第118話 掃討戦
「ニャン丸! 悪いけど、大至急トパーズのところに行って、残りのオーガを片付けてって言って。私もすぐに行くわ」
フロリアは、ニャン丸に再び岩山を降りるように命じる。
「判ったにゃあ」
ニャン丸は疲れも見せずに、一瞬で夜の闇の中に走り去っていった。
「ホウ」
今はモリア村の上空にいるモンブランが、遠隔でフロリアの心に呼びかけてきた。
「え? モンブラン、出来るの? 無理はしなくても」
「ホウ」
今度は、少し気分を害したような声で鳴く。
「うん、分かった。それじゃあお願い」
モンブランは今度は少し嬉しそうな声で「ホウ」と一声鳴くと、上空から一頭のオーガの頭部に急降下していく。猛禽類の急降下攻撃。
オーガの頭部を後ろからかすめるように通過すると、一瞬遅れて、パッと血飛沫が上がる。
モンブランは上空に舞い上がりつつ、眷属である猛禽類のうち、夜でも狩りの出来るふくろうの仲間を10羽ほど召喚した。その中には、とてもふくろうとは思えないほど巨大な体躯のものもいる。おそらくはふくろう型の魔物なのであろう。
鳥の王であるモンブランは、魔物も含めて、ほぼ全ての猛禽類を眷属にしているのであるが、今回は鷲や鷹の眷属を呼び出すことはなかった。ふくろうの魔物の一撃は強力の一言につきるが、普通のふくろうの攻撃は頑丈なオーガを屠る程、強力なものではなかった。それでも普段は森の中で暮らしていて頭上に気を使う必要のないオーガに与える影響は、心理的な部分を含めて非常に効果的であった。
「おいおい、私の取り分は残せよ」
ニャン丸からフロリアの伝言を聞くまでもなく、オーガの討伐に移ったトパーズは、その血まみれのオーガを一瞬で倒していく。
黒豹の姿を他人に見られると、フロリア生存がバレてしまうかもしれないので、村人の目を意識しながら、狩りをしていると中々捗らない。
すこしイライラしてきたトパーズは、
「む? だが、考えてみると私とフロリアが一緒に居るところというのは、この辺りの者には見られたことが無かった気がする。だとすれば、別に私を見られても大丈夫か。――それより、そもそもオーガジェネラルの脇に居た男が生き延びたら、あいつはしっかり私のことを見ていたよな」
4頭ほど倒してから、そんなことを思いつき、残りはひと目も気にせずやってしまうかと思ったところで、フロリアの気配が近づいてきたのを確認した。
ずっと気にはしていたので、フロリアが風魔法で山から飛ぶように降りてくるのは察知していたが、おもったよりも早くモリア村のすぐ外にたどりついていた。
「ふむ。先にフロリアのところに行くか」
村人たちが固まって逃げた方角に向かったオーガが2頭居るのだが、村人とは少し離れたところに居る2つの人間の気配がそのオーガに立ち向かうべく闘気を漲らせている。
「何の用意もなしに、オーガと戦う訳でも無いのだろう。とりあえず、その2人に任せるか。ふくろう共も手伝うみたいだし」
村人とも兵士とも違い、さっきから村の周囲を隠れながら移動していた2人の人間。トパーズには彼らが何者なのかはわからなかったが、その身のこなしなどからそれなりに戦える奴らだということは判っていた。
「トパーズ、ご苦労さま」
フロリアは急速に近寄ってきたトパーズに声を掛ける。
「ふむ。なかなか良い運動になった。後はどうするのだ?」
「村人さんが集まっている方向に行ったのは任せましょ。その他にオーガが4頭居るから、片付けておかなきゃ」
「分かった。フロリアは、右手の岩山に沿って逃げているヤツをやれ。残りは私がやっておこう」
「うん。お願い」
フロリアとトパーズは簡単に打ち合わせすると分かれて、それぞれの獲物を目指した。フロリアはその途中で、召喚術師の死体が転がる空き地のそばで立ち止まる。トパーズは左腕を除く四肢を斬り飛ばすにとどめたのだが、どうやら止血もろくに出来ずにいたところに、オーガジェネラルのコントロールを外れて本能の赴くままに行動するオーガの1頭が通りかかり、トドメをさしていったようだ。
