第五話「管理者権限によりファイルを開く」
武器屋にて盗みを働き、逃走に失敗した聖太は店主に捕まり、その後エンドルシア王城に捕らえられてしまった聖太を、スフィリア姫が覚悟を決めて助けてくれる。しかし彼女の声は震えていて、聖太は疑問を抱きながらもスフィリア姫の好意に預かることとする。牢獄に現れたスフィリア姫が抱える問題とは。そして、聖太の短い獄中生活が始まる——————。
「ほえ…?」
スフィリアちゃんは、呆気にとられている。
「ベリオリスはまだ死んでないですし、しかも、ここ数か月で坑道に救い始めた魔獣ですよ…?」
スフィリアちゃんは、首を傾げ、疑念の眼差しで俺をじとりと見る。
「あー、まぁ、この世界っていうか、違うこの世界っていうか、この世界に似た別の世界で上位ランカーだったからこの世界でも余裕っしょ、みたいな感じで…何言ってるか分かんないよね、あはは」
俺が頭を掻き破顔すると、何故か彼女の双眸が涙ぐむのを垣間見たような気がしたが、彼女はその素振りを無かったかのように勢いよく開眼すると、
「良く分かりませんが、歴戦の冒険者さん、一緒に試練に挑んで下さるのですか!?」
「う、うん。俺もまだこの世界でどういう立ち回りしたらいいかとか分かんないし、スフィリアちゃんの力にもなりたいし、傍で色々教えてよ!スキルの知識とか、魔術も少しなら分かるからさ」
「危なくなったら、すぐに逃げて良いですからね!!本当に、辞めたくなったらいつでも言ってください!!私何にも出来ないですけど、それでもいいですか…?一緒に来てくれますか…?」
泣きそうな眼差しで俺を見上げる女の子を前にして、断る理由など万に一つも見つからなかった。
「うん、いいよ。俺に任せて。一緒に頑張ろうね」
俺の返答を聞くと、スフィリアちゃんは両手を上に上げ、力強く飛び跳ねた。
「やったー!!キャリーして下さい!!」
「ちょ、キャリーとかメタいこと言わないでェ!?一気にチープになるからァ!!王女でしょォ!?」
「それじゃ、詳しいことは牢獄を出てから話しましょうね!待ってます!」
「あ、うん!じゃあ、また!」
「はいっ!!」
牢獄、とかいう恐ろしい単語の内容とは裏腹に、向日葵の様な笑顔を俺に向けてくれたスフィリアちゃんは、駆け足で駆け抜けていった。
「あ、あとどのくらいで出れるのか聞くの忘れた…半日まるまるかかるならここで何してたらいいんだ…というかそろそろいい時間になるのにまだログアウト出来ないのか?ったく運営何やってんだよ…」
俺がログアウト出来なくなってから最早数時間が経過している。
ちょうど大学の4限が終わり、自宅に直帰した後に、ゲーム内システムデータをダウンロードしたり、
起動までの準備に数分がかかったので、始めた時間は夕方くらいだったので、そろそろ現実時間では夜になろうとしている頃合いだろうか。
現実では俺の親が飯を作って部屋の前に置いてくれている頃合いだ。俺は何だかこの世界から早く帰りたくなった。
「コール:メニュー」
『…。』
訪れる静寂。現れないウィンドウ。俺は半ば諦めていた。
実際、現実なんか飽き飽きしていた頃だ。いつか死のうと思っていたし、ゲームの中の世界で天寿を全う出来るならば本望、学生時代をゲームに捧げた俺の人生はゲームで終わるのが相応しいし、俺もそれを望んでいる。
クロノリアムでの生命維持機能は僅かなものだ。いくら飢えと空腹を、満腹中枢を電気信号で刺激することで一時的に満たせるとは言え、人間は必要な栄養素が無ければいずれ脳の機能を完全に停止し生命活動は終焉に至る。
もし、このままログアウト出来なかったら…俺の命は少なくとも一週間か二週間くらいだろう。どこかで見たインターネットの掲示板に、人は水があれば物を食べなくても一週間や二週間は生きれると書いてあった。
クロノリアムでの脳への電気信号でその水の役割を一部代替することが可能だと考えるならば、そのくらいの期間が妥当と言ったところだ。
まぁ、まだ決まった訳じゃない。今のは悲観的で、最悪のケースが実際に起きてしまった場合の状態を想像しただけであって、クロノリアムもの世界規模のコンソールとソフトウェアが、プレイヤーがこんな状況に陥っている重大なバグを修正しないはずが無いだろうし、少なくとも一日くらいあれば現実世界に帰還できる方法が現実の公式側からアナウンスされるはずだ。
「しっかし…俺の親が部屋の前にご飯を置いてくれるタイプなのが裏目に出たな…これじゃクロノリアムを強制停止させたり、外してもらう事も儘ならない。泣きっ面に蜂だぜ全く…」
