32話 完全無欠のハッピーエンド
あれから一ヶ月が過ぎた。
俺は未だに病院にいる。
身体が動かないからだ。
「優さん、今日のお気分はどうですか?」
俺の身体の世話をしてくれる看護師が、そんなことを聞いてきた。
今日はも何も、この一ヶ月間、ずっとこの生活が続いているのだ。
良くも悪くもない。
普通だ。
「普通ですよ。でも、その普通がありがたいですね」
「あら、何かご老人みたいなこと言ってるわね。まだ学生なのに、そんな風だとすぐにおじさんになっちゃいますよ! 「少年老い易く学成り難し」ですからね!」
そんなことを言うナース服の看護師に俺は冗談っぽく呟く。
「いま、ちょっと萌えを感じましたよ」
「うわ! それおじさんっぽいからやめた方がいいよ!」
看護師は俺の世話を終わらせ、そのまま部屋を出て行った。
笑顔が可愛いし、ちょっとツンデレっぽくていい。なによりもナース服がいい。
俺は窓の外、風に吹かれて今にも飛んでいきそうな一枚の枯れ葉を眺める。
「縁起でもないな……死亡フラグじゃねえか……」
俺は、あれから裁判に掛けられた。
当然だ。NZO内で人を二人も殺しているのだ。
しかし、第一審では軽い判決が降りた。
懲役3年で1年の執行猶予付きだ。
執行猶予付きということは、一年間普通に暮らしていれば、懲役三年は見逃してもらえるということだ。
別に犯罪を犯すような柄でもないから、こちらとしては別に何も感じない。
前科は付くかもしれないけど……
俺はテレビの画面に映るいつもの顔にうんざりと溜息を吐いた。
「もう少し、良い写真使ってくれよ……」
俺はNZOから数万人を解放した英雄として報道されている。
ネット上では「VRMMOのイケメン英雄」やら「彼女に殺されかけた悲劇のヒーロー」やら、嬉しいやら恥ずかしいやら、これからの人生どうなるんだろう、やら……色々と複雑な感情を抱かせる書かれ方をしている。
そんな感じなので、前科は付いても、たぶん社会的なリンチに遭うことはないだろう。
面接とかも、事情を話せば受け入れてもらえる……と思う。
まあ、何事も実際にやってみないと分からないし、まだ一審の判決だ。
VRMMO内での殺人という前例のない裁判なので、たぶん最高裁までは行くだろう。
「十連ボスラッシュよりは全然いいや……」
俺はそんなことを言いながら、病院のベッドの上で寛ぐ。
「オタっち~! やっほ~!!(爆笑)」
「さっきーか。今日もどうも」
現れたのは、クセの強い黒髪に気の強そうなツリ目の、目立つ感じのギャルだ。
「いやぁ~今日は早く上がっちゃったよ~! 仕事全部部下に預けてさ!(笑)」
「それは可哀想だろ……」
さっきーは俺の妹の友達にいる「黒ギャルの佐々木」の姉だった。
佐々木とは違い、さっきーは別にギャルではないらしい。
俺から見たら普通に白ギャルだが……。
さっきーは病室から枯れ葉を眺めニッと笑う。
「そろそろオタっちの死期も近いね~!!」
「本気で言ってる? 俺はあのNZOを救ったヒーローなんだが?」
「自意識過剰キッッッッツ!(爆笑)」
「お前の冗談のほうがキツいだろ」
「"お前"じゃなくて"さっきー"な?」
さっきーは俺の頭をぐりぐりし、俺は悲鳴のような声で謝罪する。
「ごめんごめんって! で、さっきー……なんでわざわざ今日は早く上がってきたんだよ……。別に何も特別な日じゃないだろ?」
それを聞き、さっきーはちっちっちと人差し指を左右に振る。
少しムカつくが、俺は何も言わずに待つ。
「オタっちさあ、リナちゃんとのなんやかんやのせいで、今アレじゃん?(笑)」
「アレってなんだよ。てか笑うなよ。てか話題に出すなよ、それ……」
リナはあれから、ちゃんとNZOを生存して現実世界に戻ってきた。
戻って来たが、今彼女はネット上で強烈な誹謗中傷に晒され、家にまで脅迫状が送られてくるような惨状で部屋から出られないようだ。
鬱になっているとリナのお母さんは言っていたが、まあ……
ざまあ!!!!!!!!!!
