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保健係の千枝子ちゃん  作者: 理科準備室
4/4

昼休みの教室で

そんなけんいち君の不安が現実になったのはちょうど衛生検査があって千枝子ちゃんを「ゴリウンコ」呼ばわりしたその日の給食が終わった後のお昼休みのことでした。

クラスの子たちは男女関係なく昼休みの遊びのために次々とグランドや体育館へと向かって行きます。いつもならば、真っ先にグランドや体育館に向かって走って行くはずのけんいち君が、その日は一人じっと机の上を見つめながら座っていました。クラスの他の男子が「おい、けんいち、早く行こうぜ!」と誘っても「うん、後で行く」となかなか席を立とうとしません。とうとう教室の中の男の子はけんいち君一人だけになりました。あとは千枝子ちゃんを含む一部の女の子たちがおしゃべりしているだけです。

実はそのときけんいち君はうんちがしたくなっていたのです。朝、寝坊してお便所に行く時間もなく、お腹の中にたまったままのうんちがその時動き始めたところだったのです。

それでも午前中は何もなくけんいち君も家でうんちしてこなかったことを忘れていました。しかし、給食の時間、朝食を食べてこなかったのでお腹がすいていて、その日、休んでいた子がいたのを幸いに、牛乳を二本飲みカレーシチューも二杯もおかわりしたときから、けんいち君のお腹はぐるぐるとかなり急に動き出しました。この春3年生になってからもけんいち君は何回か学校でうんちしたくなりましたが、その中でもこのときは今までになかった勢いでうんちがおしりの穴まで迫ってきていたのです。おまけにお腹まで痛くなっていて、もう家まではガマンできるかどうかではなく、この昼休み中に「学校うんこ」するか「うんこもらし事件」になるかのどちらかしかないことは、そのときのけんいち君にもわかっていました。

でも相変わらずちり紙を持ってきていないこと、ズボンとパンツを脱がないとうんちできないこと、そしてお便所に行くと「うんこ探偵」に見つかるかもしれないことといった不安がぐるぐるとけんいち君の頭の中を駆け巡っていて、お便所に席を立つことができませんでした。

そんなけんいち君の様子に最初に気づいたのは佐藤先生です。佐藤先生は一人座っているけんいち君のところに近づいて言いました。

「あら、けんいち君、昼休みなのに元気がないわね、どうしたの?」

 けんいち君の頭には佐藤先生からちり紙をもらうことが頭に浮かびました。

「あのね、先生・・・ちり紙・・・鼻をかみたい」

「お便所に行きたい」とはけんいち君はとても言えませんでした。

「今、先生もちょっと切らしているから、教室にいる女の子からもらってね」

「それと・・」

「何、けんいち君?」

「お腹が痛い・・・・」

佐藤先生はけんいち君の顔をじっと見ました

「顔色が少し悪いみたいだけど大したことがなさそう。保健室に行って休んできなさい、でも先生はこれから会議があるから、そうね・・・。」

佐藤先生を見回して教室の奥で他の女の子たちとおしゃべりをしている千枝子ちゃんを見つけると、手招きして言いました。

「ちょっと千枝子さん、いいところにいたわ。けんいち君が鼻をかみたいそうだから、ちり紙を分けてあげて。それとけんいち君、お腹も痛いそうよ。でも先生は会議ですぐに職員室に行かなければならないのよ。あなた保健係だから保健室までいっしょについて行ってもらえない?」

「わかりました、先生」

そう言うと佐藤先生は教室を大急ぎで出ていきました。

椅子に座ってうつむいたままのけんいち君が具合がよくなさそうなことは、千枝子ちゃんの目にもはっきりわかりました。朝「ゴリウンコ」のときはあんなに憎らしかったけんいち君ですが、今度はかわいそうになりました。

でも、保健室に行く前にまずちり紙です。朝かなり使ってしまってポケットを見てもちり紙の持ち合わせはほとんどなかったので、千枝子ちゃんは机の中やランドセルの中の余っているちり紙を探しました。

「ちり紙、えーとちり紙は・・・」

必死でちり紙を探す千枝子ちゃんをわき目に、けんいち君は本当のことを言おうか迷っていました。うんちには鼻をかむだけの分では足りそうもなかったからです。ちり紙のことで朝にケンカしたばかりの千枝子ちゃんにちり紙がなくてお便所に行けないことを打ち明けるの恥ずかしくてしかも悔しかったのですが、クラスの男子と違って千枝子ちゃんならからかわないでまじめに対処してくれるかもしれません。けんいち君は思い切ってうんしたいことを千枝子ちゃんに打ち明けてみようと決意しました。まわりを見回して他の男子がいないことを確認すると、千枝子ちゃんの目をじっと見つめながら、こっそりとささやくように言いました。

