第八話「次期国王選定試練模擬戦」
スフィリア姫、チフユなど魅力的なヒロイン達と迎えた波乱万丈の一日が終わった聖太。
丑三つ時に寝室に現れた謎の影。様々な事象が繰り広げられる中、聖太のスフィリア姫の従者としての一日が、今、始まる。そして、チフユが語る、聖太が参加することになった「次期国王選定試練」の実態や内容とは——————?
時刻は丑三つ時。月の光だけが薄く入ってきていて、それ以外は一切の暗闇。聖太は無警戒にいびきをかいている。
「見つけた…こいつなら」
聖太の上には、黒い人影があった。黒い羽根を携えた、獣人族が聖太の服を脱がせていく。
「よし…」
獣人族はごくりと固唾を飲むと、自分の体に聖太の手を当てた。
「キュッ…」
獣人族から漏れた声は、聖太以外誰もいない部屋に高めの音で共鳴する。外の窓は開いていて、心地よい夜風が二人の髪の毛を撫でる。
「んー…?」
聖太は、手に感じる柔らかい感触に違和感を覚え朦朧、体に当てられた手を何度か、わきわきと動かす。
「キュッ!?キュ…!」
獣人族は、聖太の動きに呼応して嬌声を響かせると、驚嘆し、目を白黒させる。
「ケダモノ…が…今日はこの辺で勘弁してやるわ…ッ!」
獣人族は散らばった衣服を迅速に片すと、黒い羽根を羽ばたかせて開いた窓から飛翔。漆黒の羽を羽ばたかせて夜の月へと消えていった。
「きろ…」
ふと、凛とした鋭い声と、白百合の様な匂いに鼻腔をくすぐられ、聖太は夢の狭間と現実の境界線に居た。
「おきろ…全く」
「おーい…腕でもつねったらいいのか?いくぞ…?」
「えいっ」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?痛たたたたた!?!?」
俺は、鋭い激痛を腕に感じ、その痛みを振り払うために、夢中で無意識のまま腕を振り回した。無意識というものは時に有り得ない程の力を発揮するという。昔耳にしたとある実験では、水滴の音を自分の血の滴り落ちる音と勘違いした囚人が、実際に死んでしまったくらい、人間の無意識は時には規格外の力を発揮する。火事場の馬鹿力とも言う。
「きゃぁっ!?!?」
その声は俺の周りを右往左往して、俺の耳朶に非常に近い位置で止まった。温かい息遣いと興奮した吐息が傍から聞こえる。
「え…?え…!?」
その声の主は紅潮し、聖太の眼前で目を白黒させている。あたふたと目の前で動く彼女のその体温と布の擦れる音に、俺はゆっくりと目を開けた。
「なんだ…?全く一体…え」
俺が嘆息すると、目の前には銀髪のメイドの姿があった。鋭い眼光の中にも、少女の面影を内包した深海の底の様な瑠璃色の瞳は、大海の波のように揺れ、そのラピスラズリのような奇跡的な美しさに息を飲まざるを得なかった。昨日見た彼女の凛々しくも精悍な瞳とは打って変わった、酷く弱々しくかわいらしい瞳をしていた。
「な…ば、ばかぁ!!!!!!」
これでもかと言うほど紅潮した顔の彼女は、わなわなと唇をきつく締め、おそらく利き手であろう握りこぶしに力をこれでもか、と全力で込めて、俺の腹部に向かって一撃。
「ぐふぉ…」
鳩尾に硬い石の様なものが剛速球でぶつかった様な感覚に、俺は悶絶し、押しつぶされた内臓は逆流し、喉元に迫った逼迫感に嗚咽の声を漏らす。
「な、なにしてるんだ!!」
チカチカと眼前に星空が現れたような衝撃の隅で、憤慨する声が俺の耳朶を無遠慮に叩いた。声は入ってくるものの、俺は内臓を握りつぶされたような痛みに全身が蠕動し、それどころではなかった。
「この…ケダモノ!!大犯罪者!!不埒者!!ニート!!もっかい投獄されろ!!ふん!!」
彼女は、力の限りそう吐き捨てると、ドタドタと騒がしい音を立てて部屋から遠ざかって行った。
「な、なんだ全く…嵐のように去って行ったな…い、痛っ…勘弁してくれよ…」
俺は、腕が焼き切れるような痛みと、腹部に残るどずん、とした満身創痍に苦しんだ。
それが、聖太がこの世界に来て二日目となる、冒険の始まりの朝だった。
