8話 こんな俺にも、まだ心は残ってるんだな……
俺はシステム上の限界レベルの跳躍を見せた。
即座にして根岸との間合いを詰め、斬る。
その間コンマ一秒。
世界が止まったかのような錯覚の中、俺と根岸はただ互いの死のみを願い、薄い刃に自らの全てを賭け無意義な殺しあいを続ける。
「アギャァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」」
人のカタチをした怪物。
それが今の俺の真の姿であり、新の姿である。
根岸は発狂した俺のやたらと冴えた剣筋に焦りを感じながらも、武器の性能の違いからくる優勢を上手く活かして立ち回る。
キンキンキンキンキン!!!!!
カンカンカンカンカン!!!!!!!!
そうとしか表現のしようが無い剣撃であった。
もはや二人の超絶技巧に地の文など無用。
俺と根岸の戦いに、無粋な情景描写の差し挟まる余地などどこにも無かった。
キンキンキンキンキン!!!!!
「ああああああああああああ」
カンカンカンカンカンカン!!!!!!!!
「リナァアアアアアアアアアアアアアアアア」
絶叫。
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、また叫ぶ。
よく喉が枯れないな。
そう思ってんだろ、お前。
枯れるワケねえだろ……
俺の叫びは魂の叫びだ。
リナが俺以外の男と寝た悲しみ、リナが俺を利用したことへの怒り、目の前の男に対する憎悪。
その全てが鮮明に、俺の叫びとなって喉から出てくるんだよ。
だから、俺は無限に叫べるんだ。
キンキンキンキンキン!!!!!
キンキンキンキンキン!!!!!
キンキンキンキンキン!!!!!
クソがよ……。
コイツしつけえな。
根岸は第一ワールドで最強のアタッカーだった。
そいつが第二ワールド製の最強の攻撃武器「天使狩り」を使っているのだ。
そりゃあ勝ち目ねえよな。
だけどよ、歴史上には勝ち目のない戦いに勝ってきた武将たちがごまんといる。
ハンニバル、スキピオ、諸葛亮孔明、ネフメト二世、織田信長……。
奴らは知恵で困難を乗り越えた。
俺は嫁を奪われた憎しみで勝つ。
困難を乗り越える。
今の俺は悪鬼羅刹の王だ。
「こわい……」
ふと、背後からそんな声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはさっきまで行動を共にしていた姫乃がいる。
姫乃は怯えた様子で、目に涙を湛えこちらを見ている。
……なんだよ。
そんな目で俺を見るなよ。
俺は被害者なんだぞ?
なんで……なんで俺を怖がるんだ……。
「優ちゃん……お主に何があったか分からんが、もうやめて欲しいのじゃ……」
あ?
嫌だよ。
なんで俺が……。
俺は嫁を取られたんだぞ、このクソ野郎に。
「わっちは優しいお主が好きなのじゃ……。お主、なぜわっちが防御系最強まで登り詰めたか分かるか?」
知らねえよ、お前の事なんて。
今は俺とクソ野郎の時間だ。
お前がどうやってトッププレイヤーになったかなんて聴いてねえ。
「わっちがトッププレイヤーになったのは……お主のせいじゃ」
「……は?」
「わっちが初めてログインした時、右も左も分からず危険なダンジョンに軽装で立ち入った時、深層で迷ったわっちをモンスターから助けてくれたのがお主じゃった……。強力な武器や防具を「もう使ってないから」と譲ってくれて、外まで連れ出してくれて……お主はわっちの憧れじゃった」
なんだよ、それ……。
記憶にねえぞ……。
いや、確かに俺はNZO内で人気者になるためにファンサービスは欠かさなかったし、初心者や中級者を助けたり戦闘講座を開いたりしていた。
だけど、そんなの一人一人、どこで誰に何をしたかなんて覚えてない。
「わっちは……お主と並んで一緒に戦いたかった。だから……お主がアタッカーだったから……わっちはタンクを極めたのじゃ……!!」
