第七話「初めての夜」
初めてのちゃんとした食事をバーチャル世界で行う聖太。
光る魚に驚愕しつつも、現実でのマグロに相違ない味に舌鼓を打つ。
そこに現れたのは、スフィリア姫の側近のチフユというメイドだった。
彼女の秘めたる剣スキルに恐怖する聖太、新しいNPCと出会った今後の運命、して聖太のバーチャル世界での展望とは——————?
食事が終わると、俺はお風呂場にいた。日本で言う露天風呂の様な浴場を、俺はスフィリアちゃんに言われるがままに借りて使っていた。風呂は、命の洗濯だというどこかのキャラクターのセリフを思い出していた。思えば今日、心の休まる場面が全くと言っていいほどなかった。ログインの後のスカイダイビング、牢獄での獄中生活、ログアウトの出来ないまま、慣れない環境での生活。
「コール:フォースド・ログアウト…」
湯船に浸かりながら呟くが、無情にも流れているのは浴場に響く水音のみだった。
「はぁ…」
牢獄での開発者との会話を反芻する。
『このゲームは非常に良く出来てる。それこそバグなんか存在しない程に作り込んだ、言わばもう一つの僕らの多次元世界さ。それじゃあ、君の旅路に健勝有らんことを。』
開発との会話の内容を、要約するならば、『現状ログアウト出来ないのは仕様であって、ゲーム上のバグや問題ではなく、至って正常な状態である』と。
俺は顎に手を当てて推考する。
「でもそれならば、現実世界での俺はどうなってる…?現実世界での俺は、少なくともどんどん衰弱して行っている。それならば、残された時間は約一週間。ゲーム内の時間と現実世界での時間間隔は、時差ボケを起こさないためにタイムラグの一切もなく正確無比に一定。その期限が訪れるまでに、俺はどうしたらいい?今までのディメクエと同じようなボリュームだとしたら、少なくとも半月はかかるだろう。さらに、コントローラーやを用いた二次元的な仮想キャラクターを操作するようなゲームではなく、三次元的で現実の動きのように身体がシンクロしているこの世界で、前のように上手く体を動かして戦闘出来るとは考えられない。ましてや引きこもりの俺じゃあなぁ…」
「スポーツでもやっとけばよかったなぁ…」
聖太は、専らの帰宅部であり、さらにエース級の帰宅部部員だ。きっと世界帰宅部員オリンピックなるものが存在するならば、間違いなく日本代表の名を冠するだろう。
「ゲームだったらまだしも、現実の俺の戦闘スキルや体の動かし方は三流だからな…前作までのディメクエの知識や、今までやってきた数多のゲーム経験があるにはせよ…アバターがリアルの俺のままじゃなぁ…」
俺は濡れた髪を掻き上げる。
「湯加減はどうですか?」
突然聞こえてきた甘美な鈴の様な声色。俺はそれが一瞬でスフィリアちゃんの物であると理解できるくらいには、彼女との時間を過ごしていた。
「えええええ!?スフィリアちゃん!?何しに来たの!?えっちなのはいけません!」
「何って…冒険者さんの様子を見に来ただけですよ?えっち…?」
「えええええっちじゃん!!お父さんいけません!スフィリアちゃんをそんな子に育てた覚えはありませんよォォォォォォ!?」
まるで狂言のように語尾が情けなくも裏返る。それもしょうがない。俺の後ろには、おそらく一糸も纏わないであろうスフィリアちゃんが居るのだから。そんな状況で、毅然としてられるほど俺の心は歴戦の猛者ではない。
「あの…何か勘違いしてませんか…?わたし、ちゃんと着てますよ…」
スフィリアちゃんが呆れた様子の声色を出す。俺はそれに安堵して、
「なーんだ、そうだもんね!全年齢対象だもんねこのゲームは!そんなスケベイベント起きるはずないよね!勘違いしちゃった———」
俺はありえない程の早口で弁解をすると、そのままありえない速度で首を後ろに、スフィリアちゃんが居るであろう方向へ向けた。
「な、なんですか」
服を着ていると言っても、スフィリアちゃんはバスタオル一枚で恥ずかしそうに俺の前にちょこん、と鎮座していた。勿論その向こうには…桃源郷。ぺたん、と女の子座りをしているスフィリアちゃんのバスタオルの下からは、薄桃色に紅潮した血色の良いふとももが見えている。少女の形を纏っているにも拘らず、酷く危なげで蠱惑的な魅力を孕んだふとももは、見るに毒だった。女の子特有の丸みを帯びた腰つきや、つぼみのような双丘も、全てバスタオルの上からそれがどんな形であるかは想像に難くなかった。
「あ、あの…」
俺が死にかけの動物の様な弱弱しい声で救助を訴える。
「…?どうしたんですか?」
スフィリアちゃんは何がいけないのか全く分かっていない様子で、怪訝な表情をして俺に顔を近づけてくる。
「服…」
俺は眼前にある、双丘の谷間を垣間見る。ちらりと除いたその空間には、傾斜は強くないものの、決して断崖絶壁ではない絶対的な領域が存在していた。
「きて…」
俺は、沸騰する頭に耐えきれずいた。俺がそう死に際に放った一言と同時に、鼻に熱を感じた。鼻腔から口元に温かい水が流れてくる感覚の後に、俺は鮮血を巻き散らかすと、俺はスフィリアちゃんの返答を待てずに意識の黒海へと沈んでいった。
「わ――!!冒険者さん!!」
そんな少女の慌てふためく声が、水の中に居るようにくぐもって聞こえる。朦朧とする景色の深海の中で揺蕩う中、少女の肌が近づいてきたような気がしたのも束の間、俺の意識はそこで途絶えた。
