第102話 暗部の追跡
「すごいことになったな」
ジャンはモリア村の外の草原で穴を掘っているチンピラたちを、離れた場所から監視していた。
アルジェントビルでオラツィオの娼館で見張りをしていたジャンは、20名ほどのチンピラ集団が町の外に出かけていくのを確認して、追跡を開始した。
元来、この世界はあまり情報というものの価値がわかっている人間が少ない。ましては娼館にたむろしているお兄いさん達ともなれば……。
平然と、モリア村は遠いとか、小娘ひとりとっ捕まえるのに大げさだとか、町中で話している始末で、チンピラ達の引率役らしきマルコと呼ばれる男が来るまでに、ジャンは必要な情報をすべて入手していた。
そして、その辺にいた子どもに駄賃を握らせると、手早く記したメモ書きを、アルティフェクスの「緑亭」に届けろと頼んだ。
これで、メモ書きを見たデリダもあとを追ってくるはずである。
そして、モリア村の近くまでチンピラたちを尾行してきたのだ。もとより、脇道のない一本道の上、チンピラたちは周囲をあまり警戒する様子もなく、"暗部"の特殊訓練を受けたジャンには簡単な仕事であった。チンピラの移動速度に合わせて、彼らを視認できるギリギリの距離であとを付けるだけたった。
そして、モリア村の近くに潜んで、「さて、どうやって情報収集しようか」と思っているところに、後方から騎馬と徒歩で50名ほどの兵士がやってきた。
兵士たちに気取られる前に身を隠すジャン。
「あの紋章はたしかマルケス伯爵家のものだ。アイツラは伯爵家の私兵か?」
仮想敵国に潜入する"暗部"の基礎情報として、この地域の貴族家(同時に教会の有力者でもある)の紋章程度は暗記している。
そして、アリステア神聖帝国が他国の領地貴族の領軍に相当する兵力を保持していないこと、しかしそれでは不便も多いので、公式な軍ではないが、傭兵団を雇って私兵にしていること、などの情報も知っている。
「確か、マルケス私兵団は、団長がリベリオとかいう男で、かなりえげつない連中だったはずだな」
元々はチュニス連合王国の兵士だったが、残虐な戦い方や傍若無人な態度が嫌われ、この国に流れてきて、マルケス伯爵家に拾われた、と基礎情報にあった。
フロリアの師匠であったアシュレイがアルティフェクスで生活している間、パレルモ工房(コッポラ工房)に所属していて、その工房は古くからマルケス伯爵家がパトロンになっているという事実もジャンは"暗部"の上司から命令を受けた際に説明されていた。
フロリアはパレルモ工房を訪れる可能性があるので、留意せよ、と。
「工房の伝手で、フロリアの情報を入手して追いかけてきたということか」
いよいよ、昨年の8月から追い続け、一度は失敗の烙印を押されて諦めたことのあるターゲットにすぐ近くまで接近しているのだ。
2つの現地勢力も追っていて、そのうち一つは戦うことが専門の私兵団。
万が一身体検査された時に備えて、身についた格闘術以外の武器を持ってないジャンにとっては、難しい局面でもあるが、同時に今こそヴェスターランド王国"暗部"の実力の見せ所でもある。
私兵団はまず先触れが村に入り、程なく本体も進軍。
どうにか中の様子を調べられないかと考えているうちに、チンピラ10数名が、私兵団に追い立てられて、村から出てきた。
何をするのかと思いきや、チンピラたちは半泣きになりながら、道の脇に穴を掘っている。
「オラオラ、しっかり掘れよ。それとも、アンデッドになりてえってのか」
セルジオ小隊長が率いる小隊がそのチンピラたちを囃している。
つまりは、こいつらは自分の墓穴を掘らされているということか。
そういうやり方があるのは、"渡り"の先輩から聞かされたことはあるが、実際に見るのは初めて。ジャンは尾行しながら食べた携帯食が胸にこみ上げてくるような不快感を覚えた。