聖太達一行は、城下町の外壁の向こう側、エンドルシア大草原のほとりにいた。
スフィリアちゃんの魔術鍛錬の訓練の為に、チフユが監視役として魔術の鍛錬を日々送っているのである。どうやら昨日、俺がこのエンドルシア大草原にスカイダイビングした時も、その魔術鍛錬の帰り際だったらしく、スフィリアちゃんがチフユの静止も空しく芝生の上で気絶していた俺を助けに来たのだという。
「アリア:エルウィンド!!」
スフィリアちゃんがそう魔術を叫ぶと、スフィリアちゃんが杖を構えた数メートル先に小さい竜巻の様なものが発現する。
「うぉ…これが魔術か…すげぇリアリティ…」
俺は目の前で見る初めての非現実的光景に、仮想世界の描画エフェクトとはいえ驚嘆を隠しきれない。
しかし、その竜巻は見る見るうちにその威力を増して行き、ビリビリビリと台風の様に強化されていく。加速度的に広がって音と比例して大きくなる竜巻に、スフィリアちゃんが飲み込まれて行く。
「え…?うわわわわわわ止まってえー!!!うわー!!!」
為す術もなく無抵抗に宙を舞う美少女の図。三メートルほど飛翔、というか投げ飛ばされたスフィリアちゃんは、目を白黒させている。俺はそれを呆然と下から眺めている。あっパンツ見えた。スフィリアちゃんの今日の下着は白か。風魔法最高。エルウィンドしか勝たん。風の神様、有難う。俺はスフィリアちゃんの破滅的な状況には目もくれず、敬虔な信徒のように天に向かって合掌する。
「ひいー!!!!」
飛び回るスフィリアちゃん。スフィリアちゃんは宙を風に舞うビニール袋のように二回転、三回転、とすると、急激に方向転換して近くの樹幹へと大きい音を立てて激突した。耳心地の悪い衝撃音と木の葉が揺れて擦れる音が、辺りに響く。
「お嬢様!?大丈夫ですか!?」
「きゅう…」
スフィリアちゃんは、完全に向こうの世界の人間となってしまったようだ。だらしなくぱくぱくと口を開け、目を回しながら彼岸の星々に挨拶をしている。何ともまぁ、半端ない威力だ。スフィリアちゃんがもしこれを緻密に鍛錬し、制御されたこの魔術を生身の人間に発動したら、もはや大ケガでは済まないだろう。全身が木っ端微塵に破壊され、満身創痍になり何もできないでいるだろう。そのくらいは想起をさせるくらいの威力が、目の前の天災級の魔術にはあった。
「王位第四継承者のロコ様との王位継承者による模擬戦がもう来週に迫っているのに…」
額を抑えてチフユは長い藍色の髪を揺らし、辟易する。
「王位継承者による模擬戦…?」
俺が怪訝な瞳でチフユに尋ねると、「あぁ」と俺に一瞥し、説明を始めた。
「そうなんだ。次期国王選定試練は、主に二つの試練が用意されている。一つは、王位継承者による模擬戦。もう一つは、魔獣討伐試練の二つだ。前者は、一週ごとに渡って、全王位継承候補者による一対一の模擬戦が行われる。主に候補者の魔術の技量の選定だな。強くなければ国を守れない。だから模擬戦では勝利するべきなのだが…」
チフユは、スフィリアちゃんに目を移すと、体勢を変えないまま、はぁ、と嘆息すると首を横に振った。
「このままじゃ、望み薄なのか」
「そうなんだ…このままじゃ相手に魔術を食らわせるどころか、自分の魔術でスフィリア様が遺憾にも細切れにされて試合終了なんだ…」
「ふーん…」
俺は、ディメクエ前作での知識を反芻するが、スフィリアちゃんの魔術は恐らく風魔法の中でも下級の魔術であろうと推察した。しかし、威力が桁違いだ。下級魔術の詠唱で、上級魔術くらいの威力があるだろう。
「なんでこんな大災害みたいな威力なんだ…?チフユさん」
俺は頬にまで垂れた汗を拭って、尋ねる。
「今の陛下も、風魔術の至極の使い手なのだが、彼女はその風魔術の素養を陛下以上に与えられ生まれてきたんだ。小さいときに魔術を間違えて発生させて、城を半壊させたこともあるそうで…私や家臣、魔導士が指導を行ってきたおかげで今では家一つ壊れる程度まで制御することは出来たが、まぁ見ての通り、まだ不安定でな…いつも魔術の発生位置と威力が不確定でな。こうして必ず暴走してしまうんだ…今日はもうダメそうだな…」