「ん…?」
次に俺が目覚めたのは、見知らぬ天井だった。
「大丈夫ですか?冒険者さん」
こちらを覗く薄桃色の無垢な瞳に、俺は覗かれていた。シルクのような金髪が揺れ、陶器の様な肌。そこからは甘く蠱惑的な匂いが香って来て、俺はその匂いで一気に意識が覚醒した。
「うぉっ!?」
幾度も惑わされたその声の主は、勿論、スフィリアちゃんだった。俺は先ほどの露天風呂の風景を反芻して、飛び起きて自分の状況を確認する。
「服…着てる」
スフィリアちゃんは人差し指を立てて、自慢げに俺に事の経緯を語った。
「もちろんです。チフユがあの後来てくれて、冒険者さんを運んでこの寝室に運び入れてくれたんですよ。身支度から何もかも、チフユが」
「あの、鬼こわメイドが…?」
あの鬼こわメイドが、俺の裸体に服を着せて、それでいて何も危害を加えず寝室に運び込み布団の支度までしてくれた…?腕の一本や二本無くなってないよな…
「俺、何か内臓とか抜き取られてない…?」
「ふふ、チフユはそこまで怖くないですよ。チフユはいつも私を守ってくれますし、いつだって昔から私のことを気にかけてくれて、幼馴染みたいな、友達みたいな、そんな感覚なんです。冒険者さんに当たりが強いのも、私を心配して思っての事なんですよ。」
スフィリアちゃんは破顔一笑し、親愛なのであろう女性の事を語り始めた。
「殺されそうになってたけどな…」
俺はバツの悪い顔で自身に降りかかった災害級の恐怖を反芻する。
「でも、その言い方だと結構昔からチフユさんと一緒にいるみたいだね?」
俺がスフィリアちゃんの過去について追及すると、彼女はぽつぽつと安寧を孕んだ目で大事なものを抱きしめるように語り始めた。
「そうなんですよ。私が昔、10歳くらいの時です。見知らぬ蛮族に襲われそうになった私を、自らの身分も捨てて救い出してくれたんです。」
「身分…?」
「チフユは昔、とある貴族の一人娘で、私と寸分違わないくらいの身分に居たんですよ。だから、幼少期から接点があって、何度か会って話すくらいの仲だったんです。」
「そうなんだ、そんな昔から一緒にいたんだ、ふたりとも」
二人の過去にはそんな昔から交友があったのか。蛮族に襲われたとか、すげぇ経験だな…。流石異世界ファンタジー。
「それの親友が今じゃ紆余曲折して、私のお世話係として一緒にいるんですから、面白いですよね。違う国のお姫様同士が、一緒に居れるだなんて、あの時は思いもしなかったなぁ…」
スフィリアちゃんは虚空に思いを馳せている。その彼女の友愛に満ちた薄桃色の瞳から、チフユという存在が彼女にとって至極大切な存在であるということを俺は感じた。
「あ、そろそろ寝る時間ですね!冒険者さんも、今日はゆっくりお休みしてくださいね!明日からはちゃーんと、私の試練に手伝ってもらいますから!それじゃあ、おやすみなさい!」
スフィリアちゃんはぴょんと兎が跳ねるように時間に気づくと、もじもじと少し恥ずかしそうにはにかみ、速足でそそくさと駆けて行ってしまった。
「親友、かぁ…」
俺は、学生時代の事を思い出していた。今まで俺には友達なんてものが居なかった。小学校でも引きこもりがちで、あまり外に出ない少年だった。中学校に至ってはそもそも学校を休むことも多かった。そんな中、高校生の時に殻に閉じこもってた俺を半ば無理やり引きずりだしてくれたのが真人だった。
「そういえば真人、どうしてるかなぁ…」
ふと、俺と同じゲームを楽しもうとした親友の姿を思い出す。
恐らく俺と同時期にダイブしたであろう真人は、もうこの世界からログアウトしているのだろうか。それとも、アイツも俺と同じくこの世界に囚われ続けているのだろうか。チュートリアルの時から、アイツが居ないこと、ゲームが始まってからも全く声も姿も確認出来ていないとなると、俺とは違う形でこのゲームにログインしたのか…。何にも状況が分からない。
現時点で、分かることはただ一つ。俺は、ログアウト出来ないまま、この世界に囚われ続けているということだ。その言葉の通り、開発者という絶対的権力者によって。
「期限はあと一週間か…その間に、何をすればいいかも分からない。チュートリアルの欠陥で、今回のゲームクリアの目的も分からないまま。初期装備も説明も何もないまま。本当に八方塞がりだな」
俺は、誰もいなくなった虚空に愚痴を嘯く。
勿論、答えが返ってくることはない。本当に絶望的な今の状況に俺は辟易すると、今日の疲れとあまりに八方塞がりなこの状況が、俺の眠気を酷く刺激した。
「アプデ待ちか…俺にできることは何もない。明日の俺に全てを委ねよう…」
俺が目を閉じると、直ぐに全てが暗転した。聖太は、この世界に来て初めて、終わることのない夢中遊泳に身を任せるのだった。
この度は、私、すゞみずみすゞの小説を最後までご覧いただき誠にありがとうございます!
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まだまだ粗削りではありますが、自分の作品がアニメになるという夢に向かって書いて行きたいと思います!
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