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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
開拓船カールプ
9/15

トナ・ニノマエ=メタドラゴンの喉笛



 通信を終えると、ニレさんは椅子から立ち上がって、かわりにボクを座らせた。

 それから部屋に置いてある大きめの木箱の前まで行くと、シェナを手招きして、二人で箱の中を漁りだす。


「なーんか、ボロきれでもいいから無かったかなぁ」

「これ、ゴミ箱じゃなかったんだねぇ」

「まあ、似たようなもんだけどな。……おっ、これなんて

 良いんでないかい?」


 ニレさんが箱の底から服を一枚無理やり引っこ抜く。

無造作に丸めると、こっちに放り投げてきた。

 服はすぐに広がって空中でくねくねと踊って、椅子の背もたれの天辺に引っかかり、ボクの目の前でだらんと垂れた。 

 

「やる。着ておきたまえ」

「は、はい……」


 引きずりおろすように取ってみると、それは丈がぞろりと

長い、白いシャツだった。薄くてひんやりしている。今にも

指から滑り落ちそうなくらい、なめらかで柔らかい。

 間違っても新品には見えないけれど、薄暗がりでぼんやりと輝いて見えるくらいに綺麗だ。


「たぶん大きいだろうけど、まあ、無理してすぐに着ること

 はないぞ。服なんて面倒くさいだけだもんな」

「うんうん」

「すぐに着ます。ありがとうございます」


 そそくさと、貰った服の裾を探す。


「そう? ああ、そのまま、椅子の上で着替えな。焦るな 

 よ。ゆっくり、確実にだぞ。絶対にその辺のハンドルとか

 スイッチとか、それからレバーとか、本当に、まじで、

 絶対に、いじったりするなよ。舵輪はいい」


 着替えてみると、ニレさんの言ったとおり、ボクには少し大きめの服だった。丈の長さは思った以上で、中で膝を

立てて座ってもまだ余る。シャツというか、ワンピースだ。

 肘近くまである袖の口から、たっぷりと空気が入ってきて

脇が冷える。もとから幅広にとられている襟口が、左右に

ぶれてなかなか定まらない。


「あと、これも着けとけ」

「え?」


 何か柔らかい物が、頭に乗せられた。


「あ、これ……」


 よく伸びるショーツだった。シェナが履いているものと

色違いの、白と水色の縞々模様が入っている。


(いま着ている服だけで、じゅうぶんだと思うけれど)


