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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
開拓船カールプ
8/15

カンナ・カンナギ=サーペンテイルの船外報告



 送話口が黙った。

 管の中に留まる空気の熱を鼻先に感じながら、息をのんで待つ。

   

『それはそれは、おめでとうございます?』


 返ってきた声は困っているようで、それでいて、すっかり

優しくなっていた。


「あ、ありがとうございます」


『それじゃあ、ええと、そうね、うーん、調子が狂うなあ。

 とりあえず、ニノマエさん? ニレと話したいから、

 かわってくれるかな。ああ、ニレって誰か分かるかしら。

 金髪のアホ……じゃなくて、さっきまで私と話していた、

 長い金髪の、おでこがひろい人』


 小さな子供に語りかけるように、慎重に言葉を選びながら

といった調子だった。

 はい、と答えて、送話口の前を空けようとする。ものの、

手を掴まれたままなのでうまくいかない。戸惑っている

うちにニレさんが頬を寄せてきて、からかうような口調で

送話口に話しかける。


「どう、信じる気になった?」

『何かむかつく言い方……。そうね、いえ、正直、まだ

 全部は信じきれないけれど。アプニアの再起動なんて、

 なかったわけじゃないのは知っていても、まさか実際に

 遭遇するなんて。でも、あなたが廃棄アプニア関係で

 冗談を言ったり嘘をついたりするなんてないだろうし』

「そういうこと。というわけで、アプニアの臨時収入は

 なし。分かった?」

『ええ……まあ、分かったわよ』


 すごく不満そうだ。


『でも、じゃあ、これからどうするの?』


 気持ちを切りかえた様子で、女の人の声はニレさんに

尋ねた。

 それはボクも気になるところだ。頬に感じるニレさんの

熱に、注意を向ける。


「新種のモンスターの分で、それなりの金を貰えるだろ」

『そうじゃなくて、その子のこと』

「そんなもん、公社に届けりゃ、どうにかなるだろ。身元が

 分かって、家に帰って、めでたしめでたしだよ」

『それはそうだけど。ええと、ニノマエさん?』


 声がこちらを向いた。


「はい」

『大変だったわね、怖かったでしょ、女の子がひとりで。

 心細いでしょうけど、もう大丈夫だから。そこのお姉さん

 たちが、ちゃんとあなたを家に帰してくれるからね』

「あの……」


 何かひどい勘違いを重ねられている気がする。

 シェナが動いた。


「ニノマエはオスだよ」

『えっ!?』


 送話口の向こうの声がうろたえた。


「いや、メスだろ、ついてないし」


 と、ニレさん。


「えー、オスだよ。ぺったんこだし」


 すぐにシェナが言い返して、器用にボクの胸をぽむぽむ叩く。


「ね、ニノマエ。オスだよね?」

「え、あ、うーん?」

「おい本人。なんでお前が曖昧なんだ」

「ニノマエは記憶そーしつだから、仕方ないの」

「えっと、じゃあ……」


 オスということで。


「なんだか煮えきらないなぁ。まあ、こっちじゃアプニアの

 性別が壊れることがあるっちゃあるけども……」


 それから管の向こうの声に何度か否定ぎみに確認されて、こちらがそのつど答えて、どうにか信じてもらった。


『……ごめんなさい、ニノマエさん。そうなのね、勘違いして

 いたわ。ずいぶん、ヒョロっちい……じゃなくて、綺麗な

 声をしているのね。いえ、悪気があってのことじゃ

 ないのよ? うちの船って、まだ伝声管の調子が悪いもの

 だから。それから、シェナ、オスメスじゃなくて、

 男の子女の子と呼びなさいと言っているでしょう』


 声からは同い年くらいの印象を受けるけれど、しっかりした人みたいだ。


『操縦室、操縦室。聞こえますか、操縦室?』


 別の管から声が上がった。落ち着いた女の人の声だ。

 ニレさんがそちらの管の送話口に顔を寄せる。


「こちらカールプ操縦室。聞こえているぞ」