『あんたも、この世界に囚われているオチか?』
「ッ!?」
俺は、隣の牢獄から聞こえてきたその声と、その内容に驚愕を隠しきれず、脊髄を氷の龍が蠕動し駆け上っていく感覚に囚われた。
「あんた、誰だッ!?」
思わず、自分から自然と声帯がひとりでに震える感覚を覚える。
『俺も、この世界に囚われていてログアウト出来なくてね…』
声の主からは、落胆の表情が感じ取られた。このプレイヤーも、あの理不尽なチュートリアルを乗り越えて今ここに存在しているということなのだろう。
声の主は、低い男性の声をしている。そのビリビリと低く響き振動する音色からは、成熟した男性の印象を受けた。恐らく声の主は、成人男性であると予測される。
「そ、そうか、俺も困ってるんだ。アンタも盗みを働いてここに投獄されたオチか?」
声の主はふ、と笑いを漏らした。その声からは何故だか底知れない余裕さえ感じられた。
『そうだね、そんな所だ』
「しっかしアンタ、何年投獄されたんだ?まぁ、いずれ修正が来て出れるようになるだろうけどさ」
声の主はまたもや不敵に笑い、こう言った。
『二年だよ。アンタと同じ、初期装備も何も無かったから武器をくすねようと失敗してここにいるのさ』
「あちゃー…ディメクエリリース当初から今までの中でも前代未聞のバグだよな。運営は何やってんだよ。ちゃんとデバッグしたのか?チュートリアルとか失禁モンだろ…もう少しで漏れるとこだったぞ」
あれ。俺自分が盗んだもの言ったっけ。
『はは、そりゃー申し訳ない』
男は何故か謝罪をして、だけど、とそのまま続ける。
『やったと思うよ。そりゃあもう、入念にね。隅から隅までこの世界を作り上げ…そう、この牢獄の壁のテクスチャから匂い、質感まで本物の素材を踏襲して現実との差異がないように作っていてね』
明らかにプレイヤーだとは思えない発言の数々。先ほど感じた底知れない余裕の正体に合点が行くと同時に、俺は自然と口から言葉を発していた。
「…あんた、開発者か?何故ここにいる?」
『私もカスタマーの声を聞き調査する為にログインしていてね。言わば仕事の一環さ。』
俺は先程まで何度も苦言を呈していた開発者が今真隣に居ることに動揺を覚えた。ここで開発者までもがこうしているということは、開発元でも修正不可能な相当に重大なシステムバグが起きているという事だ。
「それじゃ、私は他のカスタマーの所に行き調査、観察を行って行こうかね」
「他のって、アンタ、出れるのか?」
『そりゃそうだ。だって権限者だしね。コール:コーディネート・ムーブメント・x9545816156,y-500,z51468』
先程の俺の予想とは大いに違う返答に、俺は声を荒げる。開発者が呟いているコールに、俺は得体の知れないおどろおどろしい恐怖が脊髄を昇っていく感覚がした。
「ちょ、アンタ、ここからいつ出れそうなのか、教えてくれよ!!!!!今、どうなってるんだ!?ディメクエとクロノリアムは!!」
俺が鬼気迫る表情で、喉から絞り出したような声で裂帛。開発者はそんな俺を非力な赤子を侮蔑するように嘲笑しながら、
『どうも何も———』
『このゲームは非常に良く出来てる。それこそバグなんか存在しない程に作り込んだ、言わばもう一つの僕らの多次元世界さ。それじゃあ、君の旅路に健勝有らんことを。』
「おい、待ってくれ!!」
俺は決死の叫喚をしたが、開発者であろうその男は、もうそこには1ビットも存在していない様だった。何故なら、鎖で繋がれた足枷の落ちる金属音が聞こえたからである。勿論、嘘の可能性もあるが、あれほどの事を口走っていて、今更嘘である必要性が皆無だ。ここからでは視認することは出来ないが、ほぼ確実に開発者は牢獄から脱出したのだろう。
『それこそバグなんか存在しない程に作り込んだ…?』
「ということはつまり———」
「クロノリアムの故障でも、ディメクエのバグでもなく———」
「———これがこのゲームの完全で正常なシステムだ…って言うのか?」
この度は、私、すゞみずみすゞの小説を最後までご覧いただき誠にありがとうございます!
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まだまだ粗削りではありますが、自分の作品がアニメになるという夢に向かって書いて行きたいと思います!
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