「ぼく、ほんとはオンナベンジョに行きたい・・・大きい方がしたいんだ」

「今、お昼休みなんだから、行ってくれば?」

「でも、ちり紙がないんだ・・・」

千枝子ちゃんは衛生検査のことを思い出しました。

「あっ、そうか! だから、持って来ないとダメでしょう! でも、そんなにないよ。そうだ! ちょっと待って。もう少しならがまんできるでしょう」

「うん」

千枝子ちゃんは教室に残っておしゃべりをしていた女の子たちのところに走って行き大声で言いました。

「ねえねえ、けんいち君、大きいほうのお便所に行きたいそうよ。でも、ちり紙を持ってきていないから、一枚ずつでもいいから貸してあげて」

 すると、けんいち君の顔を見て女の子の一人がこういいました。

「他の男子なら、まだちり紙貸していいけど、けんいち君はね・・・」

一人が口火を切ると、その場にいた女の子たちが次々と椅子に座るけんいち君に向かって厳しい言葉を投げつけました。

「わたしも、二年生の時スカートめくられたわ」

「わたしなんか一年生のとき靴隠されたわ」

「わたしなんか遠足に行ったときお便所でのぞかれたわ」

「けんいち君、最低! うんち漏らしちゃえばいいのよ!」

いつもならば、けんいち君は何か憎まれ口を叩いて言い返しますが、そのときはずっと女の子たちをうつむいて聞いていました。

ときどき身をよじらせながら頼むように「おねがい貸してよ、もれそうなんだよ」と小声で言うだけでした。

「まあまあ、私の頼みだと思って今回は貸してあげてよ。けんいち君ももう女子をいじめないと約束する?」と千枝子ちゃんは言いました。

「うん」とけんいち君はいいました、

「明日からハンカチとちり紙をきちんと持ってくる」

「うん」と再びけんいち君は答えました。

すると女の子たちを顔を見合わせて「今回は千枝子ちゃんの頼みだから、貸してあげる」と言って女の子の一人千枝子ちゃんに一枚ちり紙を渡しました。

 続いて「わたしも」「わたしも」と続けて他の女の子たちも一枚ずつ千枝子ちゃんにちり紙を渡しました。たちまち、十分な量のちり紙が集まりました。

「ありがとう、みんな」と千枝子ちゃんは少し微笑んで礼をいいました。

「みんな、ありがとう」とけんいち君も消えそうな声で礼をいいました。千枝子ちゃんはもらったちり紙を折りたたむと、

「これでお便所に行けるよね、早く行ってらっしゃい」と言ってけんいち君にちり紙を手渡しました。

ちり紙を受け取りズボンのポケットにしまうと、突然けんいち君の頭の中が真っ白になりました。そのとき、急におしりの穴をうんちが押したのです。もうけんいち君は「うんこ探偵」のことを構っている余裕もなくなって、今すぐにでもお便所に行かなければならなくなりました。でも、その前にしなければならないことを一つ思い出したのです。

それを思い出したけんいち君は突然ほほが真っ赤になり、涙目でじっと千枝子ちゃんの目を見ました。千枝子ちゃんはそんなけんいち君に「どうしたの、もらしちゃったの」と聞くと、けんいち君は突然泣き出してしまいました、そして「見るな、バカ!」と大声で叫んで目の前の千枝子ちゃんを、いきなり突き飛ばしました。その場で床に倒れた千枝子ちゃんは一瞬何が起こったかわかりませんでした。

しかし起き上がると、泣き顔でけんいち君が自分の机の脇にいて、そこで何かを始めているのが見えました。よく見ると、後ろ向きでけんいち君は大あわてでズボンを脱いでいたのです。どれくらい大あわてだったかというと、ズボンを脱ぐ前にズックを脱ぐのを忘れてズボンにズックがひっかってころんだくらいです。そのころんだ時のズドーンという大きな音は教室中に響き、ちり紙をあげてからそのことを忘れていた他の女の子も一斉にけんいち君に注目しました。

でも、そんな女の子たちの視線を気にすることなくけんいち君は起き上がると、足のズックを大急ぎで脱いだうえでズボンを脱ぎ直してそのまま机に置きました。一瞬けんいち君はうんちする前に体操着に着替えるのかと千枝子ちゃんは思いましたが、それで終わりではありませんでした。けんいち君は次にパンツを足元までおろしました、するとけんいち君のまん真っ白なおしりが現れたのです。それにに気づいた教室の女子は「キャー、エッチ」と叫びました。千枝子ちゃんも一瞬息をのみました。

