第116話 混戦乱戦5
オーガジェネラルの存在感を感知しているトパーズは、この前のスタンピードの時のオーガキングに近い戦闘力を感じて、久々に興奮している。
本来であれば、上位種とは言えオーガジェネラル程度ではそこまで強力ではないのだが、従魔契約を結んだ魔物は能力が底上げされる傾向があるのだ。
今回は、その召喚術師も近くにいる。おそらくはこいつもある程度の魔法を使うだろうから、その攻撃もある筈だ。
「楽しませてくれよ」
トパーズは稲妻のような速度で、オーガジェネラルのいる場所に飛び込んでいく。巨大な魔力と殺意が急速接近してくるのは、ロングとオーガジェネラルのコンビも感知していて(トパーズは自分の力を隠したりはしない)、その方向に向けてすでにロングのウィンドカッターが放たれていた。
しかし、それはトパーズの風魔法とぶつかり、四散。トパーズの魔法攻撃の方がはるかに強く、早かったのだ。
「く、くそっ」
続いて、ロングはウォーターカッターを放つが、それはトパーズにあっさりかわされて、ロングとトパーズが交錯した一瞬で、ロングの右腕のひじから先が飛ばされていた。
「なんだ、がっかりさせるなよ」
トパーズは標的を魔法使いからオーガジェネラルに変えた。
このまま魔法使いを攻撃したらあっという間に倒してしまい、契約から解き放たれたオーガジェネラルはすぐに逃げてしまうだろう。
それでは面白く無い。
それにしてもこの程度の力しかない魔法使いの従魔になるなど、腹でも壊して動けない時に契約を強いられたのだろうか?
オーガジェネラルは、ロングの前に立ちはだかるように、トパーズに向かい、牙をむき出す。
オーガジェネラルは3メートルほどの長さの鉄の棒の先端にショートソード並の刃渡りの湾曲した刀をつけた武器を持っていた。
オーガジェネラルの体格と怪力を活かすべく、ロングが知恵を絞って考案した武器である。
フロリアがいれば、武蔵坊弁慶が持っていた薙刀を思い出したであろうが、トパーズはそんなことは知らない。ただ、リーチの差を利用して敵を近寄らせないという意味では効果的な武器だと思っただけであった。
「頼むぞ、ジェネラル」
ロングは未だかつて、どんな敵にも遅れをとったことがないオーガジェネラルに全幅の信頼を置いていた。この怪物的な禍々しさを振りまく黒豹であっても、オーガジェネラルが負けることは想像できなかった。
ロングは、魔法攻撃の腕自体はそれほどのものではなかった。使える属性も風属性と水属性のみで、おそらく冒険者になってもBランク止まりであっただろう。
しかし、召喚術師の才能があったことで、生まれた国の国軍に取り込まれて軍人となった。
オーガジェネラルを従魔にできたのはロングの実力によるものではなかった。ロングの力で出世を目論んだ上官の部隊長が、多くの兵士を投入してオーガの群れを討伐。率いていたオーガジェネラルを生け捕りにしたのだった。
この群れは森の奥に居て、特に住民に被害を与えていたなどという事実はなく、ただ強い従魔を欲した部隊長が無理やり討伐を行い、このために多大な犠牲が発生したのだった。
その犠牲を埋めるべく、次の任務からロングもオーガジェネラルもその眷属のオーガ達も連戦を強いられることとなった。
しかし、いくら活躍して戦果を上げても、部隊の兵士たちは戦友をこのオーガジェネラルのために失ったことを忘れなかった。ロングは次第に部隊の中で居場所がなくなっていく。
それだけならば良かったのだが、部隊長自身は上に対して覚えが良くなっていることに浮かれていた。それで、ロングを何度も自身の私邸に招いて夕食をともにしたりと、彼自身はロングを労っているつもりで、実際にはもっと部隊の中で浮くような行動をとっていた。
部隊長は平民の出であった。通常、部隊長レベルならば、その国では下級貴族の子弟で爵位の継承権を持たない男子が就くのが通例であったが、この部隊長は非常に出世欲が強く、また手段を選ばない男であったのだ。
そして、貴族出ならば、妻は同じ下級貴族の子女から選ばれるケースが多いのだが、この部隊長の妻は酒場の女給上がりであった。
