んで反対側とは言わないまでもかなり方角が違うシュタイン王国の商人の男性を探して訪ねて見てほしいといっていた。
その様子から、きっとお師匠様の昔の恋人なのだろうと、フロリアには予測がついたのだが、なぜ、その恋人であるヴィーゴさんという商人と逃げなかったのか、不思議に思っていた。
きっとこの眼の前の老人のせいで、その時にはすでにお師匠様はとても好きになった人と長く添い遂げられるような心と体じゃなくなっていたのだ。
"そういえば、私と暮らしていても、すぐに息切れしたり体調が悪くなったりしていたものね。大抵はポーションでごまかしていたけど……"
長生きの多い魔法使いでありながら、アシュレイは50歳を幾つも過ぎないうちに、生命の炎は燃え尽きてしまった。
あの優しかったお師匠様がそうなった責任のどれぐらいがこの老人にあるのか分からないし、判りたくもなかったが、フロリアは生まれて初めて、眼の前の人間に対する殺意を覚え始めていた。誰かを怒ったことはあっても、殺意を抱いたのはこれが始めてだった。
「おい、どうした? 黙りこくって! とっととこのにゃわ(縄)を解かぬか、ノロマが!」
「おじいさん。いま、エンセオジェンは持ってる?」
「にゃ、にゃに」
コッポラにはフロリアの意図が掴めなかった。
「持ってるなら、頂戴」
フロリアは蔓草に老人の服を探って、持ち物を検査させた。本来ならば、捕縛した段階で身体検査をして、武装解除しておかなければならないのだが、経験豊富とはいえないフロリアはそれを思いつかなかったのだ。老人が相手を瞬殺できるような武器を持ち合わせていなかったのは幸運であった。
「あ、これね。収納スキルか魔道具の収納袋にでも入れておけば良いのに。お師匠様の師匠という割りには、何も持ってないんだね」
フロリアは蔓草が探し出した、小瓶に入った錠剤を眺める。もちろん鑑定スキルを発揮して、その錠剤が忌まわしいエンセオジェンであることはわかっている。
「これを私に飲ませて、言いなりにさせようとしていたのね。お師匠様とおんなじように」
「ち、ちぎゃう。いや、これは、その護身用じゃ。儂は本当にお前のことを心配しておったんじゃ。きゃわいい弟子だから。こんにゃものを使うつもりなど無かったのじゃ!!」
「ふうん。――そういえば、この前、パレルモ工房のロドリゴさんにエンセオジェンを飲ませた時にはなんかとっても聞き分けが良くなって、知りたいことを色々と教えてくれたんですよ。おじいさんもちょっと試しに飲んでみる?」
「ほう。それは面白い。私が手伝ってやろう」
トパーズは人の姿に変化した。
冒険者時代のアシュレイの姿に。
「ひ、ひいい。シャンドラ!!」
帝国を亡命してヴェスターランド王国に来てすぐの頃の姿なので、コッポラ老人にとっては見覚えのある容姿とほぼ一緒であったのだ。
「お師匠様の姿を怖がるって、やっぱりなにかお師匠様に恨まれるような身に覚えがあるってことですよね」
「ち、違う! 儂はシャンドラとは愛し合っていたのじゃ。弟子と師匠というだけではない、と、特別な信頼関係があって、こ、こ、子どものお前には判らぬ事じゃ!!」
「余計なことは言わないで!! さあ、早くこの薬を飲んで」
アシュレイの姿をしていて、見た目は女性の細い腕だが、そこに秘められた力は聖獣トパーズのものだ。老人はあっけなく顔を上に向けられ、口をこじ開けられ、薬を放り込まれ、さらにフロリアの水魔法で水流を流し込まれた。
あまり大量に流し込むとむせて薬ごと逆流しそうなので、200CC程度である。
それでも老人には多すぎたようで、水が全部入ってトパーズが手を離すと、老人はむせて咳を繰り返しながら、地面をのたうち回った。
「ありゃ、やりすぎちゃったかな。ロドリゴさんとは年齢が違うからなあ」
フロリアは、人を殺すことに対しては相変わらず強い忌避感があるのだが、この手の拷問じみたことは割りと平気だ。
今回はエンセオジェンがあったので手短にそれを使ったが、無ければ人体にダメージを与える系の拷問も特に躊躇はしないであろう。
普段から魔物ならば平気で殺せるし、解体も出来る。血には慣れているのだ。
それに、多少やりすぎてしまっても、「死ぬ前に治癒魔法を掛ければ良いんだし」と気楽に考えている部分もあった。
数分たって、ようやくコッポラ老人の体の震えが収まってきたのを確認したフロリアは、蔓草に老人の拘束を解くように命じた。
もう反抗的ではなくなる筈であった。
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