第10話 ニアデスヴァルトへ
この回から第2章が始まります。
フロリアとトパーズがニアデスヴァルト町に到着したのは、3日後のことであった。
街道にでたらすぐにゴーレム馬のケンタを出して乗れば、遅くとも翌早朝には着いたであろうが、彼らはのんびり歩いていたのだ。
フロリア自身はレソト村でひと暴れしたという意識があまり無くて、自分を取り込もうとする、ちょっと嫌な人たちを脅かした程度の認識であったので、その影響がニアデスヴァルト町に及ぶとは思っていなかったのだ。
"もしかして、家を燃やしたのは村長達だったかも"と思い至っていれば、もっと強く警戒していたのだろうが。
しかし、フロリアはのんびり歩いていて、あまつさえ途中で後ろから早馬が駆けてくるのを探知すると、隠れてやり過ごしたほどである。
この早馬は、新村長派の1人で、町の商業ギルドの窓口係のクレマンにアシュレイの死の知らせと、弟子の娘が来たら身柄を抑えておいてくれ、という依頼のために赴いたのだった。
ただ、優れた魔法使いという存在は、周囲のあらゆる階層の人間達の金銭欲や独占欲を刺激する存在なので、それを大っぴらにしてしまうと、いろいろな利害に目がない連中が絡んでくることになる。
だから、とりあえず詳しい事情は説明していない。「娘は村の者の思いやりを勘違いしているので、じっくり説明したい。なので、そこに居るように説得して欲しい」という依頼である。
この依頼はずいぶん、ベン村長が頭を捻って考え出したものだ。「村の金を盗んだ」とかならもっと確実に娘を確保してくれそうだがニアデスヴァルトの衛士が出張ってきて話が面倒になる、「娘の治癒魔法を失うのが惜しい」ではクレマンの金銭欲を刺激してしまう……とちょうど良いラインを狙って作り上げたものであった。
アシュレイの亡霊(実はトパーズの変化であったのだが)については、腰を抜かしたことを忘れたかのように、娘がなにかの魔法で幻でも見せたんじゃないか、ということにまとまった。――と、言うよりも無理やり、そう思い込むことにしたのだ。結局、金銭欲が恐怖に勝ったのだった。
もちろん、ベン村長にもフロリアがどこに行くか目当てがあった訳ではないのだが、このあたりで町と言えばニアデスヴァルトしか無いし、11歳の小娘が行けるところといえば、そんなものだろうと考えたのだった。
フロリアは、成人男子に比べれば健脚とはいえないが、それでも普段は森の中で暮らして、単独で数日間の採取行をこなせる程度の足腰はしている。
通常であれば、ニアデスヴァルトまで3日間もかかることは無いのだが、途中で自宅の焼け跡を整理したリキシくんを整備して、汚れを落としたりしていたし、街道を外れて、アシュレイから「割りと良い薬草が自生している」というところに行ったりしていたので、結局3日間掛かってしまったのだ。
現在、フロリアの収納スキルには3種18体のゴーレムが収められている。
1つ目はゴーレム馬。馬車牽きでも、乗馬としてでも使えるように作られているが、普通の馬との大きなデザインの違いが首から上が人の上半身を模した形になっていること。いわゆるケンタウロス型で、型番はK-1からK-3まで。ペットネームはケンタ、ケンジ、ケンゾウ。
これはフロリアのゴーレム職人修業も兼ねて作らせたものだったのだが、他のゴーレム職人が馬形態から踏み出せない中、ひと目見たら忘れられないものになっている。もっとも、上半身は人型とは言え、顔はさすがに人面ではなく、兜をすっぽりとかぶったような形になっているが。
「せっかく作ったのに文句を言うようだけど、この世界にケンタウロスはいないので、悪目立ちしそうです。ひと目の無いところで使うように気をつけなさい」
アシュレイはそうフロリアにアドバイスするのだった。
2つ目がずんぐりむっくりのゴーレム、リキシくん。型番はM-1からM-10で、リキシくん1号から10号まで名付けられている。
体長5メートルほどの巨体で、MはマルチのMで多用途での使用を前提に設計されている。具体的には腕の部分がアタッチメント方式で、付け替えられる。
アシュレイがコッポラ工房時代に作ったゴーレムを元に、フロリアと共にブラッシュアップしたのだが、残っているのは面影程度で、あらゆる点で原点を遥かに超えている。
これは後になって判ることだが、パレルモ工房(アシュレイ出奔後にコッポラ工房から工房主が変わっている)で作っているゴーレムは、やはり同じアシュレイのゴーレムを元にしていていわばリキシくんとは同根の製品になるのだが、今ではパレルモ工房の製品は劣化が甚だしい。
それでも、名工房パレルモの品ということで、各国では高値で取引されていて、実際にこの粗悪品ですら、他の国では性能面で追いつけずにいて、工房のあるアリステア神聖帝国の貴重な外貨獲得手段の1つになっているほどであった。
このリキシくんを個人的に作れるフロリアの値打ちは、確かに体格と同じ量のオリハルコンよりも貴重になるだろう。
リキシくんは基本的に力仕事用で、人間にとってとてもきつい開墾を含む農作業、土木作業あたりが得意技。体格さえ合えば、鉱山の採掘作業も十分にこなせる。