正直、生と死の境界を彷徨った身としては、これくらいは当然の罰のように感じる。
アイツは俺を二度も刺したし、姫乃を……殺した……。
俺が暗い顔をしていると、さっきーが俺の顔を包んで強制的に顔を合せてくる。
「オタっち、精神的な過剰なストレス反応で、今……一時的に身体が動かせないじゃん……?(笑)」
「オイ。そこ笑うとこじゃねえぞ。事実だけど……」
さっきーは俺の脇をくすぐるが、それすら何も感じない。
たぶん、あと一ヶ月はしないと動くようにならないと医者には言われている。
「まあ、いずれはちゃんと動くから心配の必要ねえぞ……?」
「いや、今日がその"動く日"なんだよ~(爆笑)」
「は……?」
俺は困惑した表情でさっきーの顔を見詰める。
そして、さっきーは俺の視界から退いた。
そこに見えたのは……
「……っ!?」
俺は思わずその姿を二度見した。
あの、NZOで見たのと同じ、そのままの姿で、彼女は恥ずかしがりながら佇んでいる。
「姫乃……なんで……!?!?」
「今日、姫乃ちゃんの身体が動くようになったんよ(爆笑)」
さっきーは楽しそうに言うが、俺はそんなことよりなぜ姫乃がいるのかが疑問だ。
しかも、彼女はさっき言ったように、NZOとそのままの姿でそこに立っているのだ。
つまり……
「見てあの子! 可愛い服~! 入院してる彼氏のためにコスプレしてる~!!」
「~~~!!!」
通りすがった看護師の声に姫乃は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「ヒント:あーしとオタっちが100層以前、最後に通信したのはいつ?(笑)」
「えっと……」
俺は思い出す。
パンデモニウムに入ってからは忙しすぎて通信している暇などなかった。
だから……
「パンデモニウムに向かう道中……そこそこ時間空いてるな。お前その間何してたんだ……あ、まさか……!!!」
俺が言い切る前に、さっきーは俺のほっぺたをつねる。
「お前じゃなくてさっきーな?」
「さっきー! さっきー!」
頬から指を離し、彼女はどや顔で言った。
「無人になった第一ワールドのサーバーに第二ワールドの環境をコピーして、死亡扱いになったプレイヤーのデータを避難させたんよ(笑) 流石にあの時間からだと、助けられた人数は少なかったけど……」
プレイヤーデータは死亡した瞬間に削除され、それと同時に、現実世界のHMDから電磁波照射が行われ、プレイヤーは死ぬ。
しかし、これにもプログラム上のタイムラグは存在する。
「そのコンマ数秒に割り込むためのプログラムを、急遽運営のみんなで組んでたんよ~!(笑)」
NZOプレイヤーは死んだ一瞬のみヘラの怨恨の呪縛から解き放たれる。その一瞬の隙に運営がその魂を確保。プレイヤーの意識を、同じ環境の第一ワールドのサーバーに移し変える。
そうするとあら不思議、死んだはずのプレイヤーは別のサーバーでゲーム続行となり、死を回避することが出来る。
「っつーわけなんよ!(笑)」
「いや待てやオイ! それ、俺が原始なる滴を破壊するときに言えよ……ッ!!」
「いや、たぶん言ったらオタっち、気が抜けて本当に真剣な判断が出来なかったから……。あーしは言ったよ、これはオタっちの戦いだって。飴で釣るようなことはしたくなかった。それはあーしが命令するのと本質的には同じ行為だからね」
「確かにそうだが……人の命を賭けてまで、その勝負をする価値があったのか……?」
「それはオタっちにしか分からないよ。自分の人生に納得できるか。今までの過酷と決着が付けられたか。これからの未来に、真っ直ぐ向き合えるか……それはオタっちにしか答えが出せないこと。気に入らないなら、殴っても構わない」
「いや、今俺殴れないから……。でも、ありがとう。さっきー」
姫乃を助けてくれたのはさっきーだ。
それに、俺はあの選択のお陰で今、前を向けている。
「ふふ、じゃ、後は若い衆でお楽しみに~! それと姫乃ちゃん……あーしとオタっちは後悔の無い選択を選んだ。姫乃ちゃんも、あーしらを見習って、勇気出しちゃいな!(爆笑)」
そう言って、さっきーは病室を後にした。
「やっぱりふざけた喋り方だよな、アイツ……」
「あ、あはは……そうだね……」
「現実世界では流石に「のじゃ」は付けないんだな」
「え!? あ、あ、うん……」
そういえば、切羽詰まった時はゲーム内でも外れていた。
「わっち」もたまに「私」になっていたし。
「さっき何か言ってたけど、何の話だ……?」
俺が聞くと、姫乃は俯いたままこちらに近付いてくる。
そして、顔を近付けてくる。
「なんだ……?」
その瞬間、俺は唇に温かいものを感じていた。
一瞬、それとも永遠か……。
俺は自分の身に何が起きてるのか気付き、思わず飛び起きた。
「な、ななななな……姫乃!?」
「こ、このこと……」
「何が!?」
「さっきーさんと、話してたこと……」
茹でだこのように赤面しながら自分の唇を触る姫乃に、俺は思わず同じように自分の口元に触れた。
「え……マジ?」
「マジ……」
俺と姫乃が目を合せた瞬間、病室の外の枯れ葉が風に吹かれ飛んでいった。
冬が終われば、やがて春が来る。
別れがあれば、出会いがある。
失恋があれば、実る恋もある。
「私と……付きあってください!!」
俺はそう言う彼女に驚き、呆けた顔で答えてしまう。
とてもヒーローらしくはないけれど……。
「はい……喜んで……」
その言葉に姫乃は泣き、俺も思わず泣いてしまう。
今まで滅茶苦茶だったけど、今まで辛かったからこそ……
すこしくらいは、甘酸っぱいハッピーエンドがあっても良いだろう。
「今、俺人生で一番幸せかも……」
それを聞き、姫乃は満面の笑みを見せた。
「わっちも、最高に幸せじゃ!」
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