第12話 クレマンとの対話
フロリアはなんと答えようか迷ったが、隠しても仕方ない。いずれは判ることだ。
「はい。先日、亡くなりました」
と素直に答えた。
ギルドがどこからその情報を得たのか? 少し考えればレソト村しか無いし、先日のレソト村の様子からすれば、この時点で警戒レベルを引き上げるべきだったのだが、この時のフロリアはまだまだ迂闊な少女であった。
「やはり、そうですか。それはご愁傷様です。私は直接、アシュレイさんとは取引がありませんでしたが、このギルドではアシュレイさんの魔道具には世話になっていたので、残念です。
ご冥福をお祈り致します」
とクレマンは沈痛な表情を浮かべて、首を振る。
「ただ、そうなると1つ、困った事があります」
「はい?」
「アシュレイさんが亡くなった時点で、彼女のギルド会員として資格は喪失します。それと同時にアシュレイさんの補助者であったあなたの資格も喪失しているのですよ。
この商業ギルドでは、商業ギルドか錬金術ギルドのどちらかの会員の互助機関であるので、今のフロリアさんからモノを購入することはできないのです」
フロリアは返答に窮した。売れないとなると、お金が手に入らない。
あ、そうだ。それなら。
「それじゃあ、私が自分で錬金術ギルドの会員になります。ここに出したぐらいの魔道具なら私でも作れますから、資格は十分だと思います」
「これを作れるのですか、あなたが」
再び、クレマンの眼の奥がかすかに強欲そうな光を帯びたが、やっぱりフロリアは気づかない。
「それは良いのですが、困りましたね、ここは商業ギルドです。錬金術ギルドの業務は委託していますが、その中に登録業務はないのですよ。あくまで買い取りや、魔道具製造のための原材料の提供程度なのです。それに、見たところフロリアさんはまだ未成年ですよね。あと錬金術ギルドも商業ギルドもかなり登録料は高額になりますが、フロリアさんに支払えますか?」
ここで、クレマンはいくつか嘘を交えていた。
まず、商業ギルドでは錬金術ギルドの会員登録を受け付けていないのは事実だが、仮登録ならば可能なのである。そして仮登録すれば、魔道具の買い取りは可能になる。
もちろん、後で近隣の錬金術ギルドの支部のある町まで行って、本登録する必要はあるのだが。
また、魔法使いが能力を発現する年齢はまちまちなので、錬金術ギルドには年齢制限は設けられていない。
これが、生命の危険を伴う冒険者ギルドとなると成人(この国では15歳))までは見習い冒険者扱いのFあるいはEランク以上にはなれないし、対人で商取引をする商業ギルドでもやはり成年にならないと正会員にはなれないのだが、錬金術ギルドではそうした縛りはない。
但し、未成年の会員は買い取り相手はボッタクリをしてこないギルド(商業ギルド、錬金術ギルド)に限るというのが、半ば法的規制に近い風習になっている。
もっとも未成年の錬金術師は年配の師匠の工房で補助者として登録して活動して経験を積むというケースが多く、未成年の正会員自体が珍しいというのは確かだが。
さらに、登録料が高価になるのは事実であるが、その場で物品の売却をするのなら、その代金から精算するという方法がある。
お金のやり取りが前後するが、ごく一般的に行われている方法で、規約違反でもないし、国法に照らしても違法でない。
これが、買取品の納品はいつになるかわかりません、となると問題なのだが、既に目の前にブツがあって、明らかに登録料よりも高価になるのはわかっているので、クレマンがもっともらしく眉をしかめて困り顔をするような事態などではない。
「うーん。どうしたものでしょうか。ギルドマスターがいれば、ギルマス権限でなんとかできると思うのですが。
あ、そうだ、それではギルドマスターが戻るまで、私がこれらの魔道具をお預かりしておきましょう。
それで、あまり高い宿は用意できませんが、こちらで用意した宿に泊まってお待ち下さい。宿の代金はギルドの経費で立て替えておいて、後で買い取りができたら差し引きます。
それが良いでしょう。
ああ、それから錬金術ギルドに会員登録するのなら、自分で魔道具が作れるという証明が必要だった筈ですよ。宿に泊まっている間にいくつか作って見せてくれませんか?」
