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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
開拓船カールプ
5/15

よみがえったら瑠璃の天蓋



 腕だらけの大木のお化けとの戦いを、見届けることは

できなかった。胸にともっていた熱が急激に引いていって、

体がどんどん重くなって、そこで意識が途切れてしまった。





『……ちょっと、あんた。聞いてる? ねえ!?』


 がさついた声がイライラした様子で話している。相手は、

椅子に座った金髪の人だ。


「うっひぇーふぁ、ひいへうっへ。ふはえへんはーは、

 あほひいへふえほ」


 金髪の人は、背もたれの向こうで何かを頬張っているみたいだ。


『何言ってんの!? 何か食べてるの!?』

「へんふぃ……」


 言いかけた金髪の人が、口の中の物をごくんと音を

たてて飲み込んで、


「元気すぎるんだよ、お前は。声がゴリラになっちゃうぞ。 

 小さな声で喋るか、伝声管から離れるかしろよ」

『あんたと話していると声がでかくなるのよね、不思議な

 ことに。ゴリラって何よ金髪タマリン! この前なんて

 フョーヨみたいな歌声だねって褒められたんだから!』

「へいへい。アタシはいま補給で忙しいの。お前だって

 するから分かるだろ、補給。現在、カンナ隊員とケケ隊員が

 戦利品の分析および回収作業中。周囲の警戒もしなきゃ

 ならないから、もう切ふほ、ゴひラ隊ひん」

『なに言ってんの、まだアプニアのこと聞いてない……

 って、ゴリラって言うなバ……』


 がさついた声が大きくなっていく途中で、バツン、と

音が千切れて消えた。

 静かになった部屋で、金髪の人が食事を続ける。


(変な会話……)


 その会話の中に出てきたいくつかの言葉について、

ぼんやり考える。これまでも何度か耳にした、「ケケ」とか

「カンナ」とかいうのは、やっぱり人の名前なんだろう。

「ゴリラ」はあの動物のゴリラなんだろうけれど、

「タマリン」とか「フヨウド(?)」みたいな響きの物は

知らない。


(外国……だよね? もしかして、地球とは違う世界

 なんて……いやいや、そんなわけ無い、無い)


 ナントカ国物語とか、ナントカの動く城とか、違う世界で

王様になったり魔法使いになったり、そんな素敵なこと、

そうそう起きるわけ無いもの。


(でも死体なのに元気に考えごとができているのも、

 もうずいぶん変だし……)


 ボクがいるのは、さっきまでと同じ部屋の中。けれど、

窓に映る景色は死んだ水底じゃなくなっている。

 瑠璃色の夜空に、薄い雲が輪郭を淡く輝かせ、たくさんの

白い星が波飛沫のようだ。

 その景色が、上下に優しくぷかぷか揺れている。たぶん、

この部屋は夜の海か湖に浮かんでいるんだろう。

 水底の化物との戦いは無事に終わったみたいだ。


 それはそうとして、体が動かないどころか、瞬きさえ

できなくなっている。ひどく疲れている。それでいて、

どこか爽やかな気分だ。胸の奥の熱は引いて、ちょっとだけ

温かくてくすぐったい。

 膝が重い。


(何か、乗ってる?)

「ねえねえー、やっぱりこのホトケサン、持って帰ろうよ」


 すぐ下から声がした。ヘルメットや管の奥で歌っていた

声だ。今度はちゃんとはっきり聞こえた。


「だめですー。公社で金に換えるの」


 椅子の人がそう答えて、背もたれの向こうから手のひらを

ひらひらと振った。さっきは気づかなかったけれど、声は

ぐったりして、かなり疲れている。体ぜんぶを使ってこの

部屋を操縦していたし、無理もない。

 ということは、あれからあまり時間が経っていないん

だろうか。


「それに、落ちているアプニアを勝手に自分のものにしちゃ

 いけません。拾ったゴミはゴミ箱へ。拾ったお金は自分の

 財布へ。拾ったアプニアは公社へ。それが開拓冒険の

 ルール」

「でもニレ、この前は夜中にシェナを起こして訓練場に連れて

 いったでしょ? 本当は年長組の人しか夜の訓練場に

 行ったらいけないのに。そのとき、ルールは破るために

 あるんだって言ってたじゃん」

「それは……」


 金髪の人は少し動きを止めてから、


「あれは良いんだよ」

「なんでー」

「破って良いルールなんだよ」

「なにそれー」

「世の中にはな、破って良いルールと、駄目なルールが

 あるわけ。この前のは破って良いルール、そんでもって、

 今日のは破っちゃ駄目なルール」

「さようでござるか」

「何語だよ」


 脚に感じる自分以外の体温が、じわじわとボクの体をほぐしていく。


「駄目なのかぁ。持って帰りたいな、ホトケサン」

「どうしてそこまで欲しがるんだよ。抜け殻……っていう 

 か、ほぼ人の死体だぜ、それ?」


 アプニアが死体というのはもう分かるけれど、でも、

はっきりそう言われてしまうと何だか釈然としない。


(あれ?)