フロリアは前世の習慣で手を合わせただけで、すぐにオーガ追跡を再開した。
フロリアとしては、自分の指示で岩山を降りてオーガジェネラルと戦ったトパーズが瀕死に追い込んだのだから、この召喚術師の死に責任がないとは言い切れない。
"だけど、オーガジェネラルを倒さなかったら、どれだけ大勢の人が死んでいたことか……"
それを考えるとやむを得ない犠牲であったのだ、フロリアは頭を振りながら、無理にでもそう考えることにした。
今は、はぐれオーガを片付けることに集中しよう……。
***
フロリアが1頭のオーガを、そしてトパーズが3頭のオーガを討伐を完了したころには、村人が避難している方角に逃げた2頭のオーガも、ジャンとデリダの手によって倒されていた。
"暗部"の訓練の一つに、手近なもので簡単な武器を作って戦う、というものがある。その任務の性格上、敵地に潜入する際に目立つ武器を携帯せず、せいぜいでも小刀程度しか所持出来ないということは特に珍しくない。
その状況で戦闘になった場合には、地面に落ちる石くれや木の枝、蔦などを使って戦うのだ。
今回については、オーガが散ったあとで、村の端っこの家に立ち寄る暇があったので、勝手に中に入らせてもらい、焚き木を割るためと思しき手斧と、地面を耕すための鍬を入手出来た。上出来である。
それらを手にジャンとデリダは村人たちが集まっているあたりに、自らの身を晒すことなく接近し、そちらの方角にさまよい歩いていくオーガを追った。
オーガ達は、どうしたことか、すでに相当に顔や手に裂傷を負っていて、2頭ともに視界を失っているようであった。1頭は完全に失明しているようで、両手を前に伸ばしてヨタヨタと歩くのみ。
もう1頭もしきりに腕で顔を拭いていて、どうやらこちらは目そのものは無事だが、頭部の怪我で血が目に流れ込んでいて視界が滲んでいる様子であった。しかも、こちらの方は足を引きずっている。先程の雷魔法の余波を逃げ切れずに、足をやられた様子である。
そしてどちらも、どこかに武器を無くしている。両腕ともに多くの裂傷を負っているので、やはり何らかの攻撃によって武器を取り落としたのだと思われる。
「一体、誰が? まあ、後で考えれば良い。とにかく、今のうちにトドメをさすぞ」
いくら満身創痍でも戦闘経験の乏しい村人――それも女性や子供、老人が多い――が集まっているところに飛び込めば、大きな被害を起こせるのだ。
"暗部"の渡りは諜報の専門家であって、戦闘のプロではない。だから、2人きりで2頭のオーガを相手にするのは無理があるのだが、今回に関しては、すでに満身創痍になった魔物に最後のトドメをさすだけの作業であった。
ジャンは、鍬を手にすると、完全に失明している方のオーガに背後から近寄り、そのうなじのあたりをめがけて、鍬を振り下ろした。野生の勘でオーガは危険の接近に気が付き、鍬が当たる直前に振り向き、そのためうなじを狙った鍬の先端はオーガの左頬のあたりを直撃した。
オーガは絶叫とも怒りの雄叫びともとれる叫び声を上げると、その巨大な両手を振り回す。ジャンは少々焦りながら、バックステップで安全地帯まで退却する。もう1頭のオーガがそのジャンに掴みかかろうとヨタヨタと近づいてくる。
「あ、まずい」
と思った瞬間。背後にいたデリダがそのもう1頭のオーガに小走りで駆け寄ると、斧で足に斬りつけた。小さな手斧に女性の腕力では普通ならばオーガの強靭な皮膚を破ることも出来なかっただろうが、たまたま斧の先端は皮膚が破れ、肉がむき出しになり、骨まで覗いているあたりに命中。このオーガも絶叫とともに地面に倒れた。
ジャンは今度は落ち着いた動きで、倒れた方のオーガの首筋に鍬を振り下ろし、さらに失明した方のオーガには大回りで後ろまで回り込んで、今度は狙いすまして、うなじに鍬を振り下ろした。
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