第107話 リベリオ団長
洞窟の外がバタバタと騒がしくなる。
とおもったら、すぐに兵士の1人が洞窟の中のステファン小隊長のところまで走ってきて、以下の報告を行った。
岩山に登る途中で行き合い確保したチンピラの生き残りをモリア村まで連行する任務の兵士2名のうち、1名が負傷をして戻ってきたのだという。
それも、猟師を思わせる男性との戦闘によるもので、その男性は素手であったがエアカッターのような魔法攻撃で、兵士2名を負傷させ、チンピラを逃がすと自分も立ち去ったのだという。
それで、兵士は緊急報告のため、1名は岩山を登って自分の所属する小隊に、もう1名はモリア村に残った本体へ向かったのだという。
ただちに洞窟の探索を打ち切ったステファン小隊長は、外に出て、その兵士を実際に見る。
兵士は仲間たちに手当されていたが、顔面を横に大きく切り裂かれて相当な出血量である。横たわっていたのが、ステファン小隊長に気がつくと起立しようとするが、小隊長はそのままで良い、と手で合図する。
兵士は頬から鼻筋を通ってもう一方の頬へと斬られている。
「あと数センチ上だったら、目を切り裂かれていたところだ。幸運だな」
ステファン小隊長はそう言うと、もう1人の部下の怪我の状況を聞く。
「剣を持つ手を斬られました。腱を斬られたようで、再び剣を持てるようになるかどうか……」
「そうか」
治癒魔法使いの能力もピンキリで、腕利きならば腱の修復までできるのだが、そんな能力のある魔法使いは数えるほどしかいない。いや、首都の大きな教会に居るのは判っているが、傭兵のためにその能力をふるう可能性は低い。
巡礼向けの神隷の奉仕を狙うか、傭兵の財布には負担が大きすぎるお布施をして優先的に治してもらうか……。
小隊長は、他の兵士に周囲の警戒を命じた。
その猟師風の男は山を降りたとしても、他に仲間がいるかも知れない。
もちろん、兵士たちは小隊長の指示を受ける前に、負傷した兵士を手当する者以外は四方に散って警戒態勢に入っている。
「一度、この山を降りるぞ。またすぐに団長の命令で登ることになるかも知れないが、今は本隊と合流することを最優先する」
小隊はただちに、帰投の体制に入る。負傷した兵士も仲間が交代で背負っていく。
このマルケス私兵団は、残虐非道で知られていたが、それは敵や裏切り者に対してであって、仲間に対してはかなり甘かった。
私兵団の仲間の兵士が一般市民に対し犯罪行為を行って、国の衛士などに追われても、彼を突き出すことはせず、全力で守るのが常であった。明らかに兵士の方に非があったとしても。
だから、この場合も怪我をした戦友を捨てることなどありえず、もしかすると他国の国軍の兵士よりも手厚く看護されていたほどである。
それでも、彼らの経済力ではポーションなどは簡単に使えるものではないのだが……。
フロリアがこのあたりの"相場"というものをもっと肌で感じていたら、自分の作るポーションや治癒魔法の"効き目"を異常なものとして捉えられたのかも知れない。
小隊は周囲を警戒、走査しながら、岩山を降りたが、結局はフロリア(と時々、従魔)の残した足跡以外に、その謎の男の痕跡を見つけることが出来なかった。
村に戻ると、すでに腕に裂傷を負った兵士が岩山で捕縛したチンピラ1人を取り逃がしたことを報告していた。
さらに、ステファン小隊長は、同僚のセルジオ小隊長が自分の分になったチンピラの1人命を刈り取っていたが、やはり1名逃げられてしまった。
部下に介抱されつつ戻ってきたステファン小隊長の復命を受けて、重武装した騎士を3名偵察に出した。
リベリオ団長は、チンピラ集団のボスであるマルコ1人だけを確保して、後は片付けるはずであったが、おそらくは2名に逃げられている。
それに岩山に出て兵士2人に怪我を負わせた謎の男の件もある。