『こちら、船外作業班、カンナ・カンナギです。カンナ・

 カンナギとケケちゃ……ラーベラ・B・メナラダナケの二名、

 戦利品の回収作業、終わりました』

「ごくろう、カンナ隊員。これよりロックゲートを開く。

 戦士たちよ、胸を張って帰還せよ」

『はい。って、え、ロックゲート……えっ? ああ、へえ、

 そうなんだ、気圧調整室のことなんだね。すごい、

 ケケちゃんって物知りだね。え、違うの? どういうこと、

 あ、うん、そうだね、先にお返事だよね……はい、

 了解しました!』


 カンナと名乗った声は落ち着いたままあたふたして、途中で

いったん他の誰かと会話するように遠ざかってから、また

ニレさんに向けて答えた。最後だけは、明け方に鈴をひとつ

振るような、お手本のようにきれいな返事だった。


 ニレさんが管を掴んだまま、反対側の手を拳にして、

計器群の隙間を叩く。そこには赤色の丸いボタンがあった。

 部屋の下から、何かがゆっくりと開いていく音が聞こえる。それに気をとられていたら、シェナが身じろぎする。

 彼女は小さな肩で、ずっと支え続けてくれている。ボクが

管に向かって話すときは中腰になってしまうので、それに

付き合うのは大変なはずだ。


「ごめんね。重いよね」

「大丈夫だよ」


 シェナは首を横に振った。


「ニノマエはすかすかのワラスボみたいに軽いよ。それに、

 シェナは力持ちなのです。あとあと、ごめんより

 ありがとうの方がうれしいな」

「ワラスボ……うん。ありがとう」

「むふふ、よろしい」


 実際、ボクが全身の体重をかけても大丈夫そうなくらい、

シェナの支えは頼もしい。声も体も、我慢している様子は

全くない。


「でもね、さっきから鼻の頭がちょっとだけムズムズ

 するんだ。ああ、言ったら我慢できなくなってきた。

 ニノマエ、シェナの鼻をかいて、かいて」

「は、はい」


 小さく体を揺られながら、シェナの顔に手を伸ばす。二人

とも自由な体勢ではないので、間違って目を突いたりして

しまわないように、慎重に。

 布の端が自由になって体の前がはだけてしまうのを、どうにか肩で抑えながら、プニッとした小さな鼻を探し当てて、指先で弱めに引っかく。すべすべして、温かくて、何だか

くせになる引っかき心地だ。


「えへへぇ」


 シェナが満足そうに息をついてもっと体をくっつけてくる。

 ニレさんはその間も話を進めていた。


「はあ? そんなの、べつに気にすることなんて無いだろ」

『あるでしょう! 何でも良いから着せてあげて。あと、

 もしかして、あなたたちまでだらしない格好をしているん 

 じゃないでしょうね?』

「してねェよ?」

『上半身裸で、半脱ぎした探索スーツを腰からぶら下げて

 いたり、パンツ一丁になっていたり、していないでしょう

 ね?』

「してねェよ?」


 ニレさんは濁りなく答えた。……濁りなく嘘をついた。


『だったら良いのだけれど』

「じゃあ、通信切るぞ。ヌ国開拓師団カールプ分隊、これより

 帰投準備に入る。始発基地で会おう、ゴリラ司令」

『りょうか……誰がゴリラだこらぁ!』


 ブツン、と、金属の管の奥で音が千切れた。





■XXのメモ『境海鎮守アカトキツクヨヒメ』


トレーデン大陸東部とケレムディ大陸西部の

境海に浮かぶファリスト極東諸島連合、

アシハラ州の辺境ナカツナオイにて信仰される、

多神教の神。


世界的な知名度は低く、いるんだかいないんだか

分からないが、その土地の神聖施設に祀られている

像は、雲纏う龍を体に巻いた美少女の姿をしている。

龍の他に五匹の神獣を従え、黒ゴマ芋まんじゅうが

好物という。


世界のなりたちに関わる神の一柱でもあると

言われているが、歴史上の人物を何でもかんでも

美少女化するような民族の言うことなので信憑性は低い。

正体はどうせ白いワラスボだかウミヘビだか分からない

ヒョロヒョロしたくだらない生き物だろう。



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