チフユは慣れた手つきでスフィリア様を背負うと、城下町に向かって歩き始めた。
「だ、大丈夫かチフユさん…俺がスフィリアちゃんをおぶろうか?」
チフユは目の色を変えて、鬼気迫る表情で俺に捲し立てる。
「いいわけないだろ劣情のケダモノ!!昨日だって、スフィリア様と浴場であんなに赤くなるまで何をしてたのか知らないが…今日だって私をベッドに無理矢理抱き寄せて何かしようとしたじゃないか!!お前は誰でもいいのか!!この毒キノコ!!言っとくけど、私はお前を認めてないからな!!スフィリア様をお前みたいな不埒者に毒させるものか!!」
ものすげー言われようだな…つーか抱き寄せてねぇし。何か気づいたらお前が横にいただけだろ…。
「全部事故なんだけどな…わかったよ…」
俺は辟易すると、スフィリアちゃんの荷物や杖を回収して城下町に向かう彼女の後を追った。
「風魔術か…」
俺はスフィリアちゃんが使っていた杖をふと、一瞥する。
「エルウィンド」
俺はそう詠唱すると杖を一振り。すると杖の先からは先ほどのスフィリアちゃんの天災級の風魔法が展開。地は轟音を鳴らしながら地割れを起こし、バリバリバリと霹靂の様な音を立て大空が割れ、目の前の草原にはまるでモーセが顕現したかの如く草原が二つに割れ、地中の岩石や草木、木々を巻き込んで超破滅級規格外の風魔術スキルが発動——————しなかった。
「いくら異世界だったとしても、そんな都合よく「俺TUEEEE!!」ってはならないか…クソ…コントローラー使えば一発なのにな」
俺は一縷の期待を込めて杖を振ったが、そんな良くある異世界転生もののご都合展開にはならなかった。しかし、杖の先に居るチフユのミニスカートはそよ風で揺れ、ちらりと下着が見え隠れした。俺はその僥倖に謝意を感じながら、その鮮明な光景を海馬に深く刻みつける。ピンクのレースの下着だった。それを凝視していると、彼女の下着が微妙に透けていることに気づいた。彼女に似つかわしくないガーリーな下着は、花の文様の半透明なレースで双球を内包していて——————、
「うふふ♡」
一瞬の出来事だった。俺が無警戒で瑞々しい果実を凝視していると、気づかぬうちに眼前に光が現れた。——————否、それは光ではなく、音速級で放たれた刀身の一閃だった。その光一閃が俺の視界を完全に埋め尽くしたと思ったのも束の間、コンマ一秒も立たずに俺の体躯は頭から一直線に後方へ吹っ飛ばされた。
「——ッ」
俺はあまりの速さの一閃に、為す術ないまま体躯を宙に遊ばせる。頭蓋を揺らされたことにより、一挙手一投足が鉛の様に重く、そのまま受け身を取れないまま草原に落下した。
「安心しろ。峰打ちだ。数時間は立てないだろうが、まあ色欲の大罪人であるお前には丁度いい贖罪だろう。まぁ、その辺のスライムに全身を食まれて起きた時には跡形も無くなっているかも知れないけどな」
嬉々とした声色とは裏腹に、おどろおどろしい殺意に塗れた雰囲気をその端整な顔に醸し出しながら、チフユは踵を返し城へと帰って行った。
「何だよ…俺TUEEEEEどころかそよ風魔法じゃねえか…実は史上最強の魔術スキルの使い手じゃねえのかよ…」
俺は遺言を近寄るスライムの傍で嘯くと、頭蓋から血液を飛散させ、映画のエンドロールで流れるスライドショーの様に流れる景色がセピア色に見えると、俺の意識はスライムに食まれたのだった。
この度は、私、すゞみずみすゞの小説を最後までご覧いただき誠にありがとうございます!
少しでも良かった、面白かったと思って頂きましたら、ブクマなどの応援を、どうかよろしくお願いいたします!
まだまだ粗削りではありますが、自分の作品がアニメになるという夢に向かって書いて行きたいと思います!
コメントなども是非ともお待ちしております!(*^-^*)
私の励みになります!(笑)
宜しければ次のお話も、読んで行って下さいね♪(*^-^*)