 アプニアのこと、前に誰かから説明してもらったことが

あるような。誰からだっけ……内容も思い出せない。


「うーん……分からないけど、何ていうかさあ」


 幼い声が考え込んで、ボクの膝の上で寝返りをうつ。

しっとりした髪の毛がクジュクジュと擦り付けられて

くすぐったい。切ったばかりなんだろうか、毛先がチクチク

する。


「でも、気持ちいいよ、膝枕。ちょっとプニプニしてて」

「枕にしてんのかよ、ウゲェ。あんまり変な傷とかつける

 なよ。価値が落ちる」

「そうしたら、シェナのになる?」

「ならない。あきらめな」

「むー」


 幼い声は不満そうに唸って、ボクの膝の上でまた寝返りを

うった。ふとももに吹きかけられる息が熱い。

くすぐったい。


(シェナっていう名前なんだ……)


 外国人っぽい響き。ケケとかいうのもそんな感じで、

でも、カンナにはどことなく親しみをおぼえる。

 というか、自分の名前も分からないのに、他の人の名前に

対して外国っぽいも何も無い気がするような……。


(うーん……?)


 自分の名前を思い出そうとすると、頭の中にまた同じ

文字が浮かぶ。


《一 年生》


 さっぱり読めない。


(……あれ?)


 ううん、分かる。読める。


(これ、漢字だ)


 そうだ、漢字だ。それも簡単な。どうして忘れていたん

だろう。逆に分からない。


《一 年生》


 いち、ねんせい。いちねんせい。これがボクの名前。


(そんな馬鹿な。これじゃあ、ただの学年だよ)


 読み方が違うのかもしれない。他の読み方を探そう。

 いち。ひぃ。はじめ?


(いやいや、もっと別の読み方だったような……おや?)


 フルーティーでこってりしたソースの香りに、鼻を

くすぐられる。気が付けば、すっかり部屋に充満していた。


(うぅ、お腹すいた……もうずっと何も食べてないもん。

 って、そうじゃなくて、名前の読みかたを考えなくちゃ)


 膝の上の頭がまた寝返りをうった。

 グルグル空回りする思考に、さっきの幼い声が混ざって

くる。


 いち、かず、肉、「この前は夜中に」、この前、この、

まえ。こ、ご、5……のまえ、ああ、炭酸じゃないジュースを

ガブガブ飲みたい……ご、よんさんに……にの……2……の、

まえ。


(……にのまえ?)


 途端に、こんがらがりかけた頭の中がすっきりした。


「ホトケサン?」

 

 真正面から声がした。

 目の前いっぱいに人の顔がある。女の子だ。10歳かその

くらい? もう少し上かもしれない。甘いチョコレートを

食べたくなるような肌の色。

 ボクの膝の上の熱が消えている。さっきまで頭を置いて

いたのはきっとこの子だ。


「起きてる?」


 女の子がボクの目をじっと覗き込んでくる。

 太陽の光を浴びる豊かな土みたいな瞳。ひとつの色で

表現してしまうのがもったいなく思えるような虹彩が、

不思議な模様をつくっている。あんまり深くて綺麗なので、

こちらの意識が体から抜け出して、吸い込まれてしまいそう。

 もう一度、その大きな目が瞬きする。

 ボクもつられて瞬きしてしまった。


「……ホトケサン?」


 女の子の顔が一段と近づいてくる。

 それから、二人で何度も瞬きを繰り返した。


 ムニャ


 ふいに、柔らかい物が鼻の入り口を塞いだ。女の子の

指だ。


「…………」

「…………」


 ……どうして? なんで、この子はボクの鼻の穴を指で

塞いだの。

 そして苦しい。息をしていなかったはずなのに、

息苦しい。


「……っ。……!?」


 脳の奥で爆発がひとつ起こったようだった。

 体の中がかっと熱くなって膨張していく。目から内臓が

飛び出してしまいそう。


(体が生きることをやっと思い出したんだ…!)


 そんなよく分からない直感が、次には頭痛でめった刺しに

される。

 熱が血管を巡って、お腹が勝手にうねりだす。体の中に

溜まっていた《死》を、外に押し出そうとしているみたいだ。  


「んぐ……ぅぐぐんんッ!?」


 死の塊が、喉にせり上がってくる。首から上の血管が全部

膨らんで、いよいよ破裂してしまいそう。

 痛みが脈を打つ。熱い涙があふれ出す。

 錆び付いた扉をこじ開けるように、口が開いていく。顎の

付け根が痛い。


「ホトケサン、ホトケサン、だいじょうぶ!?」


 呼びかけてくる女の子を、すがるように見つめる。

 そして一瞬、時間が止まって、


「おぼろれげろろろぼッ!」


 げろぬるん。

 ボクの口から死の塊が飛び出した。


「わきゃっ?」


 目の前の女の子の顔に当たって跳ね、部屋の床にビチャッと

落ちる死の塊。

 落ちてもまだビチビチとのたうつそれは、魚の形をしていた。

 淡く輝く、水色の魚だった。


「……ニレ、大変だぁ」


 目の前の女の子が、ボクの吐いた魚以外のものを顔に

つけたまま、声だけを椅子の人に向ける。


「ホトケサンが生き返った」





■フョーヨ


魔獣界に属する小動物スパット(旧大陸における

ネズミのような生き物)の一種。


翼で空を舞い、昔は《エアスパット》と

言われていたが、いつの頃からかフョーヨと

呼ばれるようになった。

歌うときに、フョーヨという鳴き声を上げるからだ。


長命で知能が高く、なつくと色々な芸をしてくれるので

ペットや使い魔として人気があるが、野生は臆病で

警戒心が強いので、遭遇することはまれ。

見つけたら適度に痛めつけてから優しく捕まえよう。


ある国では天の使いとしても扱われ、宗教画にその

姿をよく見ることができる。

尻尾を炙るとおいしい。切ってもすぐに生えるので安心。



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