エレメントベクトル白緑緑
体がガクンと揺さぶられた。
(……ボク、気を失っていた?)
何か夢を見ていた気がする。
大木の腕が部屋を襲ってきているのに、何をのん気なことを
していたんだろう、ボクは。
大きな窓の手前で、椅子から立ち上がった金髪の人が、
たくさんの割れた声と言い争っている。
「……?」
何だか胸の奥が温かい。
心臓の熱のような、でも脈を打つ感じじゃない。
体を動かせないので、見えない指先でそっと触れるように、
胸の奥の熱に意識を集中させてみる。
すると、部屋がぱっと明るくなった。
「……何だ?」
金髪の人がきょろきょろしている。
こちらを気にする様子は無い。
部屋を飛び交っていた割れた声が、いっせいに止んでいる。
「おい、操縦室の照明が新品みたいな明るさになってんだけど。
舵の手ごたえも戻っている! どんな奇跡だ!?」
『分かりません。いきなり出力が安定しました。
タブレットが直ったんですか?』
『違うよ、ヒビだらけ。もう修理無理かも……。でも急に
大釜の調子だけ戻っているの。あっ、待って、違う違う
違う。戻ったどころじゃありません、魔力どんどん増えて
……すごい、満タン! 照明の節約しなくても余裕です!』
『すごい、すごい。何か針もグルグルしてるー!』
『シェナ、体ごとグルグルしなくて良いです、狭いですッ。
障壁強度も全回復しています。何これありえない、気持ち悪い……』
状況が大きく変わったみたいだ。
「おいおい。何が起きているんだ?」
椅子の人は吊革に体重を預けて考え込んでいる。
「まあ、どうでも良いか! 天の恵みだ。そういうことも
あるんだな、うん。世の中すごいなー!」
……考えるふりだけしていたのかもしれない。
「よし! 照明このまま。ウェーバーちょっと絞っとけ。
水帆畳め。障壁再展開! んでもって予定変更で遠距離戦だ。
あの目玉をぶっ潰して倉庫の餌にするぞ。
シェナ、充填済みの弾、どんだけあったっけ?」
『15はーつ!』
「よーし、よーし、景気よく全部ぶちこんでやろうじゃないか。
照準! 弱点部位……は分からん。ので、敵さんの全身
くまなく、イイ感じで」
『りょーかーい! あのでっかい目に多めに当てちゃおう』
『全部!? ちょっと、こら、ばか』
がさついた声が慌てて止めに入る。
『節約しなさいよ。部費がやばいのよ。シェナもやめて、
了解すんな……じゃなくて、さっさと逃げなさい!
どうして戦おうとしてんのよ!』
「今まさに、ここでやんなきゃ命とりになるって、
アタシの勘がうるせえんだよ」
命と部費とどっちが大事なんだ。と、金髪の人。
ガサついた声が迷わず答える。
『部費よ! 逃げ切れそうならさっさと逃げなさいって
言ってんの。そんな所で初遭遇の大型モンスターと
戦闘なんて絶対無理でしょう。訓練地域のハナマキトカゲ
狩りとはわけが違うの!』
「ばかなことを言ってんじゃねえ、この金欠守銭奴。
アタシらを止めたきゃ、強制切断でもするこったな」
『アホなことを言ってんじゃないわよ、金髪無鉄砲。
あたしは人殺しになんてなりたくないわよ!』
『私はコードを渡しますから、私だけでもいち抜けさせて欲しいんですけど』
椅子の人が大きく息を吸う。
「エレメントベクトル提案! 白、緑、緑!」
その声は今までで一番力強くて、ちょっとだけ厳格さを帯びていた。
……エレメントベクトルって何だろう。
『えっ、は、はい、賛成。えっ!?』
『反対したいですけど、賛成』
『エレメントベクトル……って、万能弾使うの!?
待ちなさい、全部それなんじゃ無いでしょうね!?』
『賛成! チーズ、ピーマン、アスパラガス!』
他の声が賛成していく中、ガサついた声だけは置いてけぼりだった。
「決定! エレメントベクトル、白、緑、緑!
発射準備に入れ!」
『アイサー! ぽちっとぽちっとぽちっとにゃあ』
『ハンタイ、反対、ぜったい反対! 部費が、やッばいのよ
本当に! 部費が! 部費が!』
がさついた声は泣きそうになっている。
「部費部費やかましい! 長年連れ添った仲間を信じて待ってろ!」
『あんたと組んでまだ30日も経っていないんですけど!』
『こちら砲手! エレメントベくん準備かんりょーであります!』
エレメントベクン……エレメントベクトルとかいうものの
ことかな?
『ああ、待って、完了すんな! ねえ、シェナ、
シェナちゃん? 帰ってきたら美味しい……』
「よーしよしよし、ヨーシ!」
何か交渉を始めようとしたガサつき声を、椅子の人がかき
消す。
「5つ後に、エタニティジェノサイド仮想実弾、全弾発射!
いつぅーつ!」
『万能属性魔法弾です』
「よんさんにィいちゼロ!」
『魔法の海の目玉焼きになっちゃえ。マタニティジェノサイド弾、全弾発射ー!』
ガコン、と何かの外れる音が響く。
正面窓の外、上下左右から、安定翼の付いた細長い筒が現れた。
(魚雷……?)
泡の尾を引きながら、目玉の大木に向かってぐんぐん
加速していく、たくさんの細長いもの。
『部費ぃーー!!』
ガサついた声がぶつぶつ途切れがちな悲鳴を上げる中、
筒は遠く小さくなって、やがて見えなくなった。
少しの間が空いて、大木のあちこちで爆発の煙が上がる。
さらに遅れて、音の波が部屋に押し寄せて鈍く響く。
煙の色は白でも緑でもなくて、水底が築き上げてきた死の
景色を土足で踏み荒らして、笑い飛ばして、根こそぎ台無し
にしてしまうような、パーティーの紙吹雪みたいな色をしていた。
■魔物、モンスター
人類(一部魔族も含む)は、彼らにとって極めて都合の
悪い、有害な存在を、《魔物》とか《モンスター》とか
呼ぶ。
動物や魔獣、害獣などとの境目ははっきりとせず、
知性の有無や意思疎通の可不可などによって
ふんわりと決められている。
昔はモンスターとして扱われていた生物が、
ひとつの種族として人類社会に加わる例もあった。
人類とよく似た姿の生物に対してこの呼称を
用いることは少ないが、だからこそ
人型モンスターは雌雄ともに商品として貴重。