そのとき「ごめん、脱がないとできない・・・」とけんいち君は申し訳なさそうに言うだけでした。

千枝子ちゃんはけんいち君の行動の意味がすぐわかりました。千枝子ちゃんには一つ下の弟がいて、弟もけんいち君と同じようにズボンもパンツも全部脱がないと家でうんちできなかったのです。けんいち君も学校でそんな姿にはなりたくなかったのですが、うんちがもれそうなけんいち君は普段家でしているように全部脱いでからでないとお便所に行けそうもなかったのです。お便所に着いてから膝まで下してうんちする自信がなかったですし、それにこれ以上ズボンをはいているとじゃまでお便所にたどりつくと前にその中でうんちをしてしまいそうでした。

そして下したパンツを脱いでふりちん姿になったけんいち君はかかとを踏みつけたままズックを履き、おしりもおちんちんも丸出しという格好で教室の戸を乱暴にバシッとという音を立てて開けて、後ろの出口から走って出て行きました。その方向には、一番近い体育館の渡り廊下手前のお便所があったのです。その間も恥ずかしさと悔しさで涙が止まらなかったので、けんいち君の手の甲はずっと目のところにありまし。千枝子ちゃんはふとけんいち君の机を見ると、そこにあった脱がれたままのズボンには、せっかく女の子たちから集めてさっき渡したばかりのちり紙が入ったままになっていました。

「忘れていったのね、大変!」

千枝子ちゃんはちり紙の入ったズボンとパンツを持って、けんいち君のあとを走って追いかけていきました。ちり紙を持って行くのを忘れたというのももちろんですが、帰りもふりちんのまま歩いてくるといういうのはあまりにもかわいそうに思えたからです。

千枝子ちゃんが渡り廊下の男子用のお便所に行くと、入り口にはもう例の「うんこ探偵」によって「けんいちがふりちんで学校のオンナベンジョにうんこに行った」事件がクラス中に流れていて男子たちが集まっていました。

「ピンポンパポーン! 臨時ニュースです! 臨時ニュースです! けんにちがオンナベンジョに入りました、しかもふりちんです」

「けんいちがうんこするところ見てやろうぜ」

千枝子ちゃんは、そんな男子便所に思い切って入ってこようとするクラスの男子たちを先回りして前に立つと、じっと睨み付けて言いました。

「うんちするところを見るなんて、けんいち君がかわいそうじゃないの! うんちをするのは食べ物を消化したかすを出す、人間にとって大切なことなのよ。汚いことでも恥ずかしいことでもないわ!本当にすると先生に言いつけるわ!」 

普段ならば、男子便所に入った女子は「エッチ!」と冷やかされるところですが、このときは、「千枝子がいうなら仕方ないな・・・。」

というと男子たちは引き上げていきました。

千枝子ちゃんはパンツとズボンとポケットの中のちり紙を届けるために男子便所の奥へ進みました。昼でもでも薄暗いお便所の床はコンクリートのままで、右には小便器が左は大便所が5つ並んでいます。千枝子ちゃんは「けんいち君、どこにいるの? ちり紙忘れてきたでしょう。教室に脱いできたパンツとズボンも持ってきたのよ。いたら返事して。」と大声で叫びました。耳をすますと「うぇーん」と鼻をすすりながら泣いているけんいち君の声が声が聞こえてきました。

その方向を見ると一つだけ戸が少し開いている大便所がありました。もちろんけんいち君はそこにいたのですが、本当にもれる寸前だったのでついカギをかけるのを忘れてしまったのです。しかもしゃがみ終わるのを待たずにうんちが出てしまい便器の後ろのふちを少し汚してしまいました。

「けんいち君、ここにいるの」と千枝子ちゃんは声の聞こえた方の戸をノックしました。「ここ」というけんいち君の声とノックが帰ってきました。

「大丈夫、間に合った?」

「間に合った、でも少し便器汚した。もう少しかかるかもしれない」

「ズボンとパンツもってきたわ、ちり紙も持ってきたから、ちょっとドア開けてくれない」

「うん、でも、絶対中を見ないで」

「見ないわよ」

「絶対だよ、絶対だよ」

するとドアが少し開きました。

 千枝子ちゃんは入り口の方にそっとちり紙を置くと、ドアをしめてあげました。

「ほんとうにありがとう」

「ちり紙忘れたのに気づいたときはどうしようかと思ったでしょ」

「うん、後で洗えばいいから、手で拭くしかないかと思った」

千枝子ちゃんにはまだ、けんいち君の鼻をすする音が聞こえました。

「男の子だから、そんなことでいつまでも泣いているんじゃないの、それと汚したなら、ちり紙で拭いて出てくるのよ」

「うん、わかったよ」

 まだ、けんいち君はしゃがみながら泣いていました。しかし、それは千枝子ちゃんへのありがとうの涙に変わっていたのです。

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