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コスモ・パラソムニア  作者: ののひ
開拓船カールプ
10/15

ケケ≠ラーベラ・ブルガヒタム・メナラダナケの少女夢遊学



 2人の驚きかたとそれからの行動は、髪の色と同じように

対照的だった。


「え、えぇー……!?」


 黒髪の女の人はその場で震え上がってしまった。


「……」


 いっぽう、雪色の髪の女の人の方は、金属の床をカンカン

鳴らしてこちらに歩いてくる。

 かっと目を見開いて……目尻が裂けてしまいそうなほど。

 体は小さいのに迫力がすごい。 


「あなた」


 少し縦長の瞳孔を金色の虹彩の真ん中にびったり置いて、

至近距離からこちらをじっと観察してくる雪色髪の女の人。


「は、はい?」

「ふむ、生きていますね」

「はい……あいてっ」


 小さな手が、ボクの頬っぺたに、叩くように置かれた。


「温かい。幽霊やアンデッドモンスターでないことを示す

 有力な事実です。まあ、私は手が冷たいので勘違いかも

 しれませんけど」


 白い指がボクの頬をつまんでこねる。丸く整った爪の先が

食い込んでくる……。


「ニレさん。廃棄されたアプニアが生き返るなんて、

 よくあることなんですか?」

「珍しいことじゃないが、まあ、そんなには無いね」


 ニレさんは、ボクの服を見繕うときに床に散乱してしまっ

た物を、だらだらと木箱に戻していた。

 ボクの頬をこねる女の子の冷たい手が、ときおり右回りと

左回りを切りかえる。

 ニレさんの手伝いをしていたシェナまでやってきて、楽し

そうにボクの反対側の頬をこね回した。


(何、これ……)


 雪色の髪の女の子がぶつぶつと呟き始める。


「地上への帰還すなわちアプニア使用者の変換された精神

 および肉体が元の姿に戻るための覚醒作業はいくつかの

 高度な魔法的手続きが必要でありそれは開拓冒険基地に

 あるLNSロジスティクスギルド工房内の端末からしか

 行えません。だから基地以外の場所に存在するアプニア

 例えば今回採取用多数決領域の水底より引き上げられた

 この個体のようなアプニアは事故などによって使用者が

 中途覚醒したことで発生する抜け殻つまり廃棄アプニアと

 いうことです」 


 言葉はとてもなめらかで、どこで息継ぎをしているのか

分からない。聞き手のことをまるで考えていないみたいだ。


「ニノマエの頬っぺ、すべすべでやわらかーい。引っ張って

 いいー?」


 シェナが答えも待たずにボクの頬っぺたをつまみなおす。


「強くしないでね……」


 ボクは困ったふりをしながら答えた。雪色の髪の女の子の

話を聞くよりも分かりやすくて楽だ。

 でも、そろそろ何か服を着てくれないかな……。


「1体のアプニアの使用者は永遠に1人だけです。そして

 中途覚醒した使用者は2度と同じアプニアに接続すること

 はできません。ゆえに使用者の中途覚醒によって残された

 アプニアはこの夢遊開拓空間の自然精霊法によって死体と

 同一視されます」

「じゃあ、どうしてニノマエは動いているんだろう?」


 引っ張ったボクの頬っぺたを指先で揉みながら、シェナが

尋ねた。

 すごい。雪崩みたいにつむがれた言葉をちゃんと聞き取れ

たんだ……。


「分かりません。興味ありません」


 雪色の髪の女の子はきっぱりと言った。


「物事のすべてに理由や真実を求めることは私の主義では

 ありません。私は無知を怖れません。私はこのアプニア

 ……ニノマエというのですね……が、決して私とカンナさん

 だけに見えている存在ではないことを確認したかった

 だけです。おばけだったら怖いなとか思ったわけでは

 ありません。ええそうですそうに決まっています」


 シェナの真似をするみたいに、ボクの頬っぺたを引っ張る。細い指は、彼女自身が言った通りひんやりしている。 


「中途覚醒が間に合わなかったけれど、奇跡的に気絶で

 すんでいただけ……とか?」


 離れたところで黒髪の女の人が言った。

 ニレさんが答える。


「いつかも分からない昔から、ほとんど裸で、水の底で、

 無傷でってことになるな」

「普通はありえないんですよね……」

「まあね。だが何せ空は広いんだ。何が起きても不思議じゃ

 ない。我らがオンボロの鉄くず魚が、奇跡を起こしてみせ

 たばかりだしな」


 木箱を部屋の端に寄せるニレさん。

 彼女の言葉に、黒髪の女の人は納得したように、というか

無理やり自分を納得させるように頷いた。慎重な足取りでこ

ちらに近づいてくる。

 

「あの……ニノマエ、さん?」


 胸の前で手を合わせて尋ねてきた。まだ不安そう。


「ふぁい」


 冷たい指と温かい指に頬っぺたを引っ張られながら、ふが

ふがと答えるボク。


ひほはえへふ(ニノマエです)……」

「ええと……あっ、名前だね。私はカンナ。カンナ・カンナ

 ギです」


 カンナさんがぺこりと頭を下げた。指どおりの良さそうな

黒髪が、神秘的にシャラリと揺れた。


「ラーベラ。ラーベラ・ブルガヒタム・メナラダナケです」


 真ん丸に見開いていたラーベラちゃんの目は、眠そうな

ツリ目に戻っていた。言葉も落ち着いている。

 

「ニレ・ヴァルナです」


 シェナが言った。


「シェナ・パラッパだぜ」


 ニレさんが言った。


 本当に、しょうもない冗談を言う二人……。




[メナラダナケの勉強部屋]

■古代エルフォ

トレーデン大陸における古代種族のひとつ。

大陸がまだ別の姿をしていた時代より

さらに数万年も前から存在していたといわれる。


世界黎明の騒乱期、帝国戦争の時代に活躍した

大魔女のひとり、《黒花のメナラダナケ》が

この古代エルフォであったと伝えられている。


無情の風となって戦場を駆けた彼女はやがて

人間の青年と恋に落ち、子供をなし、

風を捨てた今もどこかで生きているという。



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