もちろん、助けに入るつもりはない。彼の任務はフロリアと接触して、アダルヘルム王の伝言を伝え、必要があれば、ヴェスターランド王国王都まで護衛しつつ同行することである。
これまでに一通りの悪事をして、善良な人々を苦しめたこともあったであろうチンピラ達を助ける義理はない。
ただ、気分が悪いだけである。
このチンピラと私兵団をちょっと高い位置から観察していたジャンは、彼らよりも先にモリア村に急ぐ人影を発見した。
デリダだ。
どうやら無事に伝言は伝わったらしい。
このまま進んで、私兵団に発見されつ可能性があったので、素早くその場を離れ、デリダと合流を試みる。
「おい」
「ジャン。状況は?」
「今、話す。とりあえずは身を隠せ」
そして、ここまでの経緯と、今はチンピラたちが自分の墓穴を掘っている最中だと教えた。
「ただ、チンピラの数が減っている。全部で20名いたはずだが、いま数えると5名行方不明だ」
その5名のうち、1名は尋問のために村に残されたマルコ、4名は岩山に登らされている組なのだが、ジャンには分からない。
「そのチンピラ達って何か殺されるようなことをしたの?」
「さあな。もちろん、見るからにまともじゃなさそうだが、あの私兵団に何らかの損害を与えるような行動をしたとも思えない。
だが、マルケス私兵団は、残虐なことではよく知られているそうだし、単純な口封じのためだけでも、この程度のことはやりそうだ」
デリダがなにかいいたそうにしているのに気がついたジャンは、
「おいおい。助けたりしねえぞ。俺たちは俺たちの任務を達成するだけだ」
「今更、言われなくてもわかっているわ。でもホントにフロリアはいるんでしょうね」
「しるか。あのチンピラたちは町を出る前に、銀髪の女の子をとっ捕まえに行く、と話していたのは確かだ。チンピラたちがガセネタを掴まされたんじゃないことを願うだけだ」
そんな会話をしているうちに、十分な深さの穴が出来上がり、虐殺が始まる。
次々と斬られて、穴に落とされる。
最後に2名だけ残され、死体が折り重なるように転がる穴に土を掛ける作業をやらされる。
「よし、それでお前らのうち、どちらが死ぬ? 最後に残った1人は助けてやるよ。俺たちも雑用係が要るからな」
兵士たちは何がおかしいのか、ゲラゲラ笑いながら、そう2人に告げる。
1人は恐怖で歪んだ顔を、もう1人は呆けたような表情で、互いに相手の顔を見合わせる。
「そら、スコップは持っているんだ。どっちが生き延びるのか、お前らに決めさせてやるよ」
先に動いたのは、恐怖の表情を浮かべた男の方であった。声にならない叫びを上げて、大げさにスコップを振り上げて、もう1人の男の頭に叩きつけようとしたが、黙って頭を割られる訳もない。呆けたような表情のまま、スコップの先端を突き上げると、相手のがら空きの顔に突き立てた。
大きな動作でスコップを頭上に振り上げていた男は避けることが出来ず、顔をスコップの先端で突かれて、よろける。膝をついたところで、今度は横薙ぎにしたスコップに耳のあたりを殴られて、倒れる。
さらに間髪入れずに、今度はスコップを握った腕を殴られて、腕が変な方向に折れ曲がる。
「ほお。チンピラの癖して、戦い方を心得ているじゃねえか」
セルジオ小隊長は感心したような声を上げると、「勝負ありだな。そいつの止めをさして、穴に放り込め」
呆けた表情の男はものも言わずに、地面に倒れて、血まみれの中に恐怖の表情を浮かべる仲間の顔に、スコップの先端を落とす。それから仲間を穴に放り込むと、上から土を掛ける。
「ふむ。中々楽しかったぜ。褒美に苦しまねえようにしてやる」
セルジオ小隊長は剣を抜くと、最後に残った男に迫るのだった。
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