第101話 私兵団の追撃
フロリアがトパーズとまた洞窟の外に出て、崖の中腹に自生している薬草を採取してから、岩山をあちこち歩いていた。こんなところからうっかり落ちたら、あっさり死んでしまいそうとトパーズに話していた。
「フロリアは魔法で飛べるではないか」
「あれは飛んでるというよりも、浮かんだり、跳ねたりって感じかな。それにかなり繊細な魔法のコントロールが必要だから、落ちてる途中に急に発動するのは無理かな」
「そういうものか」
「うん」
トパーズは、それじゃあ最初にこの岩山に登った時に夜間なのに1人で登らせたのはまずかったかな、と思った。
「うん? 誰か来るみたい」
ふと、フロリアが頭を上げて、岩山の下の方を見る。
「ああ、そのようだな。人間だ。4人だな」
「一応、隠れていようかな」
村からフロリアのいる場所は見えないので、村の人間が登ってくるとは思えない。
誰が登ってくるのかわからないが、まあフロリアにとって良くない人間なのだろう、と予測がついた。
「フロリアは亜空間に隠れていろ。日暮れの頃に洞窟のある広場で落ち合おう。洞窟の中で亜空間に潜ると、出た時に逃げ場が無いやも知れぬ。広場で潜ったほうが良かろう」
「うん、分かった。お願いね、トパーズ」
フロリアはすぐに広場に戻っていく。
「さて、とりあえずは影から見張るか」
トパーズは岩の陰ににじむように消えると、10分ほど経ってから、男が4名、息を切らして現れた。
「くそ、何だってこんな田舎まで来た挙げ句、山ん中まで登らなくっちゃならねえんだよ」
「しかも、娘がホントに山に登っているかどうかも判らねえってのによ」
「ボスもマルコもたかが小娘1人に何をそんなに躍起になってんだよ」
「ココだけの話だが、どうもこの前の幽霊ゴーレムを操ったらしいぞ、その小娘」
「幽霊ゴーレム? 暴走事故ん時のか?」
「あれ、話は聞いたけど、どこまでホントなんだよ。だいぶ盛ってるんじゃねえのか。パレルモ工房のゴーレムよりずっと強いゴーレムがそう簡単に居ると思えねえよ」
「それに、情報の出処は、あのペッピーノの奴だろ。どこまで当てになるんだか」
「とりあえず、このあたりで一休みしたら、もう帰ろうぜ。へばっちまったよ」
訪問者達は、特にトパーズがなにかのアクションを起こすまでもなく、不満タラタラ口にしている内容だけで、知りたいことはほぼ分かった。
確かに登山の準備などはしてこなかったろうが、この岩山はかなり険しいとは言え、高さはさほどでも無いし、そもそも頂上まで登る訳でもない。
遺跡の調査隊が毎日登り降りしていた、中腹の広場にすら到達していない。。
この程度で、この疲れ方はトパーズに言わせれば軟弱そのものである。
いくら岩場で出来た山とは言え、中腹の広場まで行けば、土の箇所もあるし、注意深い狩人ならフロリアの足跡も見つけられたことであろう。
しかし、彼らはそんな能力も体力もなさそうで、さっさと引き上げを選択したのだった。
こうなると日暮れに待ち合わせというのはちょっと時間が空き過ぎるな、とトパーズは思ったが、亜空間に籠もったフロリアとは連絡の取りようが無い。
それにしても、やはり人目のあるところで、ゴーレムをだしたのは失敗であったらしい、とトパーズは思った。
そのために後々まで、こうして追跡をされている。
あの時は下敷きになった子どもは元気そうだったので、放っておいても他の連中で助け出すのが間に合っただろうし、金持ちの娘とやらはそれこそフロリアの関知するところではないであろう。
――あれは何時のことだったであろうか、アシュレイが金持ちとか貴族の一族とか、というのはそれだけで力なのだ、と言っていたことがある。
たとえ、見た目は貧弱で、物理的な力が無かったとしても、"後ろ盾"っていうのは大きな、とても大きな"力"なの、とも言っていた。
人間の社会のことはよく判らぬ。力とは牙や爪の鋭さ、強靭な肉体、魔法の威力のことではないか。
ともあれ、あの娘がそのとても大きな力を持っているのなら、その力で自力で窮地から抜け出せば良い話だろう。
フロリアのように後ろ盾とかいう力を持たぬ者が、力を持つ貴族の娘だか何だか知らぬ者を助ける必要などあろうか?
そんな無駄なことをするから、いつまでも追われ、面倒事に巻き込まれる。
トパーズはそんなフロリアに呆れつつも、だが、それに何時までも付き合っている自分もずいぶんと人間社会に毒されているのかも知れない、と思った。
そう言えば、アシュレイがこの話をしたのは、事故の時のフロリアと同じような行動をとった挙げ句に、貴族に目を付けられて、困った羽目に陥った時のことだった気がする。
あの頃は行動を共にしていた冒険者仲間がアシュレイをかなり守ったものだ。
フロリアにもそういう連中を見つける必要がある。
そう思ったトパーズは、あれはビルネンベルクとかいう町にいく途中であったが、かつてのアシュレイの仲間と同じような匂いの人間がいたので、フロリアに接触を持つように勧めたことがあった。
馬車が轍にはまって困っていたようなので、そこから抜け出すのを手伝わせて接点をもたせたのだ。
その試みは上手く行って、確か「剣のきらめき」のジャックとかいう男であったが、付き合いができ、そのままフロリアがその群れに入ればよかったものを、何でも冒険者の規則とやらが邪魔をして、うまくいかなかった。
それでも、その後で、彼らと一緒に他の町まで荷馬車で往復したりもしたのだが……。
あの時はその後で、大勢が見ている前でオーガの群れと戦闘になって、そのためにフロリアが目立ちに目立ちまくって、ビルネンベルクにいられなくなってしまった。
「剣のきらめき」と行動をともに出来てさえいたら、オーガと最初に接触を持ったのは、町から離れた村で彼らだったのだから、その場所でオーガを迎え撃ってしまうという手段が取れたのだ。
そうすれば、他人にフロリアとトパーズの戦闘を見られずに済んだのに……。
トパーズがジャックに期待していたものこそが、いわゆる"後ろ盾"なのだが、トパーズにはそれがよく判っていなかった。
そして、フロリアはなまじっかな後ろ盾では役に立たないほどの"おいしい獲物"であり、アシュレイの予知魔法が朧げながら感知したところでは、そのことが本人の注意不注意によらず、あちこちで露呈してしまう運命にあるのだった。
「ま、ジャックのことは、いまさら考えても仕方ないことだ。ビルネンベルクには戻らぬとフロリアが言っているのだからな」
それより、この軟弱な男たちが引き上げた後、どうするかだ。
「とりあえずは、あの眼下の村から来たのだろうから、村に戻るまでは見届けるか」
そうなると岩山を降りることになる。あまり獲物はいないが、平地を駆け回り、日暮れ近くまで狩りをするか。
「走れば、気が晴れそうであるな」
そんなことを考えながら、影に潜んだまま、男たちから一定に距離を保ったまま、後を追っていたトパーズだが、急に緊張感を高めた。
他の人間が岩山に登ってくるのを感じたのだ。
"総勢で、15名か"
人数もさりながら、彼らの雰囲気はこの先行している4名とは別物であった。
"ツノウサギと魔狼ぐらいは違うな。ま、どちらにしても私の敵ではないが"
程なく、男たちにも下から登ってくる集団が見えたらしい。
「ありゃ、軍の兵士じゃねえのか。なんだって、こんなところに登ってくるんだ?」
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