31話 最後の戦い
「さすがに……身勝手なんじゃないのか……?」
俺の言葉に、さっきーが言い淀む。
この回線では表情までは分からないが、さっきーが気まずい顔をしているのは分かる。
それでもさっきーは口を開いた……。
『オタっちの前では、もはや全世界の誰もが、何を言っても身勝手になると思う……。壊せと命令するのも、その選択を君に任せるのも……全部が身勝手になってしまう。だけど、その身勝手の中から、どれかひとつを選ぶとするなら、私は君に全てを託す選択をするよ』
さっきーの声は冷静にそう言った。
そして、続ける。
『誰かに命令されれば心は軽くなるかもしれない。だけど、本当に後悔しない選択っていうのは、人に命じられて出来るものじゃない。自分の意志が介在するところにしか、本当の選択は存在しないんだよ……』
そんな身勝手なことがあるか……。
でも、彼女の言うことも分かる。
だって、俺は現にこの輝きを前に迷っているのだ。
そして、例え命令されたとしても……それを大人しく行動に移すのかどうかですら、俺の判断に依ってしまう。
つまり、どうあっても俺の判断を介してしか、この原始なる滴は破壊出来ない……。
だから、彼女は中途半端な状態を回避し、この事件の一番の当事者である俺に、結末がどうなるのか、全ての決定権を任せたのだ。
俺はその判断の大きさに奥歯を噛み絞める。
『戦いは終わってないんだよ、オタっち……。この第100層の敵は、自分自身……。自分のエゴと、この世界のエゴ……そのどちらを通すのか、自分の意志で決めなきゃいけない……』
俺は、それを聞いて世界の全てが恨めしく感じた。
俺は全身から血を吹いて戦って、お前達の明日の幸せのために戦った。
だけど、この世界を救っても、俺の明日は幸せじゃない。
俺の幸せは、きっとこの世界をぶち壊すことにあると思う。
生まれてこの方、リナという幼馴染みのせいで、俺の記憶の全ては薄汚れたものになってしまった。
俺が不幸なのに、お前らが幸せなのが気にくわない。
俺はここまで戦って来た。
それはみんながそれを望んだからだ。
さっきーが原始なる滴を破壊しろと言った。
NZOの人々が沢山死んだ。
やむにやまれぬ状況が俺を戦いに駆り立てた。
だけど、一度冷静にこの原始なる滴を前にすれば、俺は自分自身の手で全てを決することになる。
「さっきー……」
『なに、オタっち……』
「さっきーはどうして欲しい?」
『それは卑怯だよ……オタっち。お互い様だけどさ……』
通信の向こうで、彼女は軽く溜息を吐く。
それを聞き、俺も同じようにした。
『私のエゴを言えば……オタっちに世界を救って欲しいよ。君はヒーローだと、私は勝手に思ってる』
「本当に、勝手な理想の押し付けだな……」
俺は彼女の答えを聞き、同じようなことを言っていた仲間のことを思い出す。
姫乃は、どうだろう……。
やっぱり、この世界が続いて欲しいのかな……。
姫乃は俺を守って死んだ。
リナに滅多刺しにされて、きっと凄く痛かったはずだ。
こんなゲーム内に囚われて、家族にももう会えないと不安だったと思う。
死んでから、この世界が救われて、姫乃は歯痒い思いをしないだろうか……。
俺は左手に巻いた彼女のドレスに視線を落とした。
「さっきー……」
『何……オタっち?』
さっきーの真剣な声に、俺はまだ纏まりきらない自分の考えを話す。
話すことで、徐々に分かってくる自分の思いもあると思うから。
「俺は、世界がどうとかよく分からねえよ……。だって俺はただの学生で、NZOを遊んでいただけの一般人だ。だから、俺には確かなことは何も分からない。だから、俺の選択が正しいのかどうかも、俺には分からない」
『うん』
「俺はリナに裏切られて、身体中ボロボロにされて、不倫相手の間男に逆恨みされて殺されかけて、ゲーム内の怪物と命を賭けて戦って、正直散々だったよ」
『うん』
「でもさ、俺……リナに刺されて死にかけた時、NZOでの想い出のお陰で、戻って来られたんだ。俺の生きた意味って、たぶん、ほんの少しだけどあったんだなって……」
『うん』
「俺は、この世界に滅んで欲しいよ。だけど、滅びないでほしい。矛盾してるかもしれないけど、でも、矛盾してないんだ」
俺は立ち上がり、原始なる滴を見上げた。
「姫乃は俺にヒーローを求めた。NZOプレイヤーのみんなも、俺にヒーローを見てた……と思う。少なくとも、俺はそういう風に振る舞ってた。俺は本当に世界を滅ぼしたい。だけど、滅ぼしたくないのも本当なんだ。俺のヒーローの部分が、滅ぼすなって言ってるんだ」
『……うん』
「俺は情けない自分よりも、みんなが見た幻影の自分を……ヒーローの自分が選ぶ未来を信じるよ。だから、さっきーも、姫乃も、みんなも……俺に勝手な押しつけの理想を抱いてくれて構わない。だって、俺も俺自身に……今この瞬間、その理想を押し付けるから……」
『……うん!』
俺はさっきーの通信越しの嬉しそうな声に微笑んだ。
そして、高らかにトライデントを振り上げる。
「さあ、行くぞ……!」
俺は何度も愛した人に裏切られた。
何度も苦境に立たされて、何度も死にかけて、それでもここまで諦めず来れた。
それは、きっと俺が一人じゃなかったからだと思う。
俺に手を差し伸ばしてくれた姫乃がいて、俺に無理難題を与えるさっきーがいて、俺を慕ってくれるNZOプレイヤーたちがいて……。
俺は、一人で戦った。
だけど、その背後にはみんなとの確かな繋がりがあった。
だからこそ、俺は立ち続けることが出来る。戦うことが出来る。
「だから、この選択も……俺一人でしなくてもいいんだ……!」
そう、それが、俺が下した答えだった。
トライデントが輝きを放ち、魔力を放出し解けていく。
その光が原始なる滴を溶かし、100層での戦いは終わった。
「姫乃……これで、いいかな……?」
俺はヒーローらしくない顔で泣き笑いし、やがて、NZOは終結した。




