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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
開拓船カールプ
11/15

バーガー大なりワールドビュー




 それから、《蛇腹脚の金属椅子》を囲んで、五人で簡単な

自己紹介をした。


「どうせ基地までの短い付き合いでしょうけど、

 気になります。どんな文字ですか」


 フルネーム(だと思うもの)が頭の中に文字として

浮かぶけれど半分しか読めない、というボクの話を聞いた

とき、雪色の髪のラーベラちゃんがそう言った。


 鉛筆的な筆記具と紙を渡されて、椅子の背もたれを

下敷きに《一 年生》と書いてみる。

 声での意思疎通はできているけれど、文字では

どうなんだろう。


「いち、ねんせい……これは名前ではなく、学年では?」

「うんうん、シェナもそう思ったよ。どこがニノマエ

 なんだろ?」


 とりあえずは問題ないみたいだ。


「あ、これ、私の故郷にある言葉かも」


 カンナさんが指を文字に添えた。


「この、《一》って、これをニノマエって読んだりするんだよね?」

「うん。ちょっと自信ないけど……」

「カンナさんの国では、姓や家名の後に名前を書くん

 でしたね。ニノマエは家名ってところでしょうか」


 ラーベラちゃんがカンナさんに紙を渡す。


「そうだね。でも、そうなると、《年生》は、どう読んだら

 良いか分からないかも」 

「やっぱり……」 

「読み方なんて、でっちあげちまえば良いんだよ」


 そう言ったニレさんは、壁にかかっている横向きの板を

倒していた。分厚い金属製のそれは、この狭い部屋で

長椅子になるらしい。


「名前は大事なんですよ。名前が分からなかったら

 呪えないじゃないですか」


 口を尖らせて文句を言うラーベラちゃん。平たいクッション

のようなものをひろげて、長椅子の上に敷いている。


「呪うなよ。短い付き合いになる奴にどれだけの思い入れを

 持つ予定だよ」

「えー。シェナたちのとこに来るんじゃないの?」


 クッションの端に付いた紐を長椅子に結んでいるシェナ。


「ねえねえニノマエ、一緒に寮に帰ろうよー。

 プリンあげるよ」

「えっ、プリン……」


 食べたい。


「餌付けしようとすんな、シェナ。心惹かれているんじゃ

 ねェ、ニノマエ」


 そう言って、ニレさんは金色の髪を後ろに纏めた。


 年長順にニレさん、カンナさん、ラーベラ(ケケ)ちゃん、

シェナの四人は、同じ寮で暮らす学生。

 計器と金属の管がごちゃごちゃと並ぶこの部屋は、

彼女たちが所有する船の操縦室だった。カールプと名付け

られたこの船は、海の中でも空の上でも活動できる

潜水飛行式の《開拓船》というもので、その中ではだいぶ

型落ちのオンボロなんだとか。 


「タンクの属性を切り換えて水を抜いたら、すぐに出発する

 からな」


 操縦席で計器をいじりながら、ニレさんが言った。


「基地に帰るだけだし、あとはアタシ一人でやる。全員

 ここで補給しとけ。飛び上がる時に吐かない程度にな」


 それから長椅子で四人ぎゅうぎゅう詰めになって、どう

考えても地球上ではなさそうなこの世界について、色々と

教えてもらった。

 けれど、


「これも食っとけ」

「あ、これ。フルーティーなソースの香り……」


 舌が痺れるほど苦い栄養飲料をゆっくり飲ませてもらった

あとに、ハンバーガーのような食べ物を貰って、それが

あまりにも美味しかったものだから、話の内容はほとんど

頭から吹き飛んでしまった。


「私たちの住む大陸はトレーデンと呼ばれています」

「でもここはトレーデンじゃないんだよ」

「海の向こうとか地面の下とか、大陸の外にも世界は

 広がっているの。今いるここは、空の向こうにある

 世界かな」

「つまり私たちは空を開拓する冒険者ということです。

 世界地図の外側の世界を探検する冒険者を開拓冒険者と

 呼びますが私たち夢遊開拓冒険者が他の開拓冒険者と

 大きく違う点は……」


 あとは、ヤドカリとかシャオーギとかゴリラとか、

馴染みの有るものと無いものが混ぜこぜに存在していたり、

魔法と蒸気技術の調和とか夢遊宇宙開拓がどうとか学生寮の

自治が何だとか、そんな難しそうなことを話していた

気がする。


 そんなことよりハンバーガー(仮)!


 てっぺんとどん底でどっしりと引き立て役に専念する

二枚の丸いパン。

 それに挟まれた具材の中で一際存在感を放つ極厚の粗挽き

肉の塊の、地獄の荒野みたいに焦げまくった表面に歯が

届けば、肉汁がじゅわっと洪水みたいにあふれてくる。

 酸味の強い細切れ野菜のソース。

 おてんばな袖のように踊るシャキシャキの葉野菜。

 自己主張の激しいフルーティーでグルーヴィーなどろどろの甘辛濃厚ソース。


 栄養バランスは絶対ガタガタだ。

 けれど味の好みはもちろん唾液の量から噛む力まで、

ボクの口内事情を知り尽くしたその上で、あるかどうかも

分からないボクの品性ごと粉砕してしまう、まるでボクの

ためだけに作られたような最凶の一品だった。


「うま……うまぁ……」


 美味しすぎて泣けてきた……。


「おっとぉ? 話を聞いていないぞコイツ」

「そんな馬鹿舌専用みたいな安物の食べ物の、何が

 そこまで美味しいのでしょうか。人間の味覚は

 理解できません。加熱するための機器をごちゃごちゃ

 置くくらいなら、飲み物を真空保存するための機器を

 ひとつ置けば良いのです」

「トナちゃん、飲み物もちゃんと飲んでね」

「幸せそうに食べるんだなあ、トナは」

 

 四人のそんな言葉が、耳には入るけれど頭に届かない。

呼ばれ方がニノマエからトナに変わっていることも、とくに

気にならない。頑張れば《年生》をトナと呼べなくもない気がするので、それで良い。

 というか今はそんなのどうでも良い。ハンバーガー(仮)、おいしい。


「むへへへ……しあわせ、しやわへ……」


 こんなに下品で美味しい物、初めてだった。うれし涙が

止まらない。死んで良かった。


 ボクが吐き出した魚は球状の鉢みたいな物に入れられて、今は元気に泳いでいる。

 




■舌が痺れるほど苦い栄養飲料


「ねえ、ケケちゃん。あの飲料はちゃんと

 分量通りに作ってくれたの?」

「ラーベラです。当たり前です、コップ一杯の水に

 小さじでいっぱいでしょう。私にかかれば、

 あんなの朝飯前です」

「小さじ一杯だよ。それに、ケケちゃんがいつも

 使ってる子供用コップじゃなくて普通のコップ……」

「子供扱いしないでください!」



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