30話 原始なる滴
俺はこの世界の何もかもが馬鹿らしく感じている。
だけど、みんなはそうじゃないはずだ。
生きたい明日があって、希望のある未来があって、大切な人がいるはずだ。
俺はそんなみんなの世界を守るために、何もかもを賭けて戦って来た。
これは大袈裟な表現ではないし、言い過ぎでも過言でも自惚れでもない。
俺は自分の中にあるもの、全部を賭けてここまで来た。
別に、本当なら俺じゃなくてもよかったはずだ。
だけど俺はトップランカーだったし、トライデントは俺に与えられた。
誰かに譲り渡すという選択肢もあった。
誰かに全てを託して、俺は逃げてもよかった。
だけど、俺はこんな苦しい思いをしてここまで来たのだ。
それを、リナ……お前は何も分かってくれないのか?
「お前に酷いことをされたのは……俺だよ、リナ……」
「はぁ!? 何言ってんの!?」
俺は泣きながら言う。
「お前はここに来るまでに何度俺に謝った……? 俺の記憶が正しければ、少なくとも三回は越えている……。それなのに、なんで、お前は今、俺にキレてるんだ……?」
リナは俺を睨み、歯軋りする。
もはや反論の余地もないことを本人ですら理解しているのだ。
だけど、リナは謝らない。
そして、リナは蓄えていた魔力を全て使って自分の身体を回復した。
俺はそれを見て絶句した。
もはや、この世界は救われない。
リナのくだらないプライドが、唯一、敵を倒しうる俺への回復を拒んだのだ。
「リナ、お前は……そこで待っていろ。敵を倒したら、お前を……」
リナは俺がもはや敵を倒せる身体でないことを知っている。
仮に自分が回復しても同じことだと分かって、それで自分に回復を使ったのだ。
「いや……お前は、もうどうしようもない……」
門に手をかけ、俺は気付いた。
リナに対する愛情が完全に枯れ果てていることに。
「付き合いが長かったから、多め目に見てやったんだがな……。俺はお前のこと好きだったし、愛していたし、尽くしてきたつもりだった……。でも、お前にはその全てが無に見えているんだな……」
門に力を入れ、俺は真っ暗な部屋の中に入った。
振り返りはしなかった。
もう、リナの顔を見たくない。
「さあ、出てこいよ……。最後の戦いの時間だ……」
門は閉じ、暗闇の中に小さな輝きが灯る。
俺は目を凝らし、鑑定を発動してその輝きの正体を探る。
そして、俺はその場に座り込んだ。
「どうやら……これで終わりらしいな」
それは紛れもなく、原始なる滴だった。
俺は暫くこの闇の中に倒れ込み、これまでのことを振り返った。
始まりは、リナの不倫を見たところからだ。
混乱し山岸を逃がし、リナも見逃した。
それからデスゲームが始まって、俺は姫乃と一緒に旅をした。
短い間だったけど、俺は姫乃に心を許していた。
アイツは、俺のことを受け入れてくれていた。
それから根岸を殺し、ヘラを倒し、山岸を殺して、ボスラッシュを突破した。
リナは、俺の思っていたような女の子じゃなかった。
「俺、見る目ねえな……」
十数年、俺はリナに騙され続けてきたのだ。
俺の記憶には、あらゆるところにリナがいる。
幼稚園から小学校、中学校、高校に到るまで、全部にリナが関わっている。
俺は、リナのために生きてきたと言っても過言ではなかった。
「何にも無くなっちまった……」
俺は、人生の全てをリナに賭けて、その賭けに負けたのだ。
俺は起き上がり、原始なる滴を見上げた。
それはちいさな星の輝きだ。
きっと簡単に壊せるものだ。
「俺は……これを壊すのか?」
いっそヘラの怨恨にくれてやってもいいのではないだろうか。
この世界は、俺に対して残酷過ぎた。
身も心も既にボロボロで、半分死んでいると言ってもいいくらいだ。
半分は違うな。たぶん、八割か九割は死んでいる。
そんなことを考えていると、ふと耳元にノイズが走った。
運営からの接続だ。
『オタっち……生きてる?』
「ああ、さっきーか。何とかな。今、原始なる滴の前にいるぜ……」
『そっか……。お疲れ、オタっち……』
俺はさっきーの声にふっと笑った。
「語尾に(笑)が付いてないぞ」
『そういう雰囲気じゃないっしょ……(笑)』
「それもそうか」
俺とさっきーは、それから暫く、何も言わずに黙っていた。
暗闇と沈黙。
それを最初に破ったのはさっきーのほうだった。
『オタっちはさ……壊したい? 原始なる滴……』
俺は予想外の問いに顔を顰める。
「どういうことだ……? 壊したいも何も、壊さなきゃだろ……? 俺に選択の余地なんて……」
そうまで言った時、さっきーは真面目な声音で言った。
『ここまで来てアレだけどさ……。これはオタっちが決めることだと思うよ。そこまで身を削って、そこまで心を削って、それでもこの世界には守る価値があったのか……。私は外部から見ていることしか出来なかった。だから、オタっちにアレを破壊することを強制する資格はない……』
俺はさっきーの言葉に、奥歯を噛んだ。
「その選択を、俺に任せるっていうのか……?」