 ずっと持っているのも恥ずかしいし、どこかに置くのも

申し訳ない。

 結局、服の中でもぞもぞしながら、脚を通した。


「髪はシェナとお揃いで真っ黒だけど、顔も服も白くて、

 何だか幽霊みたいだねぇ、ニノマエ」


 ボクの着替えを見守っていたシェナが、椅子の肘掛けに

手を置いて言った。


「さっきまで、ホトケサンだったから……」


 彼女の裸の胸元が目に入らないように、目を閉じて曖昧な

笑顔を作る。

 もう必要ないけれど何だか手放せない、体を温めてくれていた布を羽織りなおしてしまう。


「よし、そのまま部屋の入り口に立たせて、カンナとケケが

 どんな顔をするか見てやろうぜ」

「うしし、驚かせちゃえ」


 本気か冗談か分からないやりとりをする、ニレさんと

シェナ。

 それを見ていたところへ、部屋の外から不揃いな足音が

聞こえてきた。部屋の前で止まって、次に鉄の扉の取っ手が

ガチャリと鳴る。


『……ちょっと待ってください、カンナさん』


 まさに開こうとしていた扉の向こうで、誰かが言った。


『どうしたの、ケケちゃん?』


 別の落ち着いた声が尋ねた。


『ケケって呼ぶの、やめてください。それはそれとして、

 いいですか、この操縦室の中にいるのはニレさんと

 シェナです』

『うん。そうだけど、それがどうかしたの?』

『彼女たちは二人合わせて馬鹿なので、どうせ、しょうも

 ないイタズラをしかけてくるに違いありません。たとえば 

 私たちが扉を開けたとたん、水の亡霊バンシィの格好を

 した二人がわっと飛びかかってくるとか。

 用心すべきです』

『まさかぁ』


 落ち着いた声が笑う。


『いくら二人がしょうもないイタズラが好きだからって、

 そんなしょうもないこと、一瞬たりとも考えないと

 思うよ。それに、そんなに簡単に人のことを馬鹿だなんて

 言っちゃだめだよ』


 扉が再びがちゃりと鳴って、二人の人影が部屋に入って

くる。


「ただいま戻りましたぁ。……ほら、ケケちゃん、大丈夫

 だよ。怖くないよ」

「べつに怖がってはいません。それから、あなたまで私を

 ケケって呼ぶの、いよいよやめてください」


 すらりとした、藍色がかった黒髪の女の人と、背の低い

雪色の髪の女の子だった。二人とも、ニレさんが半脱ぎで

腰からぶら下げているものと同じぴっちりした服を、

きちんと首まで隠すように着ている。


「おつとめご苦労、戦士タチヨ」

「オカエリー」


 棒読みがちに出迎えるニレさんとシェナに、黒髪の女の人が

笑顔を向ける。


「ごめんなさい、アーディエクトに手間取っちゃって」


 アーディなんとかって何だろう。たぶん、何かの

作業かな。 


「初めての獲物だからな。焦るな、ゆっくり、確実に、だ。

 もっと時間をかけても良かったんだぜ」

「ありがとうございます」


 黒い前髪を不自然なく揃えた女の人の顔立ちが、不思議と

懐かしい。なくしてしまった記憶に関わることのような

気がする。

 でも、思い出すとまた水の底まで落ちてしまう気がして、

すぐに彼女の髪に意識を向けた。

 ひとつ撫でれば涼しげな音色を流して、清浄な香りを

ふわりと漂わせてきそうだ。


「……あれ?」


 黒髪の女の子が、背もたれに隠れながら見ているボクと

目が合って、首をかしげた。


「その子……」

「おや?」


 彼女の後ろにいた雪色の髪の女の子も、こちらに気が

ついた。シェナと同い年くらいに見えるけれど、雰囲気は

いくらか大人っぽい。

 奇妙なことに、先をまとめた横髪からちょこんと飛び出た

耳は、ロバのそれのような形をしている。

 雪色の髪にロバ耳の女の子は、眠たそうなツリ目を細めて

用心深くニレさんを見る。 


「やれやれまったく、悪趣味ですね。ほとんど死体そのもの

 の廃棄アプニアを操縦室に連れ込んだ上に、服まで着せて、

 変な姿勢までとらせて」

「……何のことだ?」


 ニレさんがこちらを見ながら言った。視線はボクを突き

抜けた先のどこかと結ばれている。 

 

「ねえ、気のせいかな。瞬きしているような……」

 

 黒髪の女の人がボクを指差して言った。声が小さく

震えて、怖がっているみたいだ。

 ……何か話したほうが良いのかな。


「おい、なあ、何の話をしているんだよ」


 ニレさんが、わざとらしい真剣な声で言う。


「まるで、椅子の上に誰かが座っているかのような口ぶり

 じゃねぇか。おい、シェナ、この空っぽの椅子の上に

 誰か見えるかァ?」

「うーん」


 シェナがこちらを見る。目が合ったと思ったら、黒髪の

女の人と雪色の髪の女の子に気づかれないように、

にんまりと笑った。何だかしょうもないイタズラを考えて

いそうな顔。


「ううん、何も見えないよ?」


 きょとんとした顔をしてみせるシェナ。


「だよなあ。大丈夫かよ、二人とも。外の空気にやられて、

 幻覚が見えちまっているんじゃないのかぁ?」


 黒髪と雪色髪のふたりを気づかうふりをするニレさん。


「いるでしょうが!」


 雪色の髪の女の子が声を荒げた。


「いるじゃないですか、アプニアがぁ! 椅子に座って、

 背もたれの向こうから顔を横半分出して、こっちを

 見ているじゃないですか! 変な冗談はやめて

 ください!」

 

 神経質に整えられた人形のような顔をしていて、凍りついた

湖のように静寂以外知らないという感じのたたずまいだ

けれど、感情の触れ幅は大きめみたい。

 シェナと同じかそれ以上に幼い頬っぺたが、すっかり赤くなっている。その様子がちょっと可愛い。申し訳ない

けれど。


「そんなことを言われてもなあ。見えないものは

 見えないぜ?」


 ニレさんは飄々(ひょうひょう)としている。


「なあ、シェナ」

「うん」

「だよなあ。ニノマエも、そうだよなぁ?」

「えっ?」


 ついでみたいに、いきなり水を向けられた。なんで

そんなことをするの……。


「……」


 みんなの視線が集まってくる。頭の中が真っ白になって

しまう。前髪の生え際に、じっとりと嫌な汗があふれだす。


「み……見えない、です、よ?」


 背もたれを掴みながら、どうにか言葉をしぼり出した。




■竜の喉笛


言語を操る竜の呪文魔法はすさまじく、

次元さえ狂わせるという。


ある闇の魔法使いの集団には、強力な呪文を操る

竜の喉笛をその身に宿す儀式がある。

体の力を抜いて、喉を大きく開き

自身の地声に竜の声を混ぜるイメージで

声を出していく。

とりわけ鍛えるべきは舌の根である。

彼女らは今日も棒状の物で舌の奥を押さえつける。


それを毎日続けていくことで、喉に竜が宿り、

強力な呪文魔法を繰り出すために必要な

美しい声が手に入るのだ。


人気のある舞台役者は、意図せずこれを

習得していることが多い。


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