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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
複合開拓探検基地 オノゴロムーンフロント
14/15

ファタモルガーナの星瀑



 呼ばれるまで眠らずにいる。ボクにやるべきことが

できた。


「うにゃ、むにゃ」


 ……うん、隣でウニャウニャ眠るシェナを支えるのも、

大事なこと。自分より年下の子から体重を預けられていると

思うと、優しい気持ちで頬がゆるんでしまう。

 少なくとも今の自分は、この子にとって役に立つ存在だ。


(髪を拭いてもらったときや、カンナさんと話している

 ときとは別の懐かしさ。よくこうしていたような気が

 する)


 ボクには妹か弟、それか万が一にも無い気がするけれど

子供や孫がいたのかもしれない。だとしたら、きっと仲が

良かったんだろう。


(もう確認しようもないのかな)


 ここは地図さえ分からない世界の空。ボクにどんな

家族がいたか知ったところで、もう会える気がしない。

 もしも心配してくれたり寂しがっているとしたら、申し訳

ないなんてものじゃないけれど、そう思っても、心の底から

込み上げてくるようなものが何もない。

 記憶の壊れ具合は深刻みたいだ。


(もうほとんど他人なんだ、ここに来る前のボクは)


 いろんな繋がりを失って空っぽになってしまったこと自体

がわずかに寂しいだけで、それもぼうぼうと吹く風に

さらわれてしまう。


「どうなるんだろ、これから」


 思わず呟いていた。

 何をすべきかといえば、なるべく早く記憶を取り戻して、

どうにかして故郷を目指す。なんだろうけれど、それが決意

として固まるようなことはなくて、ぼんやりと頼りなく

薄らいでいく。


「ムニャ」

(シェナ、本当に安心しきって寝てるなぁ……)


 生きた熱に触れながら冷たい風の中にいる、

この今だけが、ボクの全部に思える。

 船は巨大な積乱雲に向けて真っ直ぐに走る。


(基地って、どんなところなんだろう。どこかの軍隊?

 それで、基地に着いてその先は……)


 何も分からない。ので、この何もない時間の終わりが

少し怖い。



 辺りの様子は少しずつ変わっていって、やがて明らかに

起伏が目立つようになった。

 見下ろせば、輝く雲の喫水線(喫雲線?)が上がって

見える。

 肌寒さとゴーグルのベルトの締め付けで、頭が少し

ぼんやりしてきた。


「うーん」


 シェナが毛布の中で身じろぎする。

 意識が少しはっきりした。


「シェナ?」

「んー。……むぅ」


 隙間のできた毛布をボクがなおすと、シェナはこちらの

服を掴みなおし、満足そうに息をついてまだ眠る。

 ひとりだったら、この子はここで何をするつもり

だったんだろう。


(まさか、眠りに来たわけじゃないと思うけど)

『……カールプ見張り台、カールプ見張り台。こちらは、

 カールプ操縦室、カールプ操縦室。トナ臨時隊員、

 生きてるかー』


 金属管から声が聞こえた。ニレさんだ。


「は、はいっ」


 内心ビクつきながら慌てて答える。人の形をしていない

ものからいきなり人の声が出てくるのは、けっこう気味が

悪い。


「起き……え、あっ、生きてます」

『よしよーし。シェナはぁ?』

「ムニャ……」

「えっと、気持ち良さそうに寝てます」

『よしよーし』


 帰ってきたらデコピン十六発だ、と声を低くする

ニレさん。ここにもデコピンってあるんだね……。

 ……臨時隊員って言われたのがちょっと嬉しいのは、

なぜだろう。


「あの、もう起こした方がいいですか?」


 基地に近くなったら呼んでくれると言っていたけれど、

思ったより早い。できることなら、シェナをこのまま

眠らせてあげたい。寒い中でずっとひっついていた、

出会って半日も経っていないこの子の温もりが、もう

すっかり愛おしい。


『静かな方がいいなら間違っても起こすなとだけ言って

 おく。吐く息がよく歌になる生き物なんだ、そいつは』

「あはは……」


 水の底でも操縦室でも歌っていたっけ。


『基地はもう少し後。暇潰しに話しかけてみただけだよ。

 そっち、いま寒いだろ。戻りたかったら背ビレ降ろす

 けど?』


 背ビレ……この見張り台のことだよね。


「毛布をシェナから貰ったから大丈夫です。

 それに、景色が綺麗で気持ちいいから、えっと……」


 へえ、とニレさん。


『いきなり外に出ても平気か。開拓冒険者体質か、それか

 記憶がなくなる前はすでにけっこうな冒険者だったの

 かもな、お前』

「そんな感じ、しませんけど……」


 ぜったいに違うと思う。住んでいた世界からして

違うんだし。


『まあそうか、あんな死に方してたしな。でもたいていの、

 地に足つけた陸の生き物ってのは、初めて空を肌で感じた

 ときにまず慌てるんだよ。初めて海に落ちたみたいに』

「そうなんですね?」

『ああ。少なくとも、平気な声で景色をどうこう言う余裕は

 ないだろうな』


 恐怖は全然ない。むしろ、窓越しに見たり、この見張り

台が外に上がる直前の方が怖かった。


『うちの連中もそっちにいるシェナ以外はまだ慣れてない

 んだぜ。ケケお嬢様なんて初めて空に出たときはもう

 取り乱して……あぁはいはい、余裕だった余裕だった……

 まあ、お前が何者か、基地に着きゃきっと分かるさ』


 元気づけてくれているのかな。……ニレさんの声の後ろで

かすかに、ケケもといラーベラちゃんが喚いているのが

聞こえるけれど、気にしないでおこう。


「あの、ありがとうございます」

『……? うん、気にすんな? あと、そこのちびっ子が

 お前を連れて帰るとか駄々をこねて困らせるかもしれない

 が、それも気にすんな』

「困るなんてとんでもない……」


 たしかに困ったけれど、それは困るくらいにありがた

かっただけだ。魚を吐くくらいしかできない死体の

なり損ないを必要としてくれたんだから。

 

「……あれ?」


 ふと、船よりも高くなった雲の起伏の向こうに、何かが

見えた。


『どうした』

「遠くに変な雲が……」


 横一列に並んだ長い雲の山脈が、煙のように渦巻き揺ら

めいている。みるみるうちに膨らんで、近くのどの雲よりも

背が高くなってしまった。

 その上の空にまで変化が起きた。

 霧が晴れるように、ゆっくりと、夜明けの青色が払われ

て、隠れていた物があらわになっていく。

 明るい空の出来事なのに、暗がりから大きな肉食獣が

のそりと出てくるのを見ているような気分だった。


「え、えっ、え……?」


 いつからそこに、そびえていたんだろう。

 空一面を覆うような、途方も無い大きさの白い壁が現れた。







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