しかし、貴族や王族がリキシくんを知れば、まずは軍事用としての利用を考えるであろう。足があまり早くないのだが、とにかく頑丈で長時間稼働が可能で、巨大な剣や盾も使いこなし、アタッチメント方式で火炎放射器を模した魔道具も装着可能。野戦陣地の構築から、実際の戦闘での陣地防衛まで鉄壁の強さを発揮するだろう。
そして、リキシくんよりもさらに強いゴーレムがトッシン。型番はF-1からF-5でトッシン1号から5号まで作られている。
体格はリキシくんと同じようなずんぐりむっくりだが、脚部がさらに太くどっしりと作られている。但し、体高は10メートルとトロールとほぼ同等で、リキシくんの倍ほどの大きさである。
足の裏にあたる部分にはローラーが装備されていて、その周りには圧縮された空気を吹き出す噴出孔が多数装備され、さらに大幅な重量軽減効果をもたらす魔道具がトッシンの体の各部に配置されている。
これによって、普通であればドシン、ドシンと歩く筈が、甲高いローラーの駆動音と共に、地面の状況にもよるが時速70~80キロ程度で突進することができる。
ローラーダッシュの駆動時間も十分に実用的な範囲で、この巨体を高速で走り回らせることができる。前面装甲は強靭で、両腕には槍と盾。必要に応じて剣や、リキシくん同様の火炎放射器、大粒の散弾を撃ち出す銃形状の武器を装備することも可能である。
このトッシンの性能試験では、アオモリのずっと奥で見つけたはぐれトロールにトッシンさせて、体当たり直前に重量軽減魔法を切断した。たちまち重さ数トンの鋼鉄の塊に戻ったトッシンが時速50キロ程度でトロールに激突したのだ。盾を前面に押し出した、いわゆるシールドバッシュの形でトッシンに突っ込まれたトロールは、一撃で絶命。
アシュレイは思わず絶句したほどの性能であった。
このローラー移動のアイディアも元来はアシュレイのものであったのだが、交易隊の護衛として馬が馬車を牽く速度に合わせて、長時間無理なく移動できるように、という意図で思いついたものであった。
それが、フロリアがそのアイディアを捏ねくり回した結果、徒歩よりも早い程度の移動速度が、時速70キロオーバーのローラーダッシュに進化してしまったのだ。
「リキシくんは軍事転用される可能性が怖いけど、トッシンはそもそも戦闘用ですねえ」
とアシュレイは嘆息したものであった。これも絶対に悪い人に知られてはいけない。
それでも、開発を途中でやめようとは言わなかったのは、彼女の職人、研究者としての魂が、より優れた性能のゴーレムを実現できる可能性を目の前に立ち止まることを許さなかったのだ。
師匠を失ったフロリアは、しかし、ゴーレムの研究を辞めるつもりは無かった。お師匠様が酷く怖がっていた、悪い人へ取り込まれる、という可能性には十分に留意しつつ、それでもまだまだ今のゴーレムには進歩の余地があると思っていた。
それにアイディアだけあって、実現していない機能もある。一番実現したい機能は、飛行機能であるが、それ以外にも水中作業をしたり、水中を高速で移動する機能、人間ですら入れないような狭い場所に侵入して作業する機能、魔法の"燃費"を改善して、今よりもずっと長時間稼働を可能にしたい……。
薬草の方は、「割りと良い薬草」というアシュレイの言葉通り、そこまで珍しいものは採取できなかったが、ちょうど在庫が薄くなっていたモノを数種、群生地を見つけて採取できた。
さらに薬草ではないのだが、ハーブや自生している根菜を入手できたのも大きい。
そうした、普段どおりの生活を数日、行うことでフロリアはこれまで通りの生活のリズムを取り戻していった。
***
ヴァルターランド暦556年2月8日。
アシュレイが死亡してから7日後の朝。フロリアはニアデスヴァルト町に到着した。
ニアデスヴァルト町は、領地貴族の領地ではなく、王国の直轄領になる。大きな町になると直轄領には国王の代官が赴任するのだが、この規模の町では代官は居ない。この地方を統括する代官が任命した役人が、町の規模に応じて現地で任用されて常駐したり、巡回したり……。
巡回の場合は普段の行政は、地元の有力者が任命されて行い、王国政府に対して服従と納税の義務を負うという形になる。
レソト村は、この巡回の役人すらほとんど来ず、村民の中から選ばれた村長が、村の運営を行っているといった具合である。
ニアデスヴァルト町は、町の"格"を示すと言われる、町を守る壁であるが土を突き固めたいわゆる土壁を採用していた。
この大陸ではある程度の大きさの"町"は例外なく高い壁に取り囲まれていた。かつて、伝説的な転生人である通称大建築家、フランク・ライトが安価に頑丈な壁を作る技法を開発。大陸中に広げたのだった。おかげで土魔法を得意とする魔法使いはこの防壁の作成や修理をする「壁職人」になるのが定番の勤め先の1つになっている。
ニアデスヴァルトの壁の高さは7~8メートル。この壁に頼って戦闘するというつもりが無いのか、内側から壁の上に登る階段は付けられていない。
街道は町の土壁のすぐそばを通り抜けているが、途中に1箇所、道が分岐して町の大門に直結している。この大きさの町だと交易隊がパスして通り過ぎることも多いので、こうした形式になっているのだった。




