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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
複合開拓探検基地 オノゴロムーンフロント
12/15

カールプの離水



「うへへ……おいしかったぁ……」


 ハンバーガー(仮)をとっくに食べ終わってしまっても、

幸せな気持ちは続いた。ソースの味を思い出すだけでもう

よだれが溜まってくる。


「うちに来ればまた食べられるよ、トナ?」

「えっ、ほんと……!?」


 ヒソヒソ声のシェナの言葉に心が揺れてしまう。本当に

お世話になりたい。なっちゃおうかな……。いろいろと

難しい手続きとか必要そうだし、簡単に決められるものでも

ないんだろうけれど。


「よっし、出発準備完了」


 何かのタンクに魔力が溜まったと、ニレさんが言った。


「お前たちも、しっかり準備しときな」


 物音が慌ただしくなって、重要かどうか分からない会話が、

温かみのある金属の部屋をのんびりと飛び交う。


 シュルシュル、カチャカチャ


「うー。動きにくい」

「出発のたびにこんな仰々しいベルト、本当に必要

 なんでしょうか。一本の重力ロープで済む船も

 あるんでしょう?」

「そりゃだいぶ後の世代の船だ。この船はお年寄りなんだよ」


 壁に付いていた何本もの太いベルトを、それぞれ身に

着けていく。

 

「そうそう、トナちゃん。それから、そこに腕を通すんだよ」

「うん。ありがとうございます。……カンナさん」

「かしこまらなくても良いよ。たぶん同い年くらいだし」

「はい、あ、うん。……っと、あれ?」

「あはは。そこ重なってるから分かりづらいよね。

 私も最初は間違っちゃったもん。……って、あれ?」

「何してるんですか二人とも。それは股に通すやつです」


 カンナさんとラーベラちゃんに教えてもらいながら、

ベルトで体を壁に固定していく。

 カンナさんはボクのことをちゃん付けで呼ぶことに

決めたらしい。彼女の言う通りボクらは同い年くらいに

見えるし、やっぱり、顔のつくりや雰囲気に不思議と親しみを

おぼえる。


「うっ。本当にきついベルトだね。食べたものが

 出ちゃいそう……」

「あはは。だよね。でも、安全のためだから」


 長椅子の上で、腰と両肩のベルトが緩まないことを

確認する。ニレさんから貰った服の、広めの襟口が、ベルトの

下でくしゃくしゃして、少し気持ち悪い。


(あれ? そういえば……)


 ひとつの疑問が浮かんだ。


「あの、ボクが生き返りかけの頃に、ケケっていう

 人の名前を何度か聞いた気がするけど、その人は

 いないんですか?」

「ケケじゃありませんん゛ッ!!」


 引き裂くような声を上げて怒ったのは、尖った耳の先と

白い髪を、やわらかいクリップで一緒にまとめようと

していたラーベラちゃんだった。

 それがものすごい勢いで、もしもベルトが無かったら

天井まで飛び上がっていそうなほど。


「ほーら勘違いされたぁ! だから日頃から散々言って

 いるんですよ、ケケって呼ぶのやめてくださいって。

 私の名前はラーベラ。

 ラーベラ・ブルガヒタム・メナラダナケです!」


 ほら、ほら、と、雪色の髪を振り乱して他のみんなを

見渡す。


「うんうん、ごめんね。でも今は騒いじゃ駄目だよ

 ケケちゃん」


 やんわりとたしなめるカンナさん。


 ラーベラちゃんは口と目をまん丸に開いて、あっけに

とられたような怒り顔でカンナさんを見上げた。


「準備できたぁ?」


 ニレさんの大きな声。


「シェナ・パラッパ、いつでも大丈夫ー!」

「カンナ・カンナギも、大丈夫です!

 ……さあ、トナちゃんも、ケケちゃんも、お返事して」

「と、トナ・ニノマエ、平気です!」

「ラーベラ・B・メナラダナケ、大丈夫デ゛ス゛……」

「1人だけすごい怨念を込めている奴がいるんだが。 

 まあいいや、5つ後に離水開始。いつぅーつ」


 重たい音が床の底をひとつ震わせる。

 それから、ニレさんのカウントダウンが進むにつれて、

ギュイィ……と、何かが溜まっていくような音が強くなって

いった。


「しゅっぱぁーつ。行き先は上層開拓始発基地、

 オノゴロムーンフロント。

 離水はたいへん揺れやすいので、ご注意しとけー」


 ニレさんはそう言ったけれど、離水は思ったよりも静か

だった。

 助走もなくゆっくりと水面を離れた部屋(船)は、一度

だけ重たそうにゆっくり後ろに傾いたものの、すぐに持ち

直して、静かに高度を上げていく。


「やっぱり手動の方が良いな」


 何やらスイッチのようなものをいじる、蛇腹の操縦席の

ニレさん。

 窓から見える星景の底がゆっくりと下がって、ほとんど

空だけになっていく。


(ジェットコースターの始まる前みたい……)


 すぐにでも落ち始めてしまいそうな気がして落ち着かない。

 他の三人は、ボクとは違って平然とした様子だった。


「この時間、ちょっと苦手なんだよね。耳の奥に膜が張る感じで」


 初めてボクを見たときに一番怖がっていたカンナさんも、そのときみたいに青ざめてはいない。


「でも、奥に膜っていう響き、口に出すと可愛くて素敵だと

 思わない? オクニマク。うふふ」

「えっ? う、うん。……そう、だね?」


 あまり共感できないまま、曖昧に答えてしまった。これが

この世界の人の当たり前の感性なのか……な?




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