それを聞き、俺の思考回路はフリーズした。
俺はただ、自分が気持ちよくなれればそれでよかった。
NZOは俺にとって都合の良い場所だ。
みんなにちやほやして貰えて、未成年の俺でもリナと結婚出来る、そんな都合の良い場所だ。
俺はNZOを、そこにいるプレイヤーを俺の自己満足の道具にしていただけだ。
感謝されるいわれはない。
「タンクが何故不人気職か分かるか……? 敵の攻撃を一身に受け、戦局を読みパーティに指示出しする前線は常に自分の判断で決まり、失敗すればパーティ全員から非難の的じゃ。そんなジョブ喜んでやるのは生粋のマゾか変態だけじゃ。わっちは違う。わっちは、お主がかっこよかったから……一緒に戦いたかったから……それなのに……」
姫乃はぐすぐすと泣き始める。
そうだ、どのゲームでもタンクは大抵不人気職だ。
アタッカー、ヒラ、タンク。
大抵その順番で人気と人口が偏っている。
それでもヒラとタンクの人口がゼロにならないのは、一部の変態がいなくならいから。
そして、誰かの役に立ちたいという人間の善性が無くならないから。
「俺は……」
周囲の人間のことを、見落としていた……。
リナだけが全てじゃ無かったはずなのに。
裏切られた衝動で、自分の周囲にいたはずの大事な人を、全てゼロにしてしまっていた。
「俺は……姫乃も大事だ……」
彼女がそこまで俺を過大評価しているとは知らなかったが、そもそも、トッププレイヤーの中では最初から仲のいいほうだった。
知らない情報があれば親切に教えてくれるし、何度も助けられた。
「……俺は、復讐は忘れられない。この胸に宿る憎悪の念も消し去れない。そういう弱い奴なんだ。だけど、弱いなりに強がれるのがNZOの良いところだと思ってる。姫乃……俺を尊敬してくれていたって言ったな」
その尊敬、ゼロにならないように戦うよ。
俺は「恐王の魔剣」を再度解放する。
もう刀身はボロボロで、たぶんこれが壊れたら俺は根岸に殺される。
だけど、まだ戦えると思う。
根拠はないけど……。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
二つの刃が互いを削る。
その刹那、俺の恐王の魔剣は根岸の天使狩りに打ち砕かれた。
破片の向こう、迫ってくるものは明確な死。
「煌めきよ! かの者に冥府の神の加護を授け賜え!!」
スペル――
それは最上級装備を破壊し一度きりの奇跡を起こす魔法。
姫乃は髪飾りを外し、それを胸元で砕く。
強烈な紫色の光が世界を支配し、「幻想灯の欠片」が激しく魔力を放ちながらロストする。
「真実の幻想化……!」
魔力が時空を破壊し、俺と死との距離は高速で引き剥がされる。
そして、気付いた時俺は咄嗟に後方へと跳んでいた。
剣は折れた。
だけど、命は助かった。
「姫乃……ありがとう。これでお前に命を救われるのは二度目だな……」
「何を言う。わっちはずっとそのためにタンクをやってきたのじゃ! 当たり前じゃろう?」
そう言う狐耳の巫女服少女は、ニッとこちらに笑みを見せた。
俺は一人の少女を、無意識のうちにここまで連れて来てしまったのだ。
トッププレイヤーは気の狂った廃人の集まりだ。
そのうちの一人にしてしまった責任、こんな俺でも少しくらいは感じている。
「武器はないが……やるしかないようだな」
俺を尊敬したこと、後悔させたくないから。
そう決意した瞬間、NZOのシステムコールが脳内に鳴り響いた。
《NZO運営より緊急要請》
こちら、第三サテラタワー第二予備管制室。
私は仲間の助けにより、制圧された中央管制室を抜け出すことに成功したNZO開発者の一人です。
今こちらからシステム内へのアクセスを試み、あなたのアカウントへと辿り着きました。
至急受話を了承してください。
NZOに閉じ込められた、すべての人たちを救うために。