別に驚くことはない。平民出の兵士や、冴えない冒険者の連れ合いになる女給は別に珍しくない。
女給とは言え、現代でいうところのウエイトレスと変わらない者もいれば、売春婦兼業の者もいて、幅は広いのだ。
部隊長は、普通のウエイトレスを選んだつもりであったが、実際には妻は売春婦兼業であった。
そして、その頃はまだ若く、初々しかったロングは部隊長の妻に誘惑され、あっという間に関係を結ぶ様になった。
そしてその不倫が部隊長に知られるのにも、さほど時間はかからなかった。出世欲、自己顕示欲が強い人間にありがちだが、部隊長はプライドが異常に高く、発覚したその場で妻を斬殺し、ロングにもその刃を向けた。
ロングは無我夢中で抵抗し、気が付いた時には部隊長の方が血の海に沈んでいた。
自分が得難い従魔を操る貴重な召喚術師であっても、上官の妻と関係を結び、その上官を殺した人間が軍組織の中で生きられないことぐらい、ロングにも判っていた。
そのまま出奔したロングは、お尋ね者になったために、故郷にも帰れず冒険者にもなれず、あちこち流れて裏の仕事に手を染めるようになって、気が付いた時にはアリステア神聖帝国でしゃがれ声とともに汚い仕事をする用になっていたのだった。
ロングにとって、従魔のオークジェネラルは自分の半身とも言うべきものであった。さすがにこの巨体の従魔だけでは不便であるので、ネズミの従魔も契約していて、便利に使ってはいて、4匹ともに殺された時には焦りもしたが、それでも自分の存在が揺らぐような気持ちにはなっていなかった。
今も、片腕を一瞬で切り飛ばされながらも、比較的落ち着いて事態に対処しているのは、オーガジェネラルが隣にいるからである。
オーガジェネラルが負ける筈は無かった。
「動きが遅いわ」
薙刀を振るって、トパーズに斬りかかったオーガジェネラルを、ひらりと躱すと同時にトパーズはその薙刀の長大な柄の部分に風魔法を放つ。
勇名をはせた一流の剣士と斬りあった際に、ミスリルの剣と斬り合っても、切断されることも折れることも無かったぶっとい鉄の棒が、そのトパーズの前足の一振りでスパッと切れて、薙刀の刀部分が地面に落ちた。
「な、」
ロングが信じられない事態に思わず叫ぶのと、トパーズが今度は自分からだとオーガジェネラルの頭部めがけてジャンプしたのとほぼ同時であった。
慌てて頭部をかばおうと腕を上げるオーガジェネラルであったが、それよりも早く、トパーズの風魔法はオーガジェネラルの顔面を切り裂いていた。
この一撃で両目も切り裂かれたオーガジェネラルはもはや神速の速さで地をかけるトパーズを捉えることなど出来なかった。
「殺される。俺の従魔が」
ロングも残った左腕で魔法を放とうとするが、もともと攻撃魔法の精度も威力も低い上に今は慣れない左腕である。
「ええい、鬱陶しいわ」
トパーズはまともにロングの方を見ることすらせずに、適当に複数個の風魔法を同時にロングに放った。
ただし、胴体部分ではなく足元に近い部分を狙っている。ロングの両足は脛のあたりですっぱりと切断され、左腕のみ残ったロングは地面に落ちるように倒れ、そのまま地に伏せるしか無かった。
そして、それと同時ぐらいに、オーガジェネラルの首は刎ねられ、こちらの方も巨体が地響きを立てて、地面に倒れたのであった。
「これで、オーガ共は統制を失って、散るだろうな。中には人間どもに見られないような場所に逃げるオーガもいるだろうから、そいつを狩って、フロリアに土産を持っていってやるか」
トパーズはまずはオーガジェネラルの死体を、首輪の収納にしまう。
人殺しを嫌うフロリアのために、敢えて術師は殺さなかったが、このままだと出血多量で死ぬかもしれない。
「だが、そこまで面倒見きれぬわ。これでも魔法使いならなんとか自分で生き延びるのだな」
トパーズがつぶやくが、ロングにはもうその声は聞こえなかった。
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