クレマンの柔らかな物腰に、フロリアは彼のことをほぼ信用していた。それに急ぐ旅でも無い。
「わかりました。それじゃあ、ギルドマスターのお帰りを待ちます。ただ、お宿はけっこうです。宛てがありますので」
不便な安い宿に泊まるくらいなら、快適で安全な亜空間の方がよほどマシだ。
それから遠慮しなくても良い、別に遠慮ではない、という問答があってから、クレマンはあまり押し付けがましくしても警戒されるだけだと判断して、宿については引っ込めた。
クレマンは、宿泊先を自分の息のかかっている場所にすれば、夜中にどうとでも料理できると思っていたのだが、ま、そうでなくともこの程度の小娘ならばやりようは幾らでもある、と判断したのだった。
ただ、宿泊先の宛てがあるという点が引っかかる。
クレマンには町の実力者たちを牛耳るほどの実力はない。上司のギルドマスターにもバレないようにこそこそ悪事をしている小悪党なのだ。なので、騒ぎになっては揉み消すことができない。
その宿泊先の宛ては調べて、何らかの手を打てる相手ならば口封じしておく必要があるだろう。
「それでは、出してもらった魔道具ですが、こちらで預かって鑑定させてください。本来は売買時に鑑定を行って買い取り価格を決めるのですが、あらかじめ判っていれば、登録料の差額を用意しておくことなどできますからね」
「ええ、結構です。預り証を貰えますか?」
「それはもちろん」
クレマンは、ギルド同士の通信文に使う紙を持ってきて、それに預かり品の内容を記載する。
本来、この場合はギルドで規定した、契約魔法を付与した契約書を作るために必要な用紙に、同様の付与を施した筆記具で、預り証を作成しなければならない。
だが、それをすると、用紙はナンバーを打って枚数管理しているので、後で証拠が残ってしまう。
そこで、クレマンは一見すると重厚そうに見える通信文用の用紙を使ったのだ。重厚そうに見えるだけで、実際には外部に向けて使うものではないので、ギルドの紋章も透かしも入っていない、ただの紙にすぎないのだが……。
そして、クレマンはもっともらしい文言で、預り証を作成するが、内容は預り証の要件を満たして居らず、サインも故意に普段の自分のサインと違えた筆跡にしておく。
今後の展開次第では、この預かった魔道具を金に替えて、自分の懐に入れることができるように、との考えであった。
"もっとも、この小娘を俺の自由に働かせることができたら、こんな魔道具もこれっぽっちではなく、ふんだんに手に入るようになるのだがな"
しかし、その場合はフロリアをこの町に置いておく訳にはいかない。ギルドマスターが黙っていないだろう。そうなると、他の町に移さなくてはならないが、クレマンには腹黒な領地貴族に心当たりがある。
"あの強欲貴族に話を付けて、その領地内で魔道具造りをやらせれば、簡単に司直の手も入らないし、分け前をたんまり貰えるぜ。それとも、娘を叩き売って、一度にまとまった現金を手に入れた方が得策かな"
預り証を作りながら、クレマンはそんなことを考えており、その間、フロリアは呑気にそれを眺めていた。
「ええと、この金属の棒のようなモノはどのような魔道具なのですか? 他のモノは判るのですが、これまでに見たことがありません?」
クレマンは、マグネシウム合金の棒を革袋にいれたものを手に取る。
「それは火打ち石です。普通の火打ち石よりも火をつけやすくて、使いやすくなっています。マッチやライターに比べてずっと長持ちしますし、濡れても使えます」
「ほう、どうやって使うのか見せてくれませんか?」
フロリアは、会議室のテーブルの上に木の皿を出すと、そこにフレマンから貰った反故紙を細く裂いて入れ、火打ち石にナイフの背を当てて擦る。大きめの火花が散り、すぐに紙に火が着いた。
それから、濡らしてから着火したり、クレマンが自分で試して使い勝手を確かめたりした。
クレマンは「これはきっと人気になります。高く売れますよ」と本気で賛辞を贈ったのだった。
ドライアドを召喚し、土中の微量なマグネシウムを集めさせ不純物を取り除くことが出来るフロリアならではの魔道具で、アシュレイにも同じモノは作れなかったのだ。