野犬か狼かわからないが、群れが近隣に出たらしく、先程遠吠えの声が聞こえていた。村長によると、このあたりは普段は魔物も大型の野獣も出ない土地らしく、こうした遠吠えを聞くのも数年振りぐらいなのだという。
「喰いもんが無くなって、流れてきたのか」
面倒くさそうに団長は呟く。
マルコは部下に拷問させているが、大したことは知らないようであった。
マルケス私兵団と同じく、フロリアを追ってきたのだが、そのフロリアの正体や価値は良く判っておらず、ボスであるデブのオラツィオに言われるままにここまで来たのだという。
「分かった。もう何も知らねえんなら、楽にしてやりな。明日以降、山登りしたり色々とありそうだから、こいつ1人だって連れて歩くのは面倒だ」
「分かりました、団長」
数分後、「助けてくれえ」「全部喋ったじゃねえかよおお」などと泣き叫ぶ声が数分響いた後、静かになった。
村の連中も聞いているはずだから、これで万が一にでも自分たちを裏切るような気分にはならないだろう。
50人分の食事と、寝る場所を供出するように村長に命じる。
酒は基本的に作戦目的を達成するまでは禁止するが、女は適度に供給してやる。
傭兵団によっては、野営はともかく比較的安全な村の中であれば、酒も女も、ついでに薬の類いまで解禁するところもあるのだが、リベリオ団長は油断が原因で何度も死にかかった経験があり、目的を達成するまでは油断することはなかった。
やがて、セルジオ小隊長の部隊のうち、2名の男女を追っていった兵士が戻ってきて、見逃してしまった旨を報告した。
その男女は、身なり風体はこの村人と言うよりは、アルジェントビルあたりでよく見かける小商人みたいな市民を思わせるものであったが、足の速さ、兵士たちをまくときの手際など、ただの市民とは思えない、とのことであった。
自分たちが手を抜いて、見失ったことの言い訳に逃げた男女が只者ではなかった、……そう報告している可能性はある。
だが、これもリベリオ団長は真実なのだろうと判断した。報告した兵士は、このマルケス私兵団の中でも生真面目と言われていて、傭兵としての実力も申し分無い。
次に偵察に出した重武装した騎士3名が帰ってきた。
彼らはセルジオ達がチンピラを埋めたあたりを過ぎて、兵士3名で追いかけたという生き残りのチンピラを探すべく進んだ。
しばらく進んだところで、その兵士3名が倒れて死んでいたというのだ。
死骸を馬に載せて来ているので、現在、小隊の連中が調べているとのこと。
「死んでいただと! 謎の男か?」
岩山でチンピラを助けた男がそこまで出向いたのか、と思ったのだ。
「いえ。3人とも魔狼にやられていました。怪我の傷口や地面の足跡から間違い無いです」
そして、騎士は言いにくそうに、事実を述べた。
曰く、兵士たちは魔狼にやられて力尽きていたのだが、その魔狼の方の死骸が見当たらない、というのだ。
戦った痕跡は至る所にあるのだが……。
「誰かが回収したっていうのか?」
「そうとしか考えられません」
「だが、死骸を運ぶとなると、けっこうな手間と労力だ。収納スキルでも使えるんなら別だがな。収納持ちの魔狼なんて聞いたこともねえな」
これまた結論を出すのは保留にせざるをえないのだった。そして、兵士たちが追っていた、チンピラの生き残りも行方不明であった。殺されたのかも知れないが、少なくとも目の届く範囲に死骸を発見することは出来なかった。
考えることがありすぎて、リベリオ団長もこの先の措置を悩んだ。
幾つあるのか不明だが、何らかの勢力が暗躍していることは間違い無いらしい。その目的はフロリア、と決めつけてしまっても良さそうである。
「ずいぶんとモテモテじゃねえか、愛しい小娘よ。だが、おめえは俺たちの手の中に落ちるんだ。もう少し待っていろ」
リベリオ団長は、明日は朝一番で主力が岩山に登り、小娘を見つけ出す、と宣言し、各小隊長に準備を命じた。
いつも読んでくださってありがとうございます。
誤字の修正以